電気を制御するパワー半導体
― 電力線とエレクトロニクスをつないだ半導体 ―
現代では、電気のない生活は考えられません。
照明やエアコン、冷蔵庫、スマートフォン、パソコン、そしてインターネット。
私たちの身の回りにあるものは、すべて電気によって動いています。
しかし、その電気は発電所で作られたままの姿で使われているわけではありません。
日本では、発電所で作られた交流電力は送電線を通って変電所へ送られ、
市街地には6600Vの交流として供給されます。
そして柱上変圧器で100Vや200Vに変換され、家庭へ届けられています。
ところが、家庭に届いた100Vの交流も、そのままでは電子機器は動きません。
例えばノートパソコンを考えてみましょう。
家庭の100V交流は、まずACアダプターで15~20V程度の直流に変換されます。
そしてパソコン内部では例えば液晶パネルを動かす3.3Vの直流電圧や、
バックライト照明のための20~60V程度の直流電圧、
さらにはCPUが動作する約1Vの直流電圧と、
何種類もの電圧に変えながら利用されています。
エアコンでは一般的に200Vの交流を直流に変えて、
更にその直流から周波数を自由に制御できる形の交流に変えて使っています。
私たちは普段意識することはありませんが、
電気は「作ること」も大切ですが、「必要な形へ変換すること」がとても大切なのです。
その電気の変換を担っているのが、パワー半導体です。
半導体というと、多くの人はCPUやメモリーを思い浮かべるでしょう。
しかし半導体には、計算をするだけではなく、
電気そのものを制御するという、もう一つの重要な役割があります。
実は、この歴史はコンピューターから始まったものではありません。
私が子どもの頃、真空管ラジオや初期のテレビの時代には、
交流を直流へ変換するためにセレン整流器などが使われていました。
その後、1970年代にシリコンダイオードが実用化され、
小型で高効率な整流器へと置き換わっていきます。
パワー半導体の歴史とは、「電力変換の歴史」でもあるのです。
現在、パワー半導体にはさまざまな種類があります。
交流を直流へ変えるダイオード。
電流の流れを高速に制御するパワートランジスタ。
大電力を扱うサイリスタ。
そして現在、産業機器や電気自動車で広く使われているIGBT。
これらはすべて、「電力線とエレクトロニクスをつなぐ接点にある半導体」と考えると、その役割がよく理解できます。
電力線とエレクトロニクスをつなぐ接点が、リレーなどの機械式の制御から半導体へ置き換わったことも、電子機器の小型化・高効率化を大きく進めた要因の一つでした。
パワー半導体は、大電力、大電圧が扱えるスイッチです。
このスイッチを組み合わせることで、電源回路を作ることができます。
スイッチング電源と呼ばれ、この領域を扱う学問をパワーエレクトロニクス(パワエレ)と言います。
エアコンで使われる、直流から交流を作る電源回路をインバーターと言います。
現在ではほとんどのエアコンに採用されているインバーター方式です。
上記で述べたパワー半導体には長くシリコンが使われてきました。
シリコンは極めて優れた半導体材料ですが、
高周波・高電圧・高効率という要求が高まるにつれ、限界も見え始めました。
電源の小型化にはスイッチング周波数を高くすることが有効です。
しかしシリコンではスイッチング損失が増え、効率が低下します。
また、大きな電圧を変換するためには複数段の電力変換が必要となり、
そのたびにエネルギーが失われます。
こうした課題を解決するために登場したのが、
ワイドバンドギャップ半導体と呼ばれる、
SiC(炭化ケイ素)やGaN(窒化ガリウム)です。
私は2012年に、
SSDM(International Conference on Solid State Devices and Materials)
という国際会議で当時期待されていたGaNパワーデバイスの将来像についてパネルディスカッションに参加する機会をいただきました。
当時、業界ではGaNによって電源の高周波化が進むと期待されており、
私もその考え方を紹介しました。
電源を高い周波数で動作させれば、コイルやコンデンサを小さくでき、
電源全体も小型・高効率になります。
当時はまだ期待の段階でしたが、
その後の技術の進歩は、その方向へ着実に進んでいきました。
高耐圧・大電力を得意とするSiC。
高速動作・高周波変換を得意とするGaN。
それぞれの特長を生かしながら、用途に応じて使い分けられています。
そして今、この技術はAIデータセンターという新しい舞台で、
重要な役割を果たそうとしています。
AI用のデータサーバーでは、複数のGPUを搭載した、
高性能な演算装置に膨大な電力を供給しなければなりません。
そのため、電源も高効率・高電力密度化が強く求められるようになり、
高電圧側ではSiC、高速・低電圧側ではGaNが活躍する時代が始まりつつあります。
当時期待されていた未来は、十数年を経て、ようやく現実のものとなり始めました。
半導体の歴史を振り返るとき、私たちはCPUやメモリーの進歩に目を向けがちです。
しかし、その陰では、半導体は情報を処理するだけでなく、
電気そのものを自在に操るところまで進化してきました。
先にパワー半導体はスイッチだということをお話ししました。
高い電圧・電流に対応し、高速でスイッチングするため、
短絡時の保護や、高速スイッチングに伴って発生する、
「リンギング(不要な電圧の振動)」への対策も重要になります。
優れたパワー半導体だけでは優れた電源はできません。
デバイス、ゲートドライバ、周辺回路を一体として設計することが、
高性能な電力変換を実現する鍵になります。
私たちの生活の利便性を向上させてきた陰には、
電気を自在に変換するパワー半導体の進歩がありました。
半導体は「情報」を扱う技術として発展してきたように見えますが、
その一方で「エネルギー」を扱う技術も進化を続けてきました。
パワー半導体は、そのもう一つの流れを代表し、
電気を制御することで社会を支えてきた半導体なのです。
そしてこれからの脱炭素社会やAI社会を支える上でも、
その重要性はますます高まっていくでしょう。
