事件・ノンフィクションを読む:『キツネ目 グリコ森永事件全真相』は“全真相”に届いていない──論理の欠落を検証する
シリーズ「事件・ノンフィクションを読む」
未解決事件や組織犯罪、公安事件などを扱うノンフィクションを読んでいきます。
事件の構造や捜査の経緯をたどると同時に、書き手がどのような姿勢で事実に向き合ったのかも検証しながら読み進めます。
事実の積み重ねと書き手の視点、その両方から“事件の姿”を考えていくシリーズです。
グリコ森永事件については、これまでに出版された関連書籍をほぼすべて読んできました。 そのうえで「全真相」と銘打つ本書には、何か新しい視点や決定的な検証があるのではないかと期待して手に取りました。 しかし、読み進めるほどに前提の置き方や論理の運びに疑問が積み重なり、残念ながら期待には応えてくれませんでした。 以下は、そのときに書いたレビューです。
“キツネ目の男=犯人”を前提にしたまま始まる立論
岩瀬達哉『キツネ目 グリコ森永事件全真相』読了。 グリコ森永事件についての出版物については、ほぼすべて読んできた。 その上で、本書が「全真相」と銘打つのであれば真相に迫る何か新しいことが書かれているのかと、と少し期待して読んだ。 が、失望した。
まず、本書はキツネ目の男が主犯であると、何の論拠も示さず前提にしたうえで、行論を進める。 しかし本書には驚くべきことに、くだんのキツネ目の男が登場するシーンは一切描かれていないのである。 このキツネ目の男=犯人説こそが本当は検証されるべきであるにも関わらず、である。 キツネ目の男は丸大事件で、高槻駅~京都駅の間で現金授受の指定された列車で目撃された挙動不審の男である。 その男が犯人と推定された理由は2つある。
2つの根拠のうち1つを否定しながら、前提を疑わない矛盾
1つ目の根拠は、当日挙動不審だったということ、2つ目は同じ男がハウス食品事件の舞台となる名神・大津サービスエリアでも目撃されたことだとされる。 この2つが揃ったからこそ犯人と「断定」されているのである。
ところが本書で作者は、2つ目の捜査員による目撃は、捜査員の思い違いであると証拠を挙げて断定している。 とするならば、1つ目の挙動不審のみがキツネ目の男=犯人説の根拠となる以外ないわけで、2つ揃ったからこそ犯人だといううちの1つが消滅するわけだから、犯人説は揺らぐしかないし、1つ目の根拠を検証するのが当然であるはずだ。
ところが、作者はそれを一切おこなわず、キツネ目の男=犯人説を前提にしたまま論を進めるのである。 その時点で、本書の立論には失望しかない。
電車内の“挙動不審=犯人”という短絡を検証する
しかも、ここが一番重要なことだが、ぼくは電車内で目撃されたキツネ目の男が、犯人である可能性は極めて低いと考えている。理由は、簡単だ。
①警察が見張っている可能性が高い、電車の車両という閉じられた空間に、慎重な犯人が無防備に現れるだろうかということ。
②仮に現れたとして、警察に不審だと思われるような行動をとるのかという問題。現れるとしたら、絶対に警察に感づかれないような行動をとる、つまり不審とは思われないように細心の注意をするはずである。
③京都駅で改札を出て、入り直すという行動をとったことなどが不審とされているが、尾行に気づいたとしたら、そんな行動をしている間に拘束される可能性が増すわけで、先ずは逃亡することが最優先となるはず。犯人とすれば、ここでも行動の辻褄が合っていない。
これまで読んできた類書から考えると、警察はこの電車の中という空間には、犯人と警察と善良な一般市民しか存在していないという前提で考えているように思える。 しかし、この電車の中は一般社会の縮図であり、そこには多様な人間が棲息しているのである。
例えば、クスリの売人、借金取りから追われている男、逆に追っている男、過激派の活動家、産業スパイ、某国のスパイとそれを追っている何者か、浮気調査の興信所と追尾されている男等々、いくらでも考えられる。
こうした人物が、警察の監視や尾行に気づいて、「不審」な行動をとったとしても何の不思議もないし、①~③を考え合わせると犯人と断定する方がおかしいとさえ言える。 この検証が、大津サービスエリアでの目撃を否定したにもかかわらず、行われていない点で本書については失望しかない。
インタビュー部分は興味深いが、真相解明には至らない
本書で新しい内容と言えば、脅迫された森永製菓とハウス食品の経営幹部だった人物へのインタビュー、犯人に恋人を拉致されて脅され現金の受け取りに遣わされた人物へのインタビュー、捜査担当者へのインタビューくらいである。
これはこれで興味深くはあるが、真相解明に置換されうるものでもない。
遺留品のDNAに期待する結論の軽さ
また、最後に遺留品の帽子に犯人のものと思われる髪の毛が発見されたことをもって、犯人にもう逃げられないぞ、というようなことを書いているが、これも噴飯ものである。 警察が時効になった事件のDNA検査をするとは思えないし、もししたとしても、犯人が別の事件で捕まっていてDNAが警察に保存されていなければ、それは何の意味もないからである。
読んで無駄ではなかったが、残念な一冊
まあ、このような考えを整理させてくれたという意味では読んで無駄ではなかったが、しかし残念な本であった。
