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変態打ちをリスペクトし過ぎて今でも真似して打席に入る

変態打ち」という言葉がある。
冷静に考えると、なかなかすごい言葉。

"変態打ち"

野球を知らない人が聞いたら、たぶん一度こちらの顔を見る。褒めているのか。けなしているのか。そもそも何の話をしているのか。

もちろん性的な変態ではない。

常人には真似できない特殊な体勢や、教科書通りのフォームから外れた変則的な打撃でヒットを放つ、超高度なバッティング技術のこと。

つまり野球好きにとっての「変態打ち」は、だいたい褒め言葉である。

少なくとも、僕にとっては最大級の褒め言葉だ。

綺麗なフォームではない。教科書通りでもない。
誰が見ても惚れ惚れするような、スラッガーの構えでもない。

ホームランバッターのフォームには、わかりやすいかっこよさがある。

高く構えて、ゆったり足を上げて、全身でボールをしばく。
打った瞬間にそれとわかる放物線。
バット投げ。歓声。
ヒーローインタビュー。
そりゃあ、かっこいい。
わかりやすく、かっこいい。

でも僕が中学生の頃から真似してきたのは、そういうフォームではなかった。

千葉ロッテマリーンズ 角中勝也のフォームだった。

バットを短く持つ。少し低く構える。
身体を大きく見せるというより、むしろ少し小さくする。ホームランを打つぞ、というより、絶対に簡単には終わらないぞ、という構え。

華やかではないし、最初に見た時は「なんだこのフォーム」と思った。
めちゃくちゃかっこいい、とは思わなかった。

でも、なぜか目が離せなかった。
そして気づいたら、真似していた。

中学生の僕は、ホームランを打てるわけでもなかった。打球が外野の頭を越えていくようなタイプでもない。機敏でもないのに姑息に内野安打を狙うようなバッター。

だからこそ、角中のフォームに惹かれたのかもしれない。

打席で生き残る方法がある。
角中の打席には、そういう希望があった。

凡打になりそうな球を、無理やりヒットにする。
崩されても、片手一本でも、嫌なところに落とす。
簡単に三振しない。
相手投手の気持ちよさを、少しずつ削っていく。

それはホームランとは違う快感だった。

ドカン、ではない。
ズルッ、でもない。
ポテッ、に近い。

相手からしたら、たぶんかなり嫌だと思う。

いいところに投げたのに、なぜか打たれる。
体勢を崩したはずなのに、なぜか外野の前に落ちる。打ち取ったと思ったのに、なぜか一塁にいる。

そういう打者だった。

そして僕は、その「なぜか」に憧れていた。

バットを短く持つ。低く構える。少し膝を曲げる。

形だけなら、できる。

もちろん、角中のようには打てない。
そこは本当に、残酷なくらい別の話である。

フォームを真似したところで、あのバットコントロールは手に入らない。
粘る技術も、読みも、勝負勘も、簡単にアウトにならないしぶとさも、僕の身体にはなかなか宿ってくれない。

でも、それでも真似したかった。

なぜなら、僕にとってあのフォームは、かっこよかったから。

かっこよく見えるフォームではなく、かっこよく生き残るためのフォームだったからだ。

「変態打ち」という言葉には、そういうかっこよさがあると思う。

正統派ではない。
万人に勧められるわけでもない。
少年野球の指導者が「みんなこれを真似しよう」と言うタイプのフォームでもない。

でも、自分の身体で戦ってきた人だけがたどり着く形がある。

綺麗な理論からではなく、何度も打席に立って、何度も崩されて、何度も悔しい思いをして、それでも何とかヒットにしようとして、少しずつ身体に残っていった形。

それが、あの変態打ちだったんじゃないかと思う。

だから僕は、角中のフォームが好きだった。

角中勝也、引退。

その報道を見た瞬間、今日は絶対に何かあると思った。

仕事はあった。もちろんあった。
でも、こういう日に球場にいないことは、後からずっと引っかかる気がした。

スマホの画面で知って、スマホの画面で受け止めて、スマホの画面の中で終わらせるには、角中勝也という選手は大きすぎた。

だから仕事を切り上げて、ZOZOマリンへ向かった。

角中は、僕にとってただのロッテの選手ではない。

父親の関係で一度ベンチに招待してもらったことがある。結婚式では、サプライズでムービーをいただいた。信じられないくらい嬉しかった。

でも、それ以上に大きいのは、やっぱり身体に残っていることだと思う。

僕は今でも草野球の打席で、角中のフォームを真似してしまう。

バットを短く持つ。低く構える。少し膝を曲げる。

これだけ書くと、なんだか簡単そうだ。

でも、その構えをするたびに、僕は角中のことを思い出す。

ホームランバッターではなかった。
派手に叫ぶタイプでもなかった。
いつも感情を表に出す選手でもなかった。

でも、打席に立つと何かが起きそうだった。

凡打でも全力で走る。
ベテランになっても一塁まで駆け抜ける。
簡単に終わらない。
背中で語る。

言葉が多い人ではなかったけれど、僕は何度も勝手に受け取っていた。

野球ってこうだろ。プロってこうだろ。
応援される選手って、こういうことだろ。

引退は寂しい。
めちゃくちゃ寂しい。

でも、寂しさだけでは終われない。

角中のフォームは、もう僕の中に残っている。
中学生の頃から真似して、今でも草野球で出てくる。
打てるかどうかは知らない。
そこは本当に知らない。

でも、憧れた人の形を、自分の身体がまだ覚えている。

それはかなり幸せなことだと思う。

かっこいいフォームじゃなくてよかった。
誰が見ても美しいフォームじゃなくてよかった。

「なんだそれ」と言われるようなフォームだったからこそ、僕はここまで真似し続けてしまったのだと思う。

変態打ち。

なんて変な言葉だろう。
でも、僕はその変な言葉に、ずっと憧れてきた。

ありがとう、角中勝也。

これからも僕は、草野球の打席でバットを少し短く持つ。

そしてたぶん一生、あのかっこ悪いくらいかっこいい構えをやめられない。


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