見出し画像

言語嫌いな私が、英語と中国語を使えるようになった 7

過去の記事で書いたことをこれまでずっとやりながら、気づけば海外生活20周年。英語に関しては最後の記事になると思いますが、私がずっと守っていることです。それは、

日本語が母語なんだから、英語が使えるようになっただけすばらしい!

という思いを忘れないということです。正直なところ、今現在でも決して自分の英語がネイティブ並みにすばらしいとか、アメリカの議会で堂々と発言できるなんて、これっぽっちも思いません。まぁ5歳児くらいでしょうか?もしくは4歳児?

自分が自信を持ち続けるために、また、英語を使って話すことを楽しめるように考え続けていることが、上の言葉です。こんなところを想像してみてください。どこから見ても海外から来ている人が、東京駅で話しかけてきます。

「お忙しいところ大変恐縮ですが、これから大阪へ向かいたいと思っております。しかし、どのホームへ行けばよいのか分からず、また、バスなど他の交通手段を利用した方がよいのかも判断できずにおります。

お手数をおかけして誠に恐縮ですが、ご教示いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。」

すばらしい!この人の日本語上手だなぁ、って感心しますか?まぁ確かに。 でもちょっと不自然にも感じますよね。やっぱり外国の人なら、

「ちょっとすいません〜 私 いまかーら大阪行くですね。でもどうやって行ったらいいかわからないでーす。あなた教えてくれる?」

こんなふうに言って欲しい笑 って思うのは私だけでしょうか。外国人なんだから、これくらいの方が自然だし。マスメディアに出てくる日本在住の外国人たちが話す日本語も、完璧なものではないことが多い。ということは、つまり、私の英語も私のオリジナルで良いんじゃない?たとえ文法が少し間違っていても、発音がちょっとおかしくても。これが私の英語です!と胸を張って言えば良いんじゃないか!

AIがこれだけ身の回りにある現在、完璧な英語はAIに作ってもらえばいいと思っています。でもそれだけでは伝わらない、人と人との会話には、AIは太刀打ちできないことでしょう。だから言語は面白い。言語嫌いな私が、面白いと思えるようになったこのストーリーで少しでも皆さんのお役に立てられたら幸いです。

英語が使えるようになったら、今度は中国語にまで手を伸ばしてしまったお話、次回から書かせてください。

いいなと思ったら応援しよう!