【古典邦画】「越前竹人形」
若尾文子の魅力満載の素晴らしい作品だった、1963(昭和38)年の、吉村公三郎監督の大映作品「越前竹人形」。YouTubeにて。
原作は水上勉。前に、同じく若尾文子出演の素晴らしい作品「雁の寺」(川島雄三監督、1962年)も観た。
死んだ竹細工職人の父親が世話をした遊郭の娘・玉枝(若尾文子)の魅力にまいった息子の喜助(山下洵一郎)は、彼女を身受けして結婚、妻とするが、喜助は、初夜から玉枝との共寝を拒絶し続ける。
喜助は、玉枝に亡き“母”を見て共に寝ることを拒んでいたのだ。
寂しい身の玉枝は偶然、遊郭にいた頃の馴染みの客と出会うことに。
彼女の変わらぬ美しさに魅せられた、客だった男は、無理矢理、玉枝と関係を持つ。
玉枝はやがて妊娠してしまう。
喜助は、玉枝に対して本当の夫婦の愛に目覚めるが、玉枝は、渡し船の中で懐妊による腹痛に苦しみ、胎児を川に流すことになってしまい、這々の体で喜助の待つ家に帰るが、すでに遅く虫の息だった…。喜助は、玉枝の死後、自ら命を絶つ。
玉枝が、どんなに美しくとも、決して手を出さずに、遠くから眺めるだけで満足している喜助というキャラは、谷崎潤一郎の小説に出てきそうだ。
喜助にとって玉枝は、早くに亡くして知らない母を重ねたものであって、越前竹人形と合わせて、女王の如く崇高な美を体現する存在であったのだ。
当然、生身の女である玉枝は、それに満足する訳がない。
また、遊女だった妖しさと艶かしさを併せ持つ和装の玉枝の若尾文子の圧倒的な美しさったらないね。美しいが故に竹細工に打ち込む喜助の狂気が際立つ。
喜助が、竹細工職人として名も知られて、弟子も取るようになって、ようやく玉枝を妻として迎え入れることになったのだが、その時はもう遅かったのだ。玉枝は、望まぬ子供を堕して、喜助の妻としては処女のまま逝ってしまうのであった。











いいなと思ったら応援しよう!
脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。