JR丸亀駅 エキタグスタンプ

2026.08.07
やって来たのは、JR四国の丸亀駅で、香川県丸亀市新町にあるJR予讃線の主要な駅です。

駅の歴史は、1889年に讃岐鉄道の駅として、 琴平駅 - 当駅間開通時に開業する。
丸亀駅は、現在の予讃線・土讃線につながっていく讃岐鉄道の最初期の駅として誕生しました。
なぜ丸亀に鉄道が必要だったのか、
明治初期の讃岐では、現在のような鉄道網はありません。丸亀は江戸時代から重要な港町でした。特に、丸亀港に降りた人々が向かう先は金毘羅宮であった。それを結ぶ交通の拠点でした。
つまり丸亀駅は、現在のJR四国の鉄道路線網につながる最古級の区間が、この1889年開業の丸亀~琴平間にあたります。1889年の開業時、最初の丸亀停車場は、船頭町にあり、駅舎は木造平屋建ての小さな建物で、ホームなども砂利敷きだったと言われています。
1897年讃岐鉄道線が高松駅まで延伸し、讃岐の主要都市を結ぶ鉄道網が成立する。この時丸亀駅もは545m東側の浜町へ移転していた。この時期から丸亀駅は、単なる琴平への鉄道の終点ではなく、讃岐を東西に結ぶ交通拠点として重要性を増していく。
1904年山陽鉄道に経営が移管される。山陽鉄道は現在の山陽本線につながる鉄道会社であったが、2年後に国鉄の駅となる。
1987年国鉄分割民営化により、JR四国の駅となり、高架化に伴い現在地に移転する。
丸亀駅の歴史を考えるとき、絶対に外せないのが金刀比羅宮で、明治時代、全国から琴平へ参詣客が押し寄せ、讃岐鉄道が最初に、丸亀~琴平を結んだのも、この需要と無関係ではありません。当時の丸亀は瀬戸内海側から讃岐へ入る重要な玄関口であった。つまり丸亀駅は、港と金毘羅を鉄道でつなぐという役割を持って誕生したとも考えられます。そして現在、多度津は予讃線と土讃線の分岐駅が、1889年の短い路線が、後の四国の鉄道網の骨格になっていったわけです。

駅の構造は、相対式ホーム2面2線を有する高架駅であった。
ところで開業当初の丸亀から琴平までの所要時間は何分だったのか?
調べると、1889年5月に開業した讃岐鉄道の駅ごとの所要時間は、
琴平 → 善通寺:24分。
善通寺 → 多度津 :21分。
多度津 → 丸亀:10分。
琴平 → 丸亀:45分とされていた。
現在なら普通列車で20分前後ですから、現在の約2倍を要していた訳ですが、ただし、明治22年として考えると、これはかなり画期的名ことであったと想像できます。
単純に汽車の性能が悪かったという話では無いと思います、
駅間の停車時間や、当時の線路・車両・運転条件などを考えると、現在のように高速で走り抜ける鉄道では無かったはずです。しかし、当時の人からすれば、45分で琴平まで行けること自体が革命的で、現代の新幹線のような感覚だったに違いありません。ここで金毘羅参りが効いてくる、これが讃岐鉄道の最大のポイントです。当時の琴平は、現在以上に金刀比羅宮への参詣地として巨大な観光・信仰市場を形成していきました。
そしてこの「45分」の意味が一番面白いと思います。1889年の45分を、単なる昔は遅かったという数字として見るのでは無く、むしろ、45分で行けるようになったことによって、人の行動範囲そのものが変わったと考えるべきです。それまで、丸亀から琴平へ行くことは、ある程度まとまった時間と体力を必要とする旅であったが、それが、港に着いたら汽車に乗って、45分ほどで琴平に着けると成ったら、讃岐鉄道は単なる田舎のローカル線ではなく、讃岐における人流・物流・観光を一気に変えた社会インフラだった、と見ることができます。
次は、開業当日の列車は何時に丸亀を出たのか?
何本走ったのか?
運賃はいくらだったのか?
蒸気機関車はどんな機関車だったのか?
乗客は何人くらいだったのか?調べてみました。
1889年5月23日の讃岐鉄道は、丸亀~琴平 16.4kmを1日8往復していたまでは解っているが、時刻表は確認できなかった。片道48~50分。
運賃:下等11銭・中等22銭・上等33銭。
機関車:ドイツ・ホーヘンツォレルン製の小型B形タンク機関車3両。
客車:マッチ箱と呼ばれる定員約20人の小型車。
つまり一日に16本の旅客列車が走るって、現在の感覚では少ないと思うでしょうが、時は明治では凄いことだったと想像が付きます。
現在の駅は、特急「しおかぜ」「いしづち」「南風」「しまんと」など、予讃線・土讃線直通のほぼすべての特急列車が停車し、岡山方面と直通する「マリンライナー」や「サンライズ瀬戸」も発着・停車します。

骨付鳥(ほねつきどり)は、丸亀市が発祥とされるご当地名物料理。

最後は目的のエキタグスタンプですが、スタンプに描かれていたのは、塩鮑諸島を望む丸亀城がある駅と文字で刻まれ、中央のイラストには、丸亀城が描かれていた。
塩飽諸島(しわくしょとう)は、瀬戸内海の備讃瀬戸に浮かぶ大小28の島々からなる諸島です。行政上は香川県の丸亀市、坂出市、多度津町、三豊市などに分かれて属している。
丸亀城は、香川県丸亀市にある日本の城跡であり、江戸時代以前に建てられた天守が今なお残る「現存十二天守」の一つです。生駒親正・一正親政によって築城が開始され、後に山崎氏や京極氏によって改修・整備されていた。石垣の名城として名高く、緩やかな傾斜から頂部に向かって垂直に立ち上がる見事な曲線美を描く扇の勾配が見どころで、総高約60メートルの日本一の高さを誇る石垣群が四層に重なり合い、圧倒的な重厚感を醸し出しています。亀山の山頂に立つ天守は1660年(万治3年)に完成したもので、現存十二天守の中で最も小さな三重三階の木造天守で、国の重要文化財に指定されており、最上階からは丸亀市街地や瀬戸内海、讃岐富士(飯野山)も一望できる。
全国や海外で有名な讃岐うどんチェーン「丸亀製麺(運営:株式会社トリドールホールディングス)」ですが、実は丸亀市発祥の企業ではありません。1号店は兵庫県加古川市で、創業者が讃岐うどんの文化や製麺所の情熱に感銘を受け、「丸亀」の名を冠した店舗として展開をスタートしました。 長年、本場である丸亀市内には丸亀製麺の店舗が存在していませんが、県内では高松市内に1店舗のみあります。
県民はどうも丸亀製麺を毛嫌いしている話をよく耳にします。
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