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noteの新ダッシュボードを開くまでは、読まれていると思っていた

こんばんは、灯の旅人です。

これまでnoteのダッシュボードを見るのは、わりと好きでした。

PVが増える。スキが付く。コメントが届く。数字が少しずつ広がっていくのを見ると、それだけで次の記事を書こうという気持ちになれました。

もちろん、PVやスキだけで記事の価値が決まるとは思っていません。それでも、自分が書いたものが誰かのところまで届いた。その手応えとして、数字を見ていたところはあります。

ところが、新しくなったダッシュボードを見て、その感覚が少し変わりました。

インプレッションはある。

つまり、表示される機会そのものはある。それなのに、その先を見ると、自分が思っていたほど記事は開かれていませんでした。

最初に浮かんだのは、かなり単純な言葉です。

ああ、自分は思っていたより弱かったんだ。

でも、少し時間を置いて数字を見ていると、本当にそれだけなのかと思い始めました。

見えていた数字が、自分にとっての世界だった

以前の自分がよく見ていたのは、PVやスキ、コメントでした。

PVが伸びれば嬉しい。スキが増えれば、何かが伝わったのかもしれないと思う。コメントまで届けば、そこには実際に誰かがいて、自分の記事を読んで言葉を返してくれたことが分かります。

それらは、自分にとって記事を書き続けるための燃料でもありました。

だから知らないうちに、自分の中では数字が増えることと「届いている」という感覚がかなり近い場所にあったのだと思います。

別に、それが間違っていたとは思いません。

実際に付いたスキが消えるわけでもなければ、もらったコメントが偽物になるわけでもない。それを見て嬉しかったことも、その反応のおかげで次の記事を書けたことも事実です。

ただ、自分が見ていた世界には、その手前がほとんどありませんでした。

表示されたことと、読まれたことは同じではなかった

noteは新しいアクセス状況について、インプレッション、ページビュー、スキなどを通して記事が読者へ届くまでの状況を確認できるようにしています。詳しい仕様については、note公式のお知らせでも説明されています。

ここで自分にとって大きかったのが、インプレッションでした。

記事が表示されること。そして、そこから実際に記事を開いてもらうこと。

今まで自分の中では、この二つをかなり曖昧に「届いた」と捉えていた気がします。

ところが分けて見てみると、そこにはちゃんと距離がありました。

自分の記事にもインプレッションはあります。それでも、その数字に対して実際に開かれている数を見ると、想像していた姿とは違っていました。

誰の目にも触れていなかったわけではない。

むしろ、目に触れる機会はあった。

それでも、その次の一歩まで進んでもらえていなかった。

この違いは、自分にとってかなり大きなものでした。

図の見方

これは全期間のグラフですが…。何処かででかくなってますね

上から順にnoteのヘッダーや何処かで自分自身のnoteが表示された回数
次に、実際にその記事を見てくれた人の数
スキについては、継続していてコメントの方も継続していますね。

「自分は弱かった」は、半分だけ正しい

そこで最初の感想に戻ります。

自分は思っていたより弱かった。

これは感覚としては、たぶん嘘ではありません。これまで見えていなかった数字を見て、自分が想像していたよりも記事を開いてもらえていないと知った。その瞬間に感じたことだからです。

でも、分析としてそのまま結論にしてしまうのは違うと思いました。

新しいダッシュボードによって、過去の反応が否定されたわけではありません。

変わったのは、自分の記事ではなく、見える範囲です。

今までPVやスキを中心に見ていたところへ、その前段階にあるインプレッションが加わった。その結果、これまでは見えにくかった「表示されたけれど、その先には進まなかった」という場所まで見えるようになった。

だから正確に言うなら、自分が弱かったというより、今まで見ていた数字だけでは分からない弱点があった。

こちらの方が、今の自分にはしっくりきます。

観測窓が変われば、同じ自分でも違って見える

少し不思議なのは、昨日までの記事が突然別物になったわけではないことです。

過去に書いた文章も、付いたスキも、もらったコメントも変わっていません。

変わったのは、それを見るための窓でした。

PVを見ていれば、記事を開いてくれた人が見える。スキを見れば、そこで何らかの反応を残してくれた人が見える。そしてインプレッションまで見れば、記事が表示されたものの、その先には進まなかった部分まで意識するようになる。

同じnoteを見ているはずなのに、どの数字を見るかによって自分の活動に対する印象まで変わってしまう。

そこで一つ、今回かなり強く感じたことがあります。

数字は現実そのものではなく、現実の一部分を切り取る観測窓でもある。

これまでの窓から見えていた景色が間違っていたわけではありません。ただ、その窓だけでは見えない場所があった。

新しいダッシュボードを見て落ち込んだ理由も、数字が急に悪くなったからではなく、今まで見えなかった場所が突然見えるようになったからなのかもしれません。

それでも、新しい数字がすべてではない

ただし、ここでもう一つ気をつけたいことがあります。

インプレッションとPVを見れば、「表示されたあと、どのくらい記事が開かれたのか」を考える材料にはなります。

でも、それだけで「なぜ開かれなかったのか」まで分かるわけではありません。

タイトルだったのかもしれない。ヘッダーだったのかもしれない。そもそもテーマに興味を持たれなかった可能性もあります。どこに表示されたのか、そのとき読者が何を探していたのかなど、自分からは見えない要因もあるでしょう。

逆も同じです。

PVが発生したからといって、その人が最後まで読んだとは限らない。強く心に残ったかどうかも、数字だけでは分かりません。

だから、インプレッションに対してPVが少なかったという結果から、「自分の記事には価値がない」と結論づけることもできません。

新しい数字によって見える範囲は広がりました。それでも、読者という存在のすべてが数字になったわけではない。

ここは分けて考えておきたいところです。

そして今、この新しい数字を眺めるだけで終わらせず、自分の記事をまとめて分析できるものも作っています。

今回は、自分の445記事を実際に読み込ませてみました。表示回数と入口の関係から記事を4つに分け、それぞれ「次にどこを見直すか」まで確認できるようにしています。

まだ調整中ですが、現在はこんな形です。

自分の場合、「表示されるが、開かれにくい」に122記事が入りました。

新しいダッシュボードを見たときに感じた違和感を、記事単位まで掘っていくためのものです。此方は現在微調整中の為完成次第、ツールを提供できるかと思います。

なら、今度は見えるようになった場所を試してみる

とはいえ、せっかく今まで見えなかった場所が見えるようになったのだから、落ち込んで閉じるだけではもったいない。

表示されているのに開かれていないのなら、その間にあるものを少しずつ変えてみようと思っています。

例えばタイトル。

そして、これまでかなり作り込んできたヘッダーも、一度思い切ってシンプルにしてみる。

何が書かれている記事なのか。それが一覧で見たときに、もっと早く伝わる形に変えてみる。

それで数字がどう動くのかを観測してみます。

もちろん、数字が上がったからといって「ヘッダーを変えたからだ」と一度で断定するつもりはありません。記事のテーマも投稿するタイミングも違います。ある程度の記事数や期間を見なければ、偶然との区別も難しいでしょう。

それでも、今までは見えなかった場所を意識して実験できるようになったこと自体は大きいと思っています。

旧ダッシュボードで見ていた数字は間違いではありませんでした。

そこで感じていた嬉しさも、それが書き続ける力になったことも変わりません。

ただ、新しい窓を開けてみたら、その外側に今まで見えていなかった景色がありました。

そこで初めて、自分が何を見て「強い」「弱い」と判断していたのかまで考え直すことになりました。

見える数字が増えた今、必要なのは自分を弱いと決めることではなく、何が見えるようになったのかを確かめることなのかもしれません。

次からは何かしらを提供できる存在になれるよう進化していきます。
そのとき数字がどう動くのか。また自分のnoteを使って、観測してみようと思います。以上灯の旅人でした。


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灯の旅人|創作と人の心を観測する人 ここまで歩いていただき、ありがとうございます。 もし何か感じていただけたなら、その想いをそっと置いていっていただけると嬉しいです。