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自己紹介 l 音楽経験ゼロからDTMプロデューサーへ l はじめてのnote

どうも、トリケラテクノです。

海外の解説が主流な中、

**“日本語でメロディックテクノを解説する数少ないプロデューサー”**として活動しています。

このnoteでは、メロディックテクノの制作方法を、

プロのトラック分析や具体的なプリセット設計を通じて、日本一詳しくお伝えしています。

…など、単なる技術だけでなく、**「音に込めた思想」**まで深掘りしているのが特徴です。

でも、今日はちょっとだけ方向を変えて──

「どうして、私はメロディックテクノを作っているのか?」
「なぜ、このアカウントを“TRICERA TECHNO”と名付けたのか?」

そんな、私自身の物語をお話しします。


■あの日、ゼロから始まった

DTMって、最初は意味がわからなかったんです。

「え?パソコンで曲って作れるの?」「なにそれ、プロの話でしょ?」

正直、そんな感じでした。

そもそも、私は音楽未経験者でした。

楽器も弾けないし、コードも知らない。

バンドもやったことないし、クラブに通っていたわけでもない。

完全な“素人”。

DTMの「D」すら知らずに生きてきた私が──

今では、メロディックテクノの作り方を日本語で解説する立場にいます。

「まさか自分が?」
いちばん驚いているのは、当時の自分かもしれません。

そんな私が、なぜ音楽にのめり込んだのか。

なぜ今、毎日のようにDAWを開いて、誰かに“音の作り方”を伝えているのか。

きっかけは、ほんの偶然でした。

きっかけは、コロナ禍。

大学院の入試を控えていた私は、

毎日、机に向かい、黙々と問題集をこなす日々を過ごしていました。

旅行も遊びも封じられ、

「未来のために今を我慢する生活」に、心がじわじわと削られていくのを感じていました。

そんなある日。

友達が教えてくれたのが──TomorrowlandとUltraのフェス映像でした。

音と光と熱狂がぶつかり合う、別世界のような空間。

そこにいる人たちは、誰もが音に揺れ、心から楽しそうにしていた。

「なにこれ……これが、音楽のある“世界”なのか」

今思えば、それが私にとっての“最初のダンスミュージック”だったのかもしれません。

この映像がどうしても忘れられなくて、

毎日のようにいろんなアーティストを再生しては、その世界に心を重ねていました。

※この時衝撃を受け、今も受け続けているのは2019年のDJ Snakeですね。

「いつか、あの空間に行きたい」
「“体の芯から揺さぶられるような音”を体験してみたい」

その想いを胸に、私は受験に打ち込み、大学院に合格。

そして──2023年1月、ついにGMO SONICでその“音”を体験します。

Alan Walker、Steve Aoki、Marshmello…。

Alan Walker x Steve Aoki

映像でしか知らなかった世界が、目の前に現れた瞬間。

「これだ、私が感じたかったのは」
「音楽って、空気じゃなくて、“身体で感じるもの”なんだ」

あの夜を境に、私の中に小さな火が灯りました。

「聴くだけじゃない。“作る側”になってみたい」と。

でも正直なところ、

この時点では**「音楽を作りたい」なんて、明確な意思はまだありませんでした。**

ただ、あの空間が楽しかった。

音楽に揺れる人たちの顔が、まぶしかった。

その“楽しさ”を、もっと近くで感じてみたい──ただ、それだけだったんです。


■韓国留学で、“パーティーはもっと自由でいい”と知った

GMO SONICで受けたあの衝撃は、しばらく私の中で燻っていました。

ただ、日常に戻ると「音楽をやってみたい」と思っても、何をすればいいのか全然わからない。

そんな中で、私は大学院の研究で、韓国へ短期留学することになります。

とんでもなく忙しい研究生活の中でも、

向こうでは「パーティーに行こう!」「週末はみんなで集まろう!」という文化が、ごく自然にあったんです。

音楽を大音量で流しながら、ただご飯を食べて、喋って、踊って、笑い合う。

誰かが有名なDJなわけでもない。プロの演出があるわけでもない。

でも、そこには**“音楽が中心にある楽しさ”**が確かにありました。

「あ、こんな形でも“音楽で人がつながる場”って成立するんだ」

そんな風に、「イベント=箱でやるもの」「DJ=かっこよくプレイするもの」みたいな先入観が、どんどん壊れていったんです。

その頃、ちょうどLe SserafimやNewJeansといったK-POPが流行していて、

みんなが自然とその音楽に反応して、踊って、笑ってる。

音楽って、もっとラフで、もっと自由でいいんだって思えた瞬間でした。

さらに、せっかく韓国に来たのだからと、旅費を浮かせて、

当時付き合っていた彼女と一緒に行ったのが──World DJ Festival

ZEDD

このフェスがまた衝撃で。

音の迫力はもちろんだけど、それ以上に印象的だったのが、**会場にいる人たちの「楽しみ方の多様さ」**でした。

踊る人、喋る人、地面に座ってゆったり音を浴びる人、写真を撮る人…。

みんなが、“自分なりのスタイル”でフェスを楽しんでいた。

「ああ、イベントって“何を観に行くか”じゃなくて、“どんな空間にいたいか”なんだな」

この感覚が、私の中で「音楽イベント=ライブを見るもの」という常識を覆してくれました。

そしてふと思ったんです。

「こんなフェス、自分の手でつくれたら最高じゃないか?」

このときもまだ、DTMをやるなんて発想はありません。

「作る」というより、**“音のある空間をつくってみたい”**という漠然とした憧れ。

でも、この感覚が──後に「自分で音を鳴らす」「自分の音を作る」という意識に変わっていく、最初の火種になったんです。


■初めて、音を“出す側”になった

韓国から帰国しても、あのフェスの感動がずっと心に残っていました。

「自分も、あんなふうに“音で場をつくる”ことができたら──」
「誰かと一緒に、音で繋がれる空間を、自分の手でつくれたら──」

そんな想いが、じわじわと膨らんでいきました。

でも、何をすればいいのかなんて全然わからない。

ましてや、私は音楽未経験。

バンド経験もなければ、DJを間近で見たことすらない。

それでも、ある日ふと決めたんです。

「まずは、自分で音を鳴らしてみよう」
「自分の手で、空間を動かす感覚を知りたい」

帰国後。
人生で初めてのDJ機材──Pioneer DDJ-200を購入しました。

今考えれば、安価でエントリー向けのコントローラー。

でもそのときの私にとっては、「音を出す側になる」ための最初のステップでした。

自宅でYouTubeを見ながら、Bluetoothスピーカーにつないで、何度も練習。

BPMがズレてグチャグチャになる。

エフェクトをかけすぎて音が潰れる。

選曲がダサくて自分で落ち込む。

正直、最初はうまくいかないことだらけでした。

でも──
それでも、めちゃくちゃ楽しかった。

「音がつながった!」
「次の曲にスムーズに移れた!」

たったそれだけのことが、こんなにも嬉しいのかと思った。

DJって、音楽のプロだけがやるものだと思ってた。

でも実際にやってみてわかったのは、“音を自分でコントロールする楽しさ”は、想像以上に自由で深いってこと。

「音楽を聴く」のと「音を鳴らす」の間には、想像以上に大きな差がある。

ただ聴いていた時には気づかなかった“構造”や“流れ”が、少しずつ見えてくる。

それがまた、新しい世界を開いてくれた。

「もっと、自由に表現したい」
「誰かの曲じゃなくて、“自分の音”で空間をつくりたい」

その感覚が、じわじわと自分の中に染み込んでいきました。

そして、気づけば私は次のステップへ向かっていました。


■パーティーを“やる側”になろうと思った日

DJ機材を触るたびに、少しずつ「音を操る快感」が分かってきました。

BPMが合った瞬間。

曲の展開と自分の意図がピタッとはまったとき。

目の前の空気が、自分の選んだ曲で変わっていく感覚。

「ああ、これは……やばい。もっとやってみたい。」

そんな“欲”が出てきた私は、たった3週間後に、次の機材を買っていました。

その頃、ちょうどハマっていたドラマがあります。

「Emily in Paris」──その中のあるシーンが、ずっと心に残っていました。

エミリーが招かれて行く、大人数のホームパーティー。

部屋中に音楽が鳴り響いていて、人と人とが自然につながっていく、あの空間。

「これだ、こういう“人が集まる場”が見たいんだ」

豪華な演出があるわけでも、誰かが目立っているわけでもない。

ただ、そこにいる全員が、音楽を共有している。

「パーティー、やってみたいな」
そう思ったのは、実はそのシーンが原点でした。

でもその気持ちは、あくまで“憧れ”止まり。

「いつかできたらいいな」「でも私なんかにはムリでしょ」──と、何度も打ち消してきた夢でした。

そんなある日。

バイトの休憩中に、ハーフの友達と何気なく話していたときのこと。

DJ機材を買ったことを話した私に、彼はこう言いました。

「うちの父(外国出身)が言ってたんですよね。
日本って、パーティー文化が全然ないよねって。」

──その言葉が、なぜか強く胸に刺さった。

「ああ、私が“物足りなさ”を感じていたのって、これだったんだ」

音楽はある。熱量もある。でも、自由な空間がない。

じゃあ、自分でつくればいいじゃないか。

その日、バイトを上がった私は、すぐに親友に連絡しました。

言葉にした瞬間、すべてが現実になっていくような気がしていました。

「50人規模のパーティーをやる。絶対にやる」
「“こういう場所があったらいいな”って思ってた空間を、
自分の手で、ちゃんとつくる」

この日から、私の人生が本格的に動き始めました。


■初めてのパーティーを“ゼロから”立ち上げた

「50人規模のパーティーをやる。絶対にやる」──そう宣言した私は、すぐに親友に連絡しました。

すると、仕事の早い彼はすぐに近くのライブハウスを調べてくれて、電話し、会場を抑える準備を手伝ってくれました。

すぐに2人でライブハウスへ向かい、3か月後の会場を押さえました

まだ何も決まっていないのに、もう会場だけは確定。

ここから、**「じゃあ、それまでに何をやるか」**を、逆算する日々が始まりました。

まずはアカウントを立ち上げ、パーティーの“世界観”を作ることから。

ロゴをデザインし、イベントの名前を考え、フライヤーとステッカーを制作。

「見た目でワクワクさせるのも、パーティーのうちだ」

そう思って、デザインにも妥協せずに取り組みました。

そして、ただSNSに投稿するだけじゃなく、リアルでも動きました。

  • 近所の祭りにフライヤーを持って行って、「これ今度やるんです!」と声をかけて配布。

  • バイト先や、よく通っていた飲食店などにも**「置かせてもらえませんか?」とお願い。**

  • 外国人が集まる交流イベントにも積極的に顔を出し、イベントに誘ったり、反応を観察したり。

セットも何度も何度も作り直しました。

どうやったら来てくれた人を楽しませれるのか。

どういう感動を与えたいのか。

本当に考えつくしました。

さらに、イベントの“前哨戦”として、近隣のシーシャバーにお願いして
20人ほどのプレパーティーも開催しました。

音楽を流しながら、実際に人が集まってくる感覚を掴む。

この小さな実験が、本番への自信に繋がったのを覚えています。

そしてなんと、レッドブルガールにもアプローチして、

当日、大量のレッドブルをイベントで配ってもらい、DJテーブルまで手配までこぎつけました。

Red Bull DJテーブル

「どうやって連絡したの?」とよく聞かれますが、できることは、全部やりました。

当日までは、他のイベントに足を運びまくりました。

  • 出会った人に「今度こういうのやります」と声をかける

  • イベント主催者にアドバイスをもらう

  • 自分が主催することに対してリアクションをもらい、緊張をほぐしていく

それはもう、“営業”と“修行”の毎日でした。

でも、だからこそ、自信を持って言えるんです。

「あの日、私は本気で“場所”をつくろうとしていた」と。

※この時は「スーパーマーケットのBGMがEDMになるまでやる」と本気で言っていました。

プロのDJがいなくても、フォロワーがゼロでも、

会場も、機材も、客も、自分の足と言葉とアイデアで少しずつ形にしていった。

その熱量と行動の積み重ねが、音楽と人が本気で交差する空間を、現実に変えていったんです。


■パーティー当日──音楽で、自分を表現できた瞬間

ついに迎えた、人生で初めての主催イベント。

3ヶ月前には、ただの「やってみたいな」という気持ちだった。

けれど、会場を押さえ、アカウントを作り、フライヤーを配り、

行ける場所には全部足を運んで、出会う人すべてに声をかけて──

“0から1”を、自分の手で積み上げてきた日々でした。

最初に売れたのは、ほんの10枚。

「これ、本当に人来るのかな……」と不安で何度もチケットの数字を見返しました。

でも、粘り強く発信と営業を続けたことで、チケットは10→30→50と徐々に伸びていき、イベント前日には90枚に到達。

そして迎えた当日、最後の追い上げで最終的に120人が来場してくれました。売り上げで言ったら20万円を超えましたね。

音楽未経験だった私が、100人以上の前で音を出している。
それ自体が、もはや信じられない光景でした。

DJブースに立ち、目の前に広がるフロアを見た瞬間──
感情が溢れました。

誰もがリズムに揺れていて、目を閉じて音に身をゆだねる人もいれば、
隣の友人と笑いながら踊っている人もいる。

その中心で、自分が“音”を出している。

「ああ、音楽って“ただ聴かせるもの”じゃないんだ」
音を通して、自分を表現できるものなんだ

そして──「その表現が、誰かの心を動かすことがあるんだ」

これは、ただのイベントじゃなかった。

「自分という存在が、“音”という形で誰かの感情に触れた瞬間」

そう感じた、人生で初めての体験でした。

パーティーの最後、笑顔で「ありがとう」「この空間すごかった」と声をかけてくれる人たち。

「次はいつやるの?」と言ってくれた言葉が強烈に心に残っています。

この日を境に、私の中ではっきりと「音楽の意味」が変わりました。

ただ“鳴らす”だけでは、もう物足りない。

もっと深く、もっと本質的に、自分自身を音で表現したい。

その思いが、私をDTMへと突き動かしていくことになります。


■“流す”から“創る”へ──DTMという選択

パーティーを主催して以降、私は何度かイベントを開催しました。

毎回、多くの人が集まり、音に揺れ、笑い合い、感動の瞬間が生まれた。

でも、何度やっても頭に浮かんでくる感情があったんです。

「盛り上がってるこの音、全部“他人の曲”なんだよな……」

たしかに、選曲や構成で空気はつくれる。

でもその根っこにあるのは、誰かの“作品”であって、私自身の“音”ではない

「もし、自分の曲で人を感動させることができたら。
それって、もっとすごいことなんじゃないか?」

そう思いながらも、タイミングは合いませんでした。

引っ越しや生活環境の変化で、DJとしての活動もなかなかできず。

気づけば、年に数回、Ultra JapanやGMO SONIC、World DJ Festival
友達と遊びに行く日々に戻っていました。

音に感動し、拳を上げ、歓声をあげる側。

でも、“感動を与える側”としての自分は、どこか遠くに行ってしまっていた。

ただ、心の中にはずっと残っていました。

「あの感動を、もう一度“自分の手で”つくりたい」

でも、どうすればいいのかわからない。

そんな中でふと浮かんだのが──DTMでした。

「音楽を作る」って、どうやるんだろう?

気になって調べ始めたはいいものの……そこは完全に未知の世界。

DAW?MIDI?プラグイン?

専門用語の嵐に、いきなり心が折れかけた。

そもそも、自分はどんなジャンルを作りたいのかも分からず、

YouTubeをさまよい、無料ソフトを触っては消し、を繰り返す日々。

「これじゃ、感動どころか音も鳴らせないじゃん……」

そんな迷いの中で、運命の出会いが訪れました。

それは、**タイの年越しフェス「NEON COUNTDOWN」**でのこと。

ステージに立っていたのは──MRAK

壮大なシンセ、美しいメロディ、重く深いグルーヴ。

今まで聞いてきたEDMとはまったく違う、“世界を包み込むような音”でした。

「こんな音、聴いたことない……でも、これだ」
私が作りたいのは、こういう音だったんだ

帰国してから、私はメロディックテクノというジャンルをとことん調べました。

Anyma、Tale of Us、Massano、Argy、Mind Against……

そのどれもが、音の隙間と感情の揺れを大切にしていて、ただのダンスミュージックじゃない。

「こんなにも繊細で、深くて、美しいテクノがあるのか」

そう思ったときには、もうDTMに本気で向き合う覚悟が決まっていました。

初めて音が鳴ったときの感動。

自分の中の景色が、メロディとして流れ出したときの鳥肌。

「これだ。ようやく、“自分の音”で人の心に触れる道が見えた」

以来、毎日のようにDAWを開き、少しずつ、

**あの日のMRAKの感動を“自分の手で再現しよう”**と挑戦を続けています。

メロディックテクノは、シンプルな構成の中に深い感情と繊細な構造が隠れている音楽です。

だからこそ、私はこのジャンルの奥深さと魅力、

そして**“誰でも表現できるんだ”という実感**を、

現在、私はnoteでメロディックテクノの制作方法を詳しく解説しています。


■そして、“TRICERA TECHNO”が生まれた

こうして私は、「音楽を聴く側」から「鳴らす側」へ、そして「創る側」へと進んできました。

最初はただの憧れだった。

感動を「届ける側」にまわりたいという気持ちが、私をここまで運んでくれました。

けれど、DTMにのめり込めばのめり込むほど、ある壁にぶつかりました。

それは──「この魅力を、日本語でわかりやすく学べる場所がない」ということ。

英語のチュートリアル、断片的なYouTube動画、難解な海外ブログ。

試行錯誤を繰り返しながら、何度も遠回りをして、ようやく少しずつ音が作れるようになってきた。

「もし、あの頃の自分に“寄り添ってくれる場所”があったら、もっと早く音を楽しめていたかもしれない」

そんな思いから──**TRICERA TECHNO(トリケラテクノ)**は生まれました。


■そして、音楽は“誰かの心に触れる手段”になった

音楽未経験だった私が、DTMと出会い、メロディックテクノというジャンルに魅了され、やがて「音で人を感動させたい」という気持ちを形にしていく──

けれど、不思議なことに──その音が誰かに届いたとき、私は確かに“つながった”と感じました。

実際にMRAKに心を震わせて作った曲を友達に送って以来、

親友は本気でDTMをはじめ、またその友達もDTMを始めました。

今では、3人でできた曲を送り合い、フィードバックをしながら、アルバムを出すためにそれぞれDTMに取り組んでいます。

ステージもマイクもなくていい。ただ、画面の向こうで、誰かがその音にすごいと言ってくれたとき、

「この小さな音が、誰かの心に触れたんだ」と、涙が出るほどの感動があったんです。

ここまで読んでくださったあなたは、すでにお気づきかもしれません。

TRICERA TECHNOは、ただの制作アカウントではありません。

これは、私自身が“音で誰かの心を動かしたい”と願い続けた記録であり、実践の場です。

そして今、そのバトンをあなたにも手渡したいと思っています。

TRICERA TECHNOは、**“あなた自身の音で、誰かの心を動かす”**ことをテーマに活動しています。

メロディックテクノを中心に、DAWの操作だけでなく、

「なぜその音を選ぶのか」「どんな感情を伝えたいのか」まで──

思想ごと学べる音楽制作の場を、noteやYouTubeで発信しています。

ブランド名「TRICERA」は、

  • Timeless:時を越えるリズムを

  • Rhythm:身体と心を揺らすグルーヴを

  • Core:感情の核に触れる音を

  • Resonates:そして、それが誰かの心に響くこと

の4つの言葉の頭文字から生まれました。

そして、「トリケラトプス」のように、

時代を超えて確かな存在感を残す音を作りたいという願いも込めています。

TRICERA TECHNOは、技術だけを教える場所ではありません。

感情の表現方法も伝えます。

AIでさえ音楽を作れるこの時代において、

“何を鳴らすか”を決めるのは、あなたの感情であるべきだと、私は信じています。


■1%の寄付に込めた想い

TRICERA TECHNOは、すべての収益の1%を寄付しています。

それは、「表現を通じて人を感動させる活動」が、このアカウントだけでなく、あらゆる分野で広がってほしいという願いからです。

なぜ寄付をするのか?

私のメンターが教えてくれた本、「夢をかなえるゾウ」に感銘を受けたからです。

「成功したいなら、人を喜ばせることにお金を使うんや」
ガネーシャはそう教えてくれました。
自分のためだけにお金を使うのではなく、
“誰かの笑顔のためにお金を使うことで、自分の心も豊かになる”。

それを聞いたとき、私は心の奥から動かされました。

1%という金額は、小さなものかもしれません。

けれど──それが“世界の循環の一部になっている”という実感を与えてくれます。

実際に私も、初めて数百円を寄付したとき、

「これで何が変わるんだろう」と思いながらも、

「それでも、世界を少しだけ支えている気がした」
「ヒーローみたいな気分になれた」
そんな不思議な幸福感を感じたんです。

このアカウントがどれだけ小さくても、

あるいは、どれだけ大きく育ったとしても──

“1%の寄付”だけは、絶対に欠かさない。

それが、私がTRICERA TECHNOを運営するうえで決めた、たったひとつのルールです。


TRICERA TECHNOは、あなたの音が、
誰かの人生に届く“はじまり”になること
を願って存在しています。

このnoteが、少しでもあなたの背中を押すことができたなら嬉しいです。

そしていつか──

あなたの音で、誰かの心が震える瞬間が生まれることを、心から楽しみにしています。

次は、自分の音で。
TRICERA TECHNO──あなたの音が、誰かの心を震わせる。

本記事では、私の音楽に対する情熱とこの活動を行う意味を伝えさせていただきました。

DTMを通して、自己表現をし、人に感動を与える。

これが私の目指すところです。

全員でゴールを目指しましょう。


最後に

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全貌は登録した人しか手に入りません。

▼ 登録でもらえる無料特典第一弾

  • DTM三種の神器:迷わず環境を整えるためのDAW・シンセ・サンプルの選び方

  • 一曲完成ロードマップ:BPM設定からマスタリングまでの最短ルート

  • 10分作曲ルーティン:制作が途中で止まらないための準備ステップ

  • ダンスミュージック構成テンプレ:7セクション構造で展開迷子を解消

  • 初心者が見落とす3つのポイント:素材・構成・ミックスの設計法

  • 作曲しながらミックスする方法:プロのような抜けを出す3ステップ

  • パンニング設計術:立体的な空間を作る配置テンプレ

  • クリッピング対策:安全でクリアな音源を書き出す方法

【特典②】キックとベースのEQ処理完全ガイド(PDF36ページ)

  • EQ処理の基本:「耳で判断しろ」の壁を超えるための、Hzを基準にしたEQの使い方

  • キックとベースのEQ処理:20Hz〜1kHzまで帯域ごとの役割整理と“ぶつかり解消マップ”

  • 耳で仕上げる最終判断:バイパス確認、環境切り替え、耳を育てる3ステップ

  • EQだけじゃない処理:サチュレーションとMS処理で「太さ」と「空間」を加える方法

  • 実践EQガイド:キックとベースの具体的な帯域ごとの処理例

【特典③】リバーブ設計のすべて(PDF28ページ)

  • センド方式リバーブ術:原音と響きを分離し、濁らない空間を作る方法

  • リバーブ専用EQ処理:不要帯域を削ってモヤモヤを一発解消するテクニック

  • Valhalla Supermassive活用法:無料で“幻想的な空間”を再現する設定ガイド

  • Afterlife系リバーブ設計:Decay・Pre-Delay・Modulationを駆使した浮遊感の再現法

  • リバーブだけサイドチェイン:抜けと奥行きを両立するプロ直伝の3ステップ

【特典④】DTM初心者から抜け出すためのKickstart2活用術(PDF21ページ)

  • サイドチェインとダッキングの違い:言葉の理解不足でモコモコになる問題を解消

  • キックとローリングベースの整理法:正しいカーブとDepth設定で“跳ねるドロップ”を作る

  • Bandモード活用術:ローだけを自然に整理し、ベースの存在感を保つ方法

  • やりすぎ防止の改善法:Depthを100%ではなく80〜90%に抑える設計術

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