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サブスタックから撤退しました。船を減らして、本港へ帰ります

夜更けにこんばんは、灯の旅人です。

今日は少しだけ、活動場所を整理した話をします。

サブスタックから撤退しました

……サブスタックから完全撤退しました。

突然、港を閉じるような形になってしまい、もしサブスタック経由で繋がってくださっていた方がいたら申し訳ありません。

期間だけ見れば、たった8日間での撤退です。

ちなみに、前に作ったアカウントは1時間で港を出て、そのまま引き返しました。
それに比べれば、今回は8日間も沖に出ていたので、旅人としてはかなり粘った方かもしれません。

……いや、外から見れば十分早いとは思います。

ただ、その8日間で分かりました。

ここは、今の自分が灯りを置く港ではない。

そう感じた以上、無理に航海を続ける必要はありませんでした。

船を増やしすぎると、航路を見失う

色々な場所に船を出しすぎると、いつの間にか自分がどこへ向かっているのか分からなくなります。

noteという港にも船を置き、サブスタックという港にも船を置き、これからWordPressという灯台も建てようとしている。
さらに、創作、日々の観測、記事制作、仕事探し、学び。

気づけば、積荷ばかりが増えて、船底が重くなっていました。

最初は、広い海に出れば何かが見えると思っていました。

新しい港に行けば、新しい風が吹く。
新しい繋がりができる。
新しい読者に出会える。
新しい可能性が広がる。

それは、たぶん間違いではありません。

けれど、どんなに広い海でも、自分の船が沈みかけていたら意味がない。

その海の潮が、自分には少し強すぎた

サブスタックそのものが悪い、という話ではありません。
そこで活動している方々を否定したいわけでもありません。

ただ、自分にとっては、そこに流れている潮の匂いが少し強すぎました。

ノウハウ。
発信。
収益化。
繋がり。
売ること。
届けること。
伸ばすこと。
選ばれること。

そういう言葉が、波のように何度も押し寄せてくる。

ひとつひとつは大切なものなのかもしれません。
けれど、それが一度に押し寄せてくると、船は前に進むどころか、ただ揺らされ続けるだけになります。

自分は、そこで何かを積み上げようとしていました。

でも本当は、積み上げていたというより、海に流されながら必死に木箱を抱えていただけだったのかもしれません。

noteという本港を守るために

このまま続けていたら、サブスタックだけではなく、noteの方まで荒らしていたと思います。

あちこちの港に旗を立てて、あちこちで火を灯そうとして、結局どこの火も守れなくなる。
そんな未来が、少し見えました。

noteは、今の自分にとって大事な本港です。

日々の観測も、創作も、考えたことも、迷ったことも、ここに置いてきました。
まだ未完成でも、ここには自分の足跡があります。

だからこそ、これ以上船を増やす前に、いったん航路を整理する必要がありました。

場所にも、身体が合うか合わないかがある

結局、場所にも「身体が合うか、合わないか」があるのだと思います。

どれだけ可能性がありそうに見えても、どれだけ誰かが勧めていても、自分の身体や心が拒否している場所に、無理して居続ける必要はない。

ここで、少しだけ問いかけてみたいです。

発信のため。
売るため。
見つけてもらうため。
繋がるため。

そう思って、色々な場所に図面を広げることはあると思います。

でも、その図面を広げるたびに、自分の身体や心が追い詰められていくのだとしたら。

それは、本当に今いるべき場所なのでしょうか。

可能性がある場所でも、合わない場所はあります。
誰かにとっては良い海でも、自分の船には潮が強すぎることがあります。

無理してそこに居続けることで、身体も精神も削れていくのなら、離れるべき場所からは離れていい。

少なくとも、自分はまさしくそうでした。

だから今回は、続けることよりも、壊れる前に離れることを選びました。

これは、サブスタックを否定したいわけではありません。

ただ、自分の船には、今はその海を渡るだけの余白がなかった。
それだけです。

短い航海にも、意味はあった

サブスタックで試したことが無駄だったとは思っていません。

あの場所は、自分にとってひとつの実験場でした。
短い航海ではありましたが、そこで見えた景色も、拾った素材も、感じた違和感もあります。

だから、完全な失敗ではありません。

ただ、航海日誌を閉じる時が来ただけです。

もしかしたら、この判断でフォロワーは減るかもしれません。

まあ、それはそれで仕方ないのだと思います。

自分に合わない海で無理に船を浮かべ続けるより、合う場所で、合う呼吸で、合う速度で続ける方が大事だと感じました。

誰かと繋がることは大切です。
けれど、自分の灯りが消えかける場所でまで、無理に繋がり続ける必要はない。

本当に合う場所で、合う空間で、続けられる形を選ぶ。
今の自分には、その方が必要だったのだと思います。

心に、少し温もりが帰ってきた

サブスタックの扉を閉じたあと、不思議と少しだけ呼吸が楽になりました。

心に、温もりが帰ってきたような感覚がありました。

……何回目の自己治癒なのかは、もう数えていません。
たぶん、何度も壊れかけては、何度も自分で包帯を巻き直しているのだと思います。

でも、それでいいのかもしれません。

旅は、いつも前に進むだけではない。
時には、沈みかけた船を港に戻して、積荷を降ろし、火を入れ直すこともある。

今回の撤退は、敗北ではなく、そういう帰港だったのだと思います。

船を減らして、本港へ帰ります

今の自分が積み上げる場所は、やはりnoteで十分だと感じています。

広い海へ出ることよりも、まずは自分の港に灯りを置くこと。
遠くの島を探すことよりも、今いる場所で火を絶やさないこと。

その方が、今の自分には合っているのだと思います。

もしサブスタック経由で見つけてくださった方がいたら、本当にありがとうございました。

あの港で少しでも出会えたことは、なかったことにはなりません。

ただ、これからの航路はnoteを中心に戻します。

無理に海を広げすぎず、まずはこの場所で、日々の観測と創作を続けていきます。

サブスタックの扉は閉じました。

でも、旅は終わりません。

ただ、船を減らして、本港へ帰ってきただけです。

これからは、ここで灯りを守っていきます。

よければ、これからもnoteで見守っていただけると嬉しいです。

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灯の旅人|創作と人の心を観測する人 ここまで歩いていただき、ありがとうございます。 もし何か感じていただけたなら、その想いをそっと置いていっていただけると嬉しいです。