“日常って、こんなに美しかった?”——カメラが教えてくれた、“ふつう”の価値
特別な場所に行ったわけじゃない。
記念日でも、映えるような風景でもなかった。
ただ、いつもの道を歩いていただけ。
でもその日、
カメラのファインダーをのぞいた瞬間に、思ったんです。
「あれ? 日常って、こんなにきれいだったっけ?」
「撮るものがないな」と思っていた毎日
カメラを始めたばかりの頃、
どこか“特別な被写体”ばかりを探していました。
・映える景色
・非日常なイベント
・「撮りに行く」ような立派な目的地
でも、そんな日は毎日あるわけじゃなくて。
「今日は撮るものないな」って、
カメラを置いたままの日が続いたこともありました。
子どもと暮らす“ふつうの一日”に、カメラを向けてみた
ある休日、なんでもない日でした。
散らかったおもちゃ、焼きそばのにおい、
スウェットのまま遊ぶ子どもの後ろ姿。
何気なくカメラを手に取って、シャッターを切ってみたんです。
そのとき撮れた写真を、夜、ふと見返してみて——
ハッとしました。
“こんな何気ない時間が、いちばん大切だったんじゃないか”って。
“ふつう”の中にある、“美しさ”の正体
よく「日常のなかにこそ幸せがある」って言いますよね。
でもそれって、案外、撮らなきゃ気づけなかったりします。
🪞 たとえば…
洗濯物のあいだから見えた、子どもの寝顔
朝の逆光に照らされた、牛乳パックとパンくず
まだパジャマのまま笑ってる、ぼさぼさ頭の家族写真
どれもSNSで“映える”ものではないかもしれない。
でも、自分の記憶にはちゃんと残ってほしい一瞬なんです。
カメラは、視点を変えてくれる“魔法の道具”
写真って、なにかを「きれいに写す」ためのものだと思っていた。
でも今では少し、考えが変わりました。
写真は、「大切なものを思い出させてくれるもの」なんだ。
カメラを持つと、
見逃していた光に気づけたり
通い慣れた道に意味を感じたり
ただの瞬間が「愛おしい記録」になったりする
つまり、日常を見つめ直す“きっかけ”をくれる道具なんだと思います。
“ふつうの毎日”こそが、未来では“特別”になる
子どもが大きくなったとき
家族の形が少し変わったとき
自分がふと立ち止まりたくなったとき
きっと見返したくなるのは、
旅行でも記念日でもなく、
“なんでもない日々”の写真だと思うんです。
カメラを持っていると、
“ふつう”をちゃんと大切にできる自分でいられる。
それって、すごくありがたいことだなと思うんです。
おわりに|「今日を、残してよかった」と思えるように
「いい写真を撮ろう」じゃなくて、
「いい時間を、大切にしたい」。
その気持ちのほうが、ずっと写真を続ける力になります。
シャッターを押すたびに、
「今、ここにある小さな幸せ」を確認しているような気持ちになる。
カメラは、日常の中にある美しさに、
“ちゃんと気づく目”をくれる道具なのかもしれません。
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一方、noteではもう少し心に寄り添うような話——
写真を通して感じたこと、子育てを通じて気づいた“残したい気持ち”を、
ゆっくり綴っていきたいと思っています。
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