もし、明日が人生最後の日だったとしたら
8月8日から耳ビジnote部を発足させた。
リーダーは耳ビジモデレーターであり、スタッフも務めてくれている宮村麻未さんに頼んだ。
うっかり協会のメンバーだが、
こういう依頼にはしっかり応えてくれる頼れる人。
毎朝テーマを掲げて、note部のみんなが書くことに困らないようにしてくれた。
色んな人の考えたテーマをまんべんなく画像にして出して、優しく呼びかけてくれた1ヶ月だった。
今日が当初の継続目標「1ヶ月」の最終日。
ラストのテーマは彼女自身が、発足当初にひそかに決めて、あたためていたそうだ。
「もし、明日が人生最後の日だとしたら」
今日は、いつものblogではなく、
麻未ちゃんへの感謝の気持ちを込めてこのテーマで書くことにした。
私はずっと「早く死にたい」と思っている。
いや、思っていた。
思っていた
過去形に変えたのは、最近、どっちでも良くなってきたからだ。
なぜ、ずっと、早く死にたかったかと言うと
早く死んで生まれ変わり、母と兄に再会して
今度はもっと2人の役に立てる人間になりたいと願っていたから。
もちろん今もそう思っては、いる。
でも、少し考えが変わったのは
私が今の人生を卒業できるタイミングは、自分ではどうしたって決められないし(自死以外ないがそれではサポートできる修行を積んでないからアウト)
徳を積んで早々に今生を卒業しようと思ってボランティア活動に勤しんだけど
結局、そのボランティア活動で私は徳を積むとかではなく、成長させてもらってしまったし
人生経験の中でも上位を争うほどの素晴らしい出会いをいただいてしまったし
今だって、自分の好きなことをして、周りの人たちに喜ばれてしまって、徳積みどころか、ご褒美ばかりいただいてしまったから。
全国うっかり協会会長のいちばんのうっかりと言えるかもしれない。
それで、考えが変わった。
そんなわけで、あまり長生きはしたくないのは今も変わらないが、早く死にたい、とは思わなくなった。
母と兄との再会も、胸の中で、夢の中でできるさ。
あ。
あくまでも父の話題は出ない😆
感謝してるけど、また会いたいとは特に思わないから(笑)ごめんねー!
さて、今日のお題。
そんな今の私が、もし明日死ぬとわかったら
いったいどう過ごすだろうか。
note部のみんなの記事をまだ読んでいないのでわからないが
高尚な1日を過ごしたいとまったく思っていないので
ちょっとばかり書くのが恥ずかしい🤣
タイトル画像の寿司が食べたいわけでもない。
早く死にたいとは思わなくなったけど
いつ死んでも構わないという考えは、今も変わらない。
寿司もしょっちゅう食べてるから最後の日に食べてもいいし、食べなくてもいい。
ただ、最後の晩餐は?と聞かれたら
考えるのが面倒くさいので「寿司」と答える。
それくらい、やりたいことをやって毎日を過ごしている。
では、最後の日になにをするのか?
私は感謝オタクでもないし、感謝ワークにも興味がないが
死ぬ前日には、みんなに感謝したい。
あの人、あの人、あの出来事、あの日、あの時
いろんな「あの」を思い出して、ありがとうと胸に想う。
連絡はしない。手紙も書かない。
言わないと伝わらないとわかってるけど
ごめんね、私は言わない。
想うだけの独り善がりでごめんね。
声のエネルギーは鳴りをひそめ
ただ想う「ありがとう」
そして、「今生ではさようなら」と言う。
ただ、それだけ。
懐かしい鎌倉の海の香りは恋しいかな。
浜辺で寝っ転がって
空を見上げて
青空が徐々に赤く染まり
星が見え始める。
目を閉じて、想う。
ありがとう。今生ではさようなら。
麻未ちゃん1ヶ月ありがとう😊
尾藤さん、明日からよろしくお願いします。
