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あの日、わたしのなかの"何か"が変わった

今日は、昨日の内に投稿できなかったことが悔しい限りですが、東日本大震災に関するnoteを書いていきます。

あの日の夜、わたしは都心の脇道に社用のレンタカーを停めていました。ガソリンもかなり減っているなか、エンジンを止めてコートをかけて夜を明かしました。数年後、ひょんなことから復興事業として土木工事に関わる仕事もしたりしていました。

震災や東北地域に関連することは色々あるのですが、今回はどちらかというとマインドやリテラシーに関する視点でまとめてみますね。

1.リテラシーを意識し始めた日

あの日、間違いなくわたしのなかで意識が変わりました。テレビからの情報を何となく見ていても、誰かが守ってくれるわけではない

今考えると当たり前のことなのですが、あそこから自分で情報を取り、考え、判断することの緊張感が上がった感覚があります。

当日、わたしは埼玉県にある取引先の工場にいました。アポイントで訪問しようとした矢先、工場から従業員の方が建物の外に出てくるのが見えました。ただ事ではない大きな揺れで、急いで都内のオフィスに戻ろうとするも、高速道路を下りるように指示されます。

この時点がスタートでした。明らかに異常事態です。そして、鉄道系の運転見合わせがカーラジオから聞こえてきます。ここで確信しました。JR全線の運休や、さらに東京メトロ全線までというのは聞いたことがありません。※特に、メトロがストップするというのは異例中の異例でした。

今、自分が判断しなくちゃいけない状況なんだ」という直感が、自身にスイッチを入れた感覚でした。

渋滞の車内から眺めるコンビニに殺到する人。ちなみに、異常事態を察しながらも、遠目から見ても空になっている棚にちょっと気押されて、お店をスルーしてしまったのは失敗でした。

この辺りのタイミングから、第1子を妊娠中の妻に電話をかけ、かけ放題プランをフル活用し、繋ぎっぱなしで話していました。シガーソケットからの充電で実現できたことでしたが、より多くの情報が取れたことや、常につながっていられたことは大きかったと思います。

コンビナート火災の情報を妻越しに伝え聞き、ますます危機感を募らせていました。しかし、都心部の渋滞は待てど暮らせど全く進まず、ガソリンも残りわずかの状況。かと言って給油も出来る状態ではありません。

結局都心部で車を脇道に停めて、明け方まで待ってからオフィスに帰社。翌日電車が動き始めてから、帰宅しました。

この後も計画停電や放射線量についての報道が続いたのは、みなさんもご記憶の通りです。

2.自分の身と未来は自分で守る

あのときのメディアの姿勢を責めるつもりはありません。未曾有の事態に混乱を極めていました。
ですが、あの日を境に発信されている情報に対して、「本当にそうなのか」ということを考えるようになりました。

お恥ずかしながら、陰謀論的なYouTubeチャンネルにハマった時期もあります。

ただ、自分なりに情報を集めたり、自分なりの判断軸をしっかり持つようになったきっかけは間違いなくあの日でした。

3.働き方も変わった

震災の経験から、都心まで通わずとも一定の給与水準の仕事がないかを探し、転職しました。

とは言え、営業職のままでの転職ということもあり、転職自体はうまくはいかなかったのですが、「もっとわがまま」な条件でちゃんと探してみようと思ったタイミングでもあります。

ここから「PC1つあれば出来る仕事」を形にするために、独立に向けて本格的に動いていきます。結果的に、コロナ禍以前からフルリモートの働き方を実現することができました。

ただ、フルリモートに関しては、最近出社要請の寄り戻しが来ているので、改めて自身が思い描く働き方に近づけるように目下邁進中です。

4.自分軸で生きよう

「メディアが公正・中立じゃない!」と言うつもりはありません。そもそも、公正中立な立場でいること自体が非常に難しいとわたしは考えています。もし、そうした立場でいられるとすれば、ある主張に対して、反対意見も含めた双方の意見をちゃんと取り上げるくらいでしょうか。

また、昨今問題視されているように、業界として今の情勢に合っていない体制があるなら、時代に合わせて淘汰されたほうがいいと思っています。今、歪な構造を許せるほど、日本に余裕はないのではないかというのがわたしの認識です。

ただ、そうは言っても、ある種メディアとしては「難しいことを考えずに、目の前のことに集中できるように」していてくれていた側面もあるのではとも思うのです。

もちろん、だからと言って、それが現在に必要かどうかは別ですが、民度が低いものを「欲した」のも自分たちであることも事実でしょう。
※Xなどもその一つという側面もあると思っています。


という事で、丁寧に情報を集め、自分がやりたいことや関わりたいことに少しでも近づけていくこと

それは、「これだけやってればよかった時代(例えば、偏差値の高い大学➝上場企業での終身雇用など)」と比較すると、正直”メンドクサイ”と感じる部分もあるとは思いますが、それこそが本来の人生のあり方なのではと思わせてくれた出来事でした。

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花邑 灯火 @リ・キュレーター 自主企画コンテスト「灯火杯」の賞金や企画、書籍・美術館など“次のnote”の糧にさせていただきます🖋