#未来へ向けた挑戦 (7) ー 「夜を削って、未来を取った」
29歳のとき、顔面神経麻痺を患った。
西洋医学では回復が思わしくなかった。
そのとき出会ったのが鍼灸である。
「いつか学びたい。」
その思いは、長い年月、心の奥に残り続けた。
49歳。
教員を続けながら、夜間の鍼灸学校へ入学した。
入学者は30名近くいた。
高卒の新卒者、社会人経験者、そして70歳前後の元ドクターもいた。
しかし最初の小テストで辞める者もいた。
国家試験はマーク式である。
だが、日々の小テストは過酷であった。
経穴(ツボ)の位置、効能、経絡の流れを正確に暗記する。
曖昧さは許されない。
次第に人が減っていった。
16名が残った。
学内で足切りがあり、国家試験を受験できたのは14名であった。
その中に、自分がいた。
仕事も決して軽くはなかった。
会議の多い英語科主任を降り、担任となった。
生徒とともに1年から3年へ持ち上がりである。
授業時間以外に、まとまった勉強時間はない。
フラフラで帰宅する。
疲れているのに、頭だけが冴え、眠れない夜が続く。
長期休暇は、生徒の課題作成と印刷に追われる。
3年時には生徒指導も担当した。
カンニング対応、家庭訪問。
限界であった。
定期試験で初めて2科目を落とした。
60点合格。
3000円×2の追試料を支払う。
補講を受け、問題を必死に解く。
1枚解き終え、終わったと思った。
もう1枚あった。
自分が2科目落としていたことを忘れていた。
それほど余裕がなかったのである。
国家試験は名古屋で行われた。
仕事を終えてホテルへ向かい、東洋医学の勉強を始めた。
気づけば夜が明けていた。
試験当日。
先生は受験生への縁起担ぎとして、合格祈願のカツ丼を用意してくださった。
午後の試験が終わると、先生の指示で問題用紙をコピーし、自己採点に備えた。
受験生を最後まで導くための、厳しさと配慮であった。
14名受験。
合格11名。
その中に、自分の番号があった。
49歳での国家資格取得。
それは確かに、未来への挑戦であった。
だが後に思い知る。
資格だけでは施術はできないという現実を。
本当の学びは、そこから始まったのである。
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