禾乃登―能楽だってクラシックだ!
処暑の末候を七十二候では「禾乃登(こくものすなわちみのる)」と言います。「禾」は穀物一般、特に稲などの穂を表す字です。まさに稲が実りを迎える時候です。昨年はお米の値段が上がって大変でしたが、今年は作柄もおおむね良いようで、政府は昨年放出した備蓄米の買い戻し手続きを始めることにしたそうです。気候も良くなって、過ごしやすくなりますが、時には暑さがぶり返すこともあります。俳句の季語に「秋暑し」というものもあります。
最初に就職した会社を3年で退職し、外資系の半導体メーカーに転じて32年あまり、月日はあっという間に流れてゆきました。チェロを弾くことはおろか、コンサートに行くことさえままならず、音楽を楽しむ手段は、まずLPレコードでした。中学生の頃から小遣いでLPレコードを買い始め、高校、大学、最初の就職での京都。30代半ばにはLPレコードの枚数は250枚を超えていました。そして1988年、9か月間アメリカに赴任した際に、現地でCDプレーヤーとCDを買い込み、帰国後はそれらを楽しむようになりました。バッハの平均律クラヴィーア曲集を買おうとして、英語ではどう言えば良いのかわからず、知人に聞いて、グレン・グールドによる「The Well-Tempered Clavier(平均律クラヴィーア曲集)」のCDを買ったことなど、懐かしく思い出します。海外出張の折にCDショップを回ったのも、楽しい思い出の一つです。音楽のCDやDVDの枚数を数えたことはありませんが、3000枚くらいあるのではないかと思います。
そしていよいよ定年退職の日が近づいてきました。私は6月生まれなので、その会社の日本法人のルールでは2013年6月末が定年退職日と決められていました。定年退職したらチェロをやろう、と心に秘めながら私が携わった最後のプロジェクトである窒化ガリウム(GaN)パワー半導体の技術を確立したり、日本の中でビジネスパートナーを探したりという仕事をしていました。そんな2013年3月のある日、タウン誌に能楽を紹介するイベントがあるという記事を見つけ参加してみました。父が長く宝生流の謡曲をやっていたことは知っていましたので、どんなものだろうと興味本位で出かけたのです。講師は、観世流能楽師の橋岡伸明先生でした。イベントが終わって、挨拶をしたら「今度稽古場に遊びに来てください」とのことで1週間後くらいに行ったら、「弟子にならないと帰しません」みたいな話になって、断り切れず「まあ、能楽もクラシックと言えばそうだし、ちょっとだけやってみるか」ということになりました。拉致されたような気分でした。
その後、退職を翌月に控えた5月になって、「日本法人にはGaNの技術がわかる人がいない。半年だけ、ボランティアだと思って会社に残ってほしい」という話が持ち上がりました。
このプロジェクトは、私が米国本社のR&D部門のトップ(当時の米国側の上司)と掛け合い、大分県の工場で若手エンジニアによるタスクフォースを組んで始めたものでした。ところが、その工場は奇しくも私の定年と同じ2013年6月末で閉鎖されることが決まっており、それに先立って、プロジェクトはすでに米国の工場へ移管され、中心となるエンジニアも同工場へ配置転換されていました。この分野では、素材メーカーだけでなく顧客も日本に多く、技術を理解する人材を日本側に残す必要がありました。しかし、当時まだ新しい技術だったGaNについて、その役割を担える者は日本法人内には私しかいなかったのです。
こうして、思いがけず能楽に手を染め、さらに嘱託として仕事を続けることになり、定年後に始めるはずだったチェロは、再び遠のいてしまいました。
