梅雨の朝、鏡を見て「あ、焦らなくていいか」と思った話。5年前の自分なら違う行動をしてた
梅雨の朝。
出勤前に鏡を見て、ちょっとショックを受けた。夏に向けて、去年より体のラインが気になる。半袖を着るようになると、余計に目に入ってくる。
「あ、これダメだな。何かやらないと」って気持ちが湧いてくる。
ここまでは、多分誰もが経験する。けど、その瞬間の次の瞬間に、5年前の自分と違う行動をしていることに気づいた。
5年前の僕なら
朝の鏡を見てそう感じたら、その日のうちにスマホで「ダイエットアプリ」を探していた。
「筋トレ30日チャレンジ」とか「〇〇式ダイエット」とか、YouTubeの動画も見始めて、新しいサプリメントの口コミサイトもチェック。給料日にはジムの会費を調べてた。
全部、その日のうちに。
そして大体2週間で飽きて、アプリは削除されてた。
でもその時の僕は、本気だと思ってた。「今度こそ頑張る」って。
今朝の僕は違う行動をしていた
鏡を見て「あ、体型ヤバい」って思ったのに、僕がしたのは、朝の準備をいつも通り進めることだった。
何もしなかった。
アプリも探さなかった。ジムのことも調べなかった。新しく何かを始めようとも思わなかった。
代わりに僕の頭にあったのは、「今月の固定費削減の進捗」と「ボーナスをどう積み立てるか」だけ。
それから「最近外食減ったな」ってこと。
その違いが何なのか、朝の電車の中でぼんやり考えてた
5年前の僕は、「今すぐ何かを始めないといけない」という焦りの中で生きてた。
体型も、スキルも、貯金も、全部が「足りない」って感覚で。
だから、何かを「始める」ことが、それ自体が解決策だと思ってた。新しいアプリを入れたら、ジムに行ったら、その行為そのものが「やってる感」になってた。
でも今の僕は、余計なことを始めていない。
始めていないから、余計な支出もない。
今の僕の生活には、すでに「仕組み」がある。
朝、余裕を持って起きてるから、朝食を家で食べられる。その朝食も、計画的に買った食材で作ってるから、安い。
会社の昼休みに、給与明細を見ても動揺しない。だから、変な判断をしない。
帰りの駅前で、コンビニに寄ろうとも思わない。なぜなら、帰宅後にやることがすでに決まってるから。
その全部が、5年かけて「意識して」作った仕組みじゃなくて、気づいたら「そうなってた」ってレベルになってた。
鏡を見て「焦らなくていいか」と思った理由
梅雨の朝、鏡を見て体型が気になった。
でも、焦らなくていい理由がある。
それは、5年前と違って、僕の生活の中で「毎日、小さな選択」が自動化されてるから。
新しくアプリを入れたり、ジムに行ったり、サプリを買ったりしなくても、
毎日、家で朝食を食べてるし、
毎日、夜遅くに外食をしてないし、
毎日、コンビニに寄ってない。
その「毎日の小さな選択」が、知らないうちに体を作ってた。
5年前の僕は、「大きなアクション」を求めてた。新しいものを始める、劇的な変化を求めてた。
でも、そういう「劇的なこと」って、続かない。
続かないから、結局は「焦り」と「挫折」の繰り返しで、最後には「自分は意志が弱い」って自分を責めてた。
今の僕は、そういう「大きな選択」をしてない。
代わりに、「毎日の小さな選択」が、勝手に積み重なってた。
現実の話
ぶっちゃけ、梅雨の朝の鏡を見ても、今年の夏はそこまで気にしないと思う。
なぜなら、去年の夏も、その前の夏も、「新しく何かを始めなかった」から。
新しく何かを始めていないのに、気づいたら「前よりいい」ってなってる。
それが5年続いてる。
だから、梅雨の朝の鏡を見て、焦る理由がない。
「あ、別に焦らなくていいか」
そう思う自分が、5年前の自分と一番違うな。って。
最後に
朝の鏡を見る。会社に着いて、給与明細を見る。金曜夜に家計簿を開く。
その全部が、5年前の自分とは違う感覚で起こってる。
焦りがない。
何かを「足す」ことで解決しようとしていない。
実は、「引く」ことで、全部が楽になってた。
梅雨の朝に、そんなことを思い出しました。
ぶっちゃけ、この感覚は、貯金の話とも、投資の話とも繋がってるような気がする。
もし、朝の鏡を見て焦ってる自分に心当たりがあったら、このnoteをフォローしてくれると嬉しいです。
毎晩21時頃、こんな日常の「そういうことか」を書いてます。
