暮らしが道をつくる
高知県安芸市の山奥にある畑山集落で地鶏「土佐ジロー」を肉用として育て、加工販売、宿「ジローのおうち」を営む有限会社はたやま夢楽(むら)の社長・小松圭子が2025年6月からスタートした連載です。
畑山で暮らし、道について考えるようになった。人が暮らし続けることで道ができ、人の往来がなければ道は絶える。当たり前のことだけれど、ここに居て実感できた。
私たちが暮らす畑山・寺内集落の車道から山道を徒歩で約1時間分け入ったところに、椎山という集落があった。馬が木炭を運ぶ往還道があり、さらに小さな土の道が家や田畑を繋いでいた。車道が繋がることの無いまま、夫の祖父母は最後の住民となった。晩年、安芸市街へ引っ越し、集落が消滅した。
夫たち三兄弟は幼いころ祖父母のもとへ歩いて遊びに行った。今、我が子たちがするように、立ち木の枝を切り、振り回して、歌いながら歩いたそうだ。椎山の田畑で日暮れても働く母を迎えに、懐中電灯を手に走ったこともあるという。
造林事業の拡大で、田畑にスギやヒノキが盛んに植えられた。下草刈りに通った人々も時代の流れとともに往来が絶えた。そして、ケモノたちが生活圏を広げていった。
10年ほど前まで、先祖を祀るため年に一度は椎山を訪ねた。けれど、ケモノたちが跋扈し、道は消え去ろうとしていた。極めつけに大雨で大規模に崩落。近づくことのできない場所になった。
先祖神を祀りに行きたい夫兄弟は、数年のブランクを経て、昔の脇道を思い出しながら、林地内の道を探し、辿り着いた。連れて行くことを渋る夫を口説き落し、翌年は私も子どもたちと加わった。

林業用の地下足袋を履いた夫は、ひょうひょうと先を行く。私には直角にも見える崖。四つん這いになっても恐怖心に支配される。「こんなのケモノ道にも入らん。林業の人らはもっと険しい道を行く」と夫は言う。はぐれたら帰宅できる自信など微塵もない。
人の通わない山中では、痩せたまま空を目指す木々が密集し、下草も生えていない。枯れて倒れる木もあれば、周りの木にもたれるように立っているものもある。
突如現れる生活跡に鳥肌が立つ。私よりも大きな石を積み上げた棚田跡。谷から水を引いた跡。備長炭を焼いた窯もある。800人を超える人が暮らした証が確かにそこに在る。

視界が開け、採る人もない柚子が迎えてくれる。日当たりが抜群に良い。小さな社へお参りをする。木の枝で箸を作る。地面に少しだけ穴をあけて火を熾して干物を焼く。杯を傾ける。聞こえてくるのは、小鳥たちのさえずりと木々を渡る風の音だけ。直線なら、我が家と1キロも離れていないのに、別世界。

私たちが暮らす畑山は人口が20人となった。椎山になる日が来るのかもしれない。先祖神を前に誓う。暮らしを成り立たせる道を創り続け、畑山で生きたい。無人となった椎山が、私たちを鼓舞してくれる。
(小松 圭子)
◇こまつ・けいこ◇ (有)はたやま夢楽社長。高知県安芸市畑山で養鶏業や旅館業を営む。愛媛県出身、元新聞記者。#田舎を楽しめる人と繋がりたい
