母親に、会いにいく。
母親に会うことにしました。
このnoteを書き始めてからずっと引っかかっていたことではあって。幼少期の家庭環境のことから書き始めたこのnote。予想以上に、母親がエホバの証人だったというエピソードに共感してくださる方が多くて、正直びっくりしました。宗教の二世問題で悩んでいる人は、この世の中に意外と多いのだと知りました。
記事にコメントをくださる方もいらして、私自身励みになったり学ばせていただくことも多かったです。中には、まだ少し消化しきってない方なのかな?と思われるコメントもあったりして、じゃあ自分は人のことをそんなふうに思えるくらい完全に消化して書いているんだろうかと振り返ったり。
過去のエピソードを書くにあたって、母親と兄のことをボロクソに語っている節がありますが、実際自分の人生の中で彼ら家族とは何だったんだろうか。
そもそもこうして書いている意味とは。
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一番最初の記事で、自分の過去を一人だけで背負うのがもったいないと思った、みたいな少し冗談めかした書き方をしたけど、実は本当の理由は別にあったりしました。
カメラマンとして、一種の表現者として存在している以上、自分自身を掘り下げ、曝け出すことは必要不可欠だと思っていて。
2年前に世界一周をして、いろんな国でいろんな生活をする方に出会い、彼らのそばで”生身”を撮影させてもらいました。彼らは私にありのままの自分を曝け出してくれているのに、自分はどうなのか、と思うととても恥ずかしく正直悩んでいました。当時は周りから嫌われるのが怖くて、別居して子どもがいることすら人に隠していたし、その他いろんな過去があることも。世界を飛び回ってキャッキャッやっているだけが私ではない。この旅に至るまでに、私なりに壮絶な過去がありました。
それを隠して、かつ自身で消化もしないまま撮影を続けても、私の表現はどこか薄っぺらく、本質には届かない気がした。「そんなあからさまに説明しなくたって、作品から醸し出すのが何ちゃら…」と寿司屋で隣で飲んでいたおじさんに言われたっけ。それもそうなのかもしれないけど。でも人生を賭けて表現するとしたら、自分の人生と作品は絶対切り離せないものだと私は思っていて、そこはごまかしたくなかった。
だから、作品を生み出せないまま個展ものびのびになったこの時期に、自分自身の深掘りという作業に着手し始めたというわけです。
ものすごくものすごく遠回りな、私の作品づくりの一部なのでした。
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意外と、想像以上に、書くだけでもしんどい作業でした。思い出し、悪夢にうなされたり、自分が恥ずかしくて友達に会うのも躊躇したりしました。毎回何人か友達が減っていくだろうという覚悟で書き進めましたが、読んでくれる友達や知り合いはみんな応援してくれました。ありがたかったです。本当にありがとう。
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そうこうしているうちに、ついに個展の場所も決まり、8月最終週に開催する運びとなりました。賃料も振り込み、あとは作品作りをするだけ。
友達に、「個展決まったんだね、それは楽しみだね!」と祝福された時、自分の中で引っかかるものがありました。楽しみ…にできていない自分がいる。楽しみなはずなのに、正直もはや、やりたくないくらいなのです。やらないまま、また次の旅に出てしまいたい。そんなふうに感じている自分に気づき、びっくりしてしまいました。
表現者なのに、自分の作品を人前に出すのが怖いとは。
自信がないのでした。人前に出ること、評価されること、その場の主役になるのが怖い。端っこにいたい、できれば目立ちたくない…。
こんなに自分が臆病だとは思いませんでした。単独世界一周に行くのは全く怖くないのに、小さな日本の中の杉並区の、小さなギャラリーで展示をすることが怖い。本当に馬鹿みたいな話なのでした。
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これまであまり、明るかった頃の私の話をしてこなかったように思いますが、小学校6年生の時に親の別居で転校するまで、私は結構クラスの中でも目立つ存在でした。目立つ、明るいデブだった。イタズラが大好きで、いつもふざけて先生に絡んだり、メンバーを集めて台本を書いて劇を主催したり、テレビが取材に来たらぐいぐい前に出てピースしてるような、そんな小学生でした。
転校をきっかけになのかな、とにかく目をつけられないように、いじめられないように生きるようになり、そのうちに鬱を発症してしまって暗黒期に突入。それからはご存知の通りです。目立つことへの恐怖が、今の私の、作品表現への恐怖につながっている、そう思いました。
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また、最近量子力学の本を読んでいて、その本の中に「私が幸せになったら、母の“子育て”を肯定することになる」という一節があり、ハッとしました。自分が幸せになることが親を正当化してしまうという潜在的な恐怖心。それが、また成功を阻んでいるという。
いろんなことに阻まれすぎている。こんなに八方塞がりの状態では、何をどう足掻いたって、幸せになれるわけがないのです。幸せになりたいと言ってアクセルを踏みながら、全身でブレーキをかけている。作品作りにも、自分の人生作りにも、ブレーキをかけまくって生きている、誰よりアクティブに生きているつもりの私が…!!!
恥ずかしながら、もう公言しようと思います。
私は今、本気で幸せになろうと思っています。幸せになることを自分に許し、受け入れたい。幸せになる覚悟を決めたい。
もうブレーキを踏む生き方をやめたい。自分で思う限りの全力の表現で、世界をあっと言わせたい。写真で、成功するのです。世界のドキュメンタリー写真家、トリー・セイコになる。強く想い続ければ、きっと実現する。
だからそのための一歩として、自分の中にある恐怖心をぶち壊さなければいけない。
私の最大のウィークポイントは家族、ラスボスは母です。だから、死ぬまで会いたくないと思っている、その母親に会おうと決めました。
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母を勘当したのは、私が27歳の頃。電話もメールも着信拒否して絶交しました。その後父のお通夜で再会し、「ふざけんな、反省しろ!」って怒鳴り散らして(私が)帰ってきたのが約7年前。今は母がどこに住んでいるのかも知りません。
区役所に連絡して戸籍謄本と附票を取って…なんて考えていたら、そっか親戚に電話すればいいのかと思いつき。おじさんに電話しようと思うと友達にLINEしていたら、あれ?私本当に母親の連絡先消してるんだっけ…と思い至る。
残っていました。ブロックはしていたけど、消してはいなかった。どういう経緯でそう登録したのか覚えていないけど、「はは」とひらがなで残っていました。
「はは」。
多分”ママ”や”母親”という感情を自分の中で切り離したかった最終形態が、このひらがな2文字だったのではと思います。(元々はママと呼んでいました。)
残っていた番号は3つあり、全部にショートメッセージを送ってみます。1件目、不着。2件目、不着。ダメか、やっぱり番号変わっているかと諦めかけた3件目が送信成功しました。
「お母さん、ご無沙汰しています。聖子です。今もこの番号は使っていますか。使っていましたら返信ください。連絡を取りたいです。聖子」
「また持ち主が違う方でしたら、恐れ入りますが違いますと一言いただけましたら大変助かります。母親の連絡先を探しています。」
元夫に言わせると、うちの家族は人を病気にする病原菌みたいなものを持っているそうです。うちの母親と兄に関わったストレスで、実際に元夫はパニック障害を発症してしまいました。それくらい、毒性の強い人間なのです。
一度でも心を許すとヘビのようにまとわりついて、人の精神を蝕んでくる。私が私の人生を取り戻すために、腕を切り落とすような気持ちで断ち切るしかなかった母親です。
例えるなら、がん細胞。侵された細胞は身体の中で徐々に増殖していき、いつか病から死に至る。自分の中から母親に侵された細胞を取り除く必要がありました。
また、断ち切って一人になってからも、病気でいるのを辞めるまでにひどく時間がかかりました。はっきり言うと、思い出したくもない。母の葬式まで、会わないつもりでいました。その母親に、今回自分から連絡を取りました。
なんと、番号は変わっていませんでした。短い返信が来たあと速攻で、東京に来ると長文が来ました。明らかに興奮しているようで、「新幹線ですぐに行けます、聖さんの近くのホテルに泊まって、あなたの都合のいい時まで待機します、つらつら」。
変わっていない…。このテンションで東京に来られたら、また怒鳴り散らして泣かせたまま新幹線で返してしまいそうな気がしたので、「私が仙台に行きます、その方が気が楽なので…。」と返しました。
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というわけで、次の週末仙台に行って、会ってきます。
私は何を話すつもりなんだろうか、母から何を聞きたいのか。どういう答えを欲しいと思っているのか。
昨日の夜からずっと眠れず、うなされながら考え続けていますが、まだ答えは出ずです。最終、母親を許したいのか?…許す?
実際に会って何か話をしようとしたら、その場で途方もなく泣いてしまいそうで怖くもある。嬉し涙じゃないです、今までの自分の人生が正直あまりにハードだったから、実際にラスボスを目の前にしたら、今までの全てを思い出して涙が止まらなくなりそうな。
全て終わってから、この一連を書いても良かったのですが、敢えて書き続けることが私を支えてくれるんじゃないかと思って、今のリアルな気持ちを書いてみました。
どうか、私が壊れませんように。いや、いい意味でぶっ壊れて、新しい私に出会えますように。自分を信じて、対峙してきます。
今回は怒鳴って帰ってきたりしない。最後まで話し合ってこようと。心に決めています。
追記/
予定より1週間遅れで会いにいくと連絡したところ、返信が若干上から目線だったので既にイラッとしました。これは喧嘩になるかもしれません。やっぱり分かりあうことは永遠にできないような、そんな匂いがしました。先が思いやられます。
