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それでも、私は日本で死にたい

このnoteは、誰かを否定するためのものではありません。今の“違和感”に耳を澄ませてみたら、こんな言葉が出てきました。
ヘイトだ/〇〇ハラだと過敏に反応が返ってくる時代に生きています。自由が保たれているようで、ときどき何か見えない統制の気配も感じる。政治で煽りたいわけじゃない。ただ、いま感じている“違和感”を一度ことばにしておきたい気持ちで書いています。


1. 今、なにが起きているのか

私が幼い頃、街角で外国人を見かけると、友達と一緒になって「ガイジン!」とキャッキャしてたように思う。
いつ頃からだっただろうか、街中で外国人を見かけるのが、ここ10年程で当たり前になった。
ましてや、外国語が飛び交う日常を違和感なく通りすぎる日が来るとは想像していなかった。

各国の状況を見ていると共生は難しいのかなと思えてしまう。全ての外国人がそうだとは思わない。日本人でも悪い人はいるし、差別や排斥をしたいわけでもない。
ただ、外国人街が増え続けてる現状を見ると、「この国が“日本”じゃなくなるかもしれない」という直感的な危機感が募る。


2. どこまでが“日本”で、どこからが“別の何か”なのか


ある街に出かけた時、「ここは、まだ日本なのだろうか」と思うことがあった。

商店街に響く外国語の案内放送。
駅前の看板には、日本語を探す方が難しい。
道端のベンチで談笑しあう異国の空気感。
そして何より、誰もそれを“異質”だと感じていないように通りすぎるサラリーマンの姿。
かすかな寂しさを覚える。

私が知っている日本の風景。
それは、空気のように静かで、少し不器用。
でも誠実なやり取りが積み重なっている世界だった。

「いただきます」「おかげさまです」
「察する」「遠慮する」「気にかける」

そんな見えないやり取りの輪郭が、日本という国だと思っていた。
それは血でも国境でもなく、“空気のつながり”のようなもの。

けれど最近、その空気が薄れている。
マナーやしきたりを知らない誰か、というより——
それを「教えようとしない空気」そのものが、壊れさせている気がする。

教えると角が立つ。
気づいてくれるまで待つ。
そうして、何も伝えないままに、文化はひとつ、またひとつと風化していく。
文化って、“押しつけ”では伝わらない。反発も生む。でも、“伝えなければ残らない”。

このジレンマの中で、
「受け継がれてきたもの」と「飲み込まれていくもの」の区別もつかないまま、
気づけば、“見知らぬ日本”の中に立っていた。

文化の断絶は、ある日突然起こるんじゃない。
「このまま何も言わなければ、静かに迎え入れてしまうのでは?」ないかと心配になる。
音も立てずに静かに、なんの痛みもなく穏やかに、違和感も抱かれずに——
違和感が麻痺して気がついた時には止められないほど進行している。
わたしはその「麻痺していく感覚」を恐れている。

そしてその中でも「おかしい」と感じてしまう自分が、時代に取り残されていくような気もしている。
でも、この感覚を持ち続けることが、
自分の中に“まだ日本が息づいている”証なんだと思いたい。


3. 戦後、先人たちが見つめていた風景

戦後何十年も経ってから生まれた私でさえ、この国の未来を憂いている。ふと、先人たちはどんな気持ちだったのか思い馳せていた。

戦争ドラマ等で見かける厳しい統制から見たら今の現代日本はどう映るのだろうか。憂う気持ちは私の比ではないかと想像する。

それでも語らず、この国がもう一度“魂”を取り戻せるかもしれない」そんな想いを、言葉ではなく「佇まい」として残していった人たちが、たくさんいらしただろう。

彼らが命を懸けて守ろうとした「日本」は、“戦後の繁栄”と引き換えに、確かにかたちを変えていった。


4. いざとなったら、日本人はどう動くのか

歴史を振り返ると、日本人は我慢強く、空気を読み、大義のために“個”を押し殺す民族だと思う。

でも、相手に“何も言わない”じゃなくて、
“ギリギリまで言わない”という選択。

日本人は、ある一線を越えると、ものすごい集中力と団結力を発揮する民族でもある。

たとえば:
明治維新(世界が驚く改革)国の在り方さえ一変させられる潔さ。
戦後の復興(焼け野原から経済大国へ)いざとなったら同じ方向で団結できる集団。
東日本大震災のときの秩序と助け合い 大災害後でも混乱なく、やるべき事をこなしていく国民性。

静かに、でも決して“無関心”ではない。
いざって時は、もしかしたらもうすでに“静かに始まってる”のかもしれない。それは——

  • 選挙での小さな変化

  • SNS上の意識の盛り上がり

  • 保守的な価値観への静かな回帰

  • 「日本って何?」という問いの広がり

これは、衝突”じゃなくても、「日本の覚醒」がじわじわ始まってる兆しかもしれない。
むしろ日本人の戦い方は:

文化で戦う:対話という武器

  • 町内会や地域団体が、異文化との摩擦を冷静に話し合いで解決しようとする

    1.  →「郷に入れば郷に従え」の精神を、責めるんじゃなく「説明し、伝える」

選択で抵抗する:経済という意志表示

  • 原産国・企業のスタンスを調べて、選んで買わない・使わない

    1.  →「なんとなく」じゃなく、「知ってて避けてる」が基本。

    2.  →攻撃じゃなく、静かな“好み”として選ぶ姿勢

祈りのように守る:生活の中の静かな闘い

ただただ「静かに、自分の中に日本を残す」という“祈りの形”。

・神棚を残す、季節の行事を暮らしに取り入れる(節分・七夕・十五夜など)
 → 「私はまだ日本を生きている」という意志表示

・子や後輩に、「教える」ではなく“感じさせる”形で日本文化を体験させる
 → たとえば:箸の持ち方、いただきます、手を合わせる、道を譲る…

・和の心を込めた作品を作り続ける・記録を残す
 → 創作・記録・継承という意味での“祈り”

祈りは「抵抗」と言うにはあまりに静かだけど、
“静かに残す”という行為ほど、強い祈りはないと考えている。

たとえ小さな声でも、たとえ数が少なくても、
“目を覚ましてる人”がいる国は、まだ終わってない。


5. それでも日本で死にたい、という想い

国境も国家観も幻想だったのかもしれない。
日本は島国で国境を海で隔たれてるから、意識しなくても生活出来ていた。
日本は単一民族だったから日本語を喋り、黄色人種で黒髪というアイデンティティがあった。

でも今まさに、こういう幻想が崩れ落ちてるのかもしれない。差別や排斥したいわけではない。
新たな国家観を考える時期に来ているのかもしれない。

大切なのは「どこから来たか」ではなく「どこに心を置いているか」
日本の魂とは、「土地そのもの」「空気」「生き方」に宿ってるから、“血”だけで決まるものじゃない。
それらを日本と呼ぶなら「人生の最期をこの国と思える風景の中で迎えたい」


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灯世 この文章が、つかれた心にそっと寄り添えたなら── そんな願いを込めて書きました。 感じるものがあったら、応援いただけると嬉しいです。