大切だから、少し離れて暮らすことにしました。60代/親の介護の話。
認知症を患って8年目になる、88歳の母。
そして、その母と共に暮らす88歳の父。
母が認知症になってから、
私は岡山のマンションを引き払い、
岡山滞在時は
実家の2階で暮らすようになりました。
両親をサポートしながら、家事をして、
仕事をして、一週間。
また夫のいる赴任地へ帰る。
娘であり、経営者であり、妻なんですよね。
その三つの自分を
行ったり来たりしながら、
何とかやってきました。
でも昨年の夏、
私は岡山に、もう一つ自分の場所を借りました。
岡山駅から電車で7分。
駅から徒歩1分。
何よりも利便性を優先した、
私の「第三拠点」です。
今は岡山に着くと、
まずそこへ帰ります。
そこで寝泊まりをして、
仕事をする。
そして、実家へ料理を作って届けたりしながら、
両親の様子を見に行ったりしています。
大切だから、距離をとった。
母の認知症が、
これから以前の状態に戻っていくわけではありません。
そんな中で実家を出るわけで。
どうして今、離れるの?
そう思われるかもしれません。。。
でも、
だからこそ、私は距離をとりました。
両親のことは大好きです。
できることなら、
できる限りのことをしてあげたい。
でも実家で暮らし続けているうちに、
自分の心と身体が疲弊していることに気づきました。
◯朝が忙しいので、夜に洗濯をしようと終わりを待っていると、途中でスイッチを切られていて、また、夜中に一から洗濯をする、何度も。
◯母はポケットにティッシュを入れるクセがあり、洗濯機の中で、洗濯物がティッシュまみれで、洗濯槽が大変なことになる。
◯次の日、出張だから、と、肉じゃがを多めにつくっておいたら、同じ料理は翌日はいらない、と、父に言われる。
そっか、、と、受け止めるしかない。
あれこれ買って、
あれこれ作って
でも、虚しくなることも多々。
まぁ、、、、いろいろあります。
岡山へ行くこと自体が、
だんだん辛いことになっていました。
いやいや、これは、よくない。
このままでは、
大切にしたいはずの両親を、
大切にできなくなってしまうかもしれない。
そう思いました。
荷物を運び出す時、
両親は少し寂しそうな顔をしました。
その顔を見ると、やっぱり心は痛みます。
でも私は、
自分の気持ちを立て直して、
また笑顔で両親のところへ行ける自分でいたい。
そう思って、実家を出ました。
あれから一年。
今は、本当によかったと思っています。
介護する人にも、
自分の人生がある。
親の介護は、
いつまで続くのかわかりません。
だからこそ、
まず、自分を大切にすること。
それは決して、
親を大切にしないということではないと思っています。
自分の心と身体に余白があるから、
誰かに優しくできる。
自分の人生を生きているからこそ、
大切な人を大切にできる。
そして60代になった今、
もう一つ、心から思うことがあります。
仕事を仕組み化しておいて、
本当によかった。
旅をしたくて、
時間とお金の自由が欲しくて始めたことでした。
でも今、その仕組みが助けてくれているのは、
旅だけではありません。
岡山と夫のいる場所を行き来しながら、
仕事を続けること。
両親のために時間を使うこと。
そして、
私自身の人生も諦めないこと。
20代、30代の頃には想像もしていなかった形で、あの頃につくったものが、
今の私を支えてくれています。
妻であることも。
娘であることも。
経営者であることも。
そして、私自身であることも。
全部、大切にしたい。
そのためには、
時には「離れる」という選択も必要なのだと、
60代になった今、
私は思っています。
