人獣の境界線 守り抜く
高知県安芸市の山奥にある畑山集落で地鶏「土佐ジロー」を肉用として育て、加工販売、宿「ジローのおうち」を営む有限会社はたやま夢楽(むら)の社長・小松圭子が2025年6月からスタートした連載です。
はたやま夢楽の会長・セイイチの父は炭焼きをして生計を立てていた。今でこそ畑山の住民は二十人となったが、当時は八百人を超える人が山の中に居を構えていた。
タヌキの猟をし、毛皮を腰当てにする。そんな山の人であった父でさえ、シカは、奥山に分け入っても稀に遭うくらい。 「サルを見ると縁起が悪い」とすら言ったそう。それくらい、かつての人獣の境界線は、はるか山奥に設定されていた。
それが今や、畑山と市街地を車で往来すると、日中でもシカと並走し、ニホンカモシカに遭遇する。サルは山の中へ勢いよく雲隠れする。
道中にある、いくつもの無住化した集落の排水溝には落ち葉が積もっている。イノシシが夜な夜な鼻先を突っ込んで、彼らのご飯を探すために掘り起している。
獣が出やすい環境を作らないために、私たちにできる最大の抵抗は、「こっから先には、出て来るな!」と知らしめることだ。ジローのおうちのお客さんが車で畑山を訪ねて来ること。楽しそうに会話をしながら散歩をし、川で歓声をあげ、夜、花火を楽しむこと。実は、立派な野生動物対策なのである。
時には、爆竹を鳴らして、「里は怖いところだぞ」と教育する農家もある。
そして、もう一つ、草を刈って境界を際立たせることも肝要だ。
言葉にすれば簡単そうでも高知の夏は容赦がない。焦げ付かせるような日差しと、スコールのように降り注ぐ雨。その栄養をふんだんに得た雑草たちは、まるで意志を持った敵のように、もの凄い勢いで陣地を広げてくる。
一級建築士のお客さんが訪ねてきた時に、隣地の猛々しい草むらを見て言った。
「人がいなくなると草が凄いんですね」
「一カ月前に草刈りしたんですけどね」
都会ではありえない事実にお客さんは絶句。そう、私たちが戦う緑は、油断すると一気に侵略を仕掛けてくる。
草むらが広がり、獣が身を隠せる場所ができれば、それは彼らに「ここまでおいで」と手招きをしているようなもの。その分、獣たちは、また一歩、人里へ近づいてくる。
私たちが暮らしている限界集落は、いわば人獣の境目の最奥地にある「砦」だ。私たちが白旗をあげ、畑山を出て行けば、その境界線は一気に十四キロも市街地へと押し込まれることになる。
梅雨を迎え、ことしも緑との攻防戦が始まった。冬場は嘘のようになりを潜めていたくせに…。本当に油断も隙も無い。草刈り機のエンジン音が里に響く。
私も畑山に来て、草刈り機の資格を取得した。夫たちの足元にも及ばない技能だが、嫌いではない。成果が見た目ではっきり分かる。体中の汗腺から噴き出してくる滝のような汗もダイエットになるかも知れない。

お金には換えられないけれど、自然相手の究極のフィットネス。里の見た目もさっぱりして清々しい。獣たちに境界を見せつけよう。一石三鳥だ。
(小松 圭子)
◇こまつ・けいこ◇ (有)はたやま夢楽社長。高知県安芸市畑山で養鶏業や旅館業を営む。愛媛県出身、元新聞記者。#田舎を楽しめる人と繋がりたい
