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「役に立つ」記事よりも「役に立たない」ことが価値になる|noteの考え方


こんにちは、tsubasaです。


普段、noteを書くとき、
「誰かの役に立つ記事を書こう」
と意識しますよね。


読者の悩みを解決する。
知らなかったことを教える。
すぐに使える方法を紹介する。


たしかに、
そういう記事には価値があります。


自分が困っているとき、具体的な
解決策を書いてくれている記事は
為になるし、ありがたい。


私自身も、noteを書くときは、

"読んでくださった方に
何かを持ち帰ってもらいたい"

と思っています!


でも、記事を書き続けて
ふと思うことがあるんです。


「役に立つこと」ばかりを考えていると、
文章を書くことが少し苦しくなっている。



「これって、誰の役に立つんだろう?」



noteを書こうとして、ふと手が止まる💭


今日あったこと。
最近考えていること。
何となく心に残った出来事。


そういうものを書こうと思っても、
「これって記事になるの?」
「誰かの役に立つかな?」
と考えてしまう。


そして、書く前に消してしまう。
私自身、そういうことが
結構あるんですよね( ̄▽ ̄;)


「もっと有益なことを書かなきゃ」
と思っているうちに、いつの間にか、
自分が本当に書きたかったことより

誰かに評価されそうなことを優先

してしまっている、
そんな状態になっていることが
あるんです。



でも、

「役に立つ」と「意味がある」は
同じじゃない


例えば、

「朝スッキリ起きるための7つの方法」

という記事があったとします。


具体的な方法が書いてあれば、
読者は明日から試せる。


一方で、

「今朝、カーテンを開けたら
思ったより空が青くて、
少しだけ気分が軽くなった」

という文章があったとします。


こちらは、別に何かを
解決してくれるわけではありません。
明日の生活が便利になるわけでもない。


でも、読んだ人が、
「なんかわかる」
と思うかもしれない。


「最近、空なんて見てなかったな」
と思うかもしれない。


あるいは、
その文章を読んだことで、
少しだけ自分の日常を
眺めてみたくなるかもしれない。


それは、「役に立つ」とは
少し違う "価値" だと思うんです。


心を少し動かす。
それも、文章が持っている価値
なんじゃないでしょうか。



私たちは、
役に立たないものにも救われている。


考えてみると、私たちの日常には
「役に立たないもの」がたくさんあります。


好きな音楽。
昔の写真。
何度も見返す映画。
友達とのどうでもいい会話。

こういうものは、
今抱えている問題を
解決してくれるとは限りません。


でも、なぜか残っていませんか?


疲れた日に音楽を聴いて、
「なんか、これでいいか」
と思えたことがある。


昔の写真を見て、
「あの頃も楽しかったなぁ」
と思ったことがある。


そう考えると、人間は

「役に立つもの」だけで
心を満たしているわけではない。



むしろ、
何の役にも立たないように見えるものが、
心の隙間を埋めてくれることがあります。



もちろん、
役に立つ記事には大きな価値があります。


悩んでいる人に具体的な方法を渡す。
知らなかった知識を届ける。
失敗を減らす方法を教える。


それは、経験した書き手だからこそ
できることです。


ただ、
「役に立たないなら、書く価値がない」
まで考えてしまう必要はないと思います。


文章には、
「問題を解決する」以外にも、
共感したり、安心したり
という、いろんな役割があります。


もしかすると、私たちは
「役に立つ」という言葉の中に、
文章の価値そのものを
詰め込みすぎているのかもしれません。



そこで、AIにもこんなことを聞いてみました。

「一見、役に立たない文章には、
どんな価値があるんだろう?」



AIとのやり取りで面白かったのは、
文章の価値を「問題解決」だけで
考えなくてもいい、ということでした。



すぐには役に立たなくても、
後になって意味を持つ
そういう価値もある。


それを考えているうちに、
「役に立たない文章」という言葉自体が、
少し違って見えてきました。


もしかすると、「今すぐ役に立たない」だけ
なのかもしれない。



noteを書くとき、
「この文章は誰の役に立つだろう?」
と考えるのは大切です。


でも、それだけではなく、
「この文章は誰かの心に残るだろうか?」
と考えてみてもいいのかもしれません。


今日読んですぐ行動につながらなくてもいい。
明日には忘れてしまってもいい。


それでも、
数ヶ月後にふと思い出してもらえる。


「あの記事、なんか好きだったな」
と思ってもらえる。
そんな文章も、きっとあります。


役に立つ記事は、
悩みを解決したところで
役目を終えることがあります。


でも、心に残る文章は、
読者の中で生き続けることがある。


その違いは、
意外と大きいのかもしれません。



だから、たまには
「役に立たない文章」を書いてみたい。


「こんなことを書いて何になるんだろう」
と思ったとき。


「誰かの役に立たなきゃ」と思って、
公開するのをやめそうになったとき。


一度だけ、
「役に立たなくても、書いていい」
と思ってみる。


自分自身が最近感じたこと。
何となく好きだったもの。
うまく説明できないけれど、
心に引っかかっていること。


そんな小さなものを、
そのまま文章にしてみる。


もしかすると、それを
必要としている人がいるかもしれません。


そして何より、
自分自身がその文章を後から読み返したとき、
「あの頃、こんなことを考えてたな」
と思えるかもしれません( ¨̮ )


文章を書くことは
誰かのためだけではなく、

自分の感じたことを、
この世界のどこかに残しておくこと

でもあるのだと思います。


私も、
「役に立つ記事」を大切にしながら、
「役に立たないように見える文章」も、
もう少し大切にしてみたいなと思います。


すぐに役に立たなくてもいい。
数字にならなくてもいい。


誰かの心に、ほんの少し残る。


そんな文章にも、
ちゃんと価値があると思うからです。

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