『救急車を呼んでください』





西暦2042年。

日本では、ついに「高齢者医療アクセス完全保障法」が施行された。

国民は年齢、所得、居住地を問わず、必要な医療を、必要なときに、必要なだけ受ける権利を有する。

素晴らしい法律だった。

少なくとも、法律の第一条だけを読めば。


午前2時13分。

91歳の佐藤ハナは、38.2度の熱を出した。

認知症。

要介護5。

自力歩行不能。

食事摂取量は、この半年で徐々に減っていた。

最近は一日の半分以上を眠って過ごす。

娘は以前、訪問医に言った。

「もう苦しいことはしないでください。母も昔から、延命は嫌だと言っていました」

訪問医も答えた。

「分かりました。できるだけご自宅で穏やかに過ごせるようにしましょう」

全員が納得していた。

しかし、午前2時13分。

ハナは熱を出した。

娘は冷却枕を取り替え、水分を少し飲ませた。

呼吸は穏やかだった。

すると、居間の端末が鳴った。

《健康状態異常を検知しました》

国が全高齢者世帯に設置した「高齢者安全保障端末」である。

体温38.2度。

心拍数96。

酸素飽和度92%。

画面に赤い文字が表示された。

《医療介入推奨レベル:3》

娘は「自宅療養」を押した。

警告が出た。

《本当に医療機関を受診しませんか?》

「はい」

もう一度警告が出た。

《肺炎・敗血症等により死亡する可能性があります》

「はい」

さらに画面が変わった。

《医療を受けないことによる死亡について、家族が責任を負う可能性があります》

娘の指が止まった。


午前2時27分。

娘は訪問診療所に電話した。

夜間コールセンターにつながった。

「91歳、要介護5、発熱ですね」

「はい。でも母は延命を希望していなくて……」

「承知しました」

オペレーターはマニュアルを開いた。

「では、救急車を呼んでください」

「え?」

「発熱がありますので」

「先生に相談したいんです」

「先生への相談は救急受診後でも可能です」

「訪問診療ですよね?」

「はい」

「来てもらえないんですか?」

「夜間の発熱は、緊急性を否定できません」

「じゃあ何のための訪問診療なんですか?」

オペレーターは三秒黙った。

そして、研修で習った正しい言葉を発した。

「患者様の安全を最優先しております」


午前2時51分。

救急車が到着した。

救急隊員は困った顔をした。

「病院、なかなか決まらないと思います」

娘は聞いた。

「家で看ちゃ駄目ですか?」

救急隊員は答えなかった。

正確には、答えられなかった。

搬送しなければ、後で問題になるかもしれない。

搬送すれば、少なくとも「必要な対応をした」ことになる。

2042年の日本で最も重要なのは、

患者にとって何が良いかではない。

自分が責任を問われないことである。


午前4時08分。

十二件目の病院が受け入れた。

救急外来には患者が溢れていた。

94歳、誤嚥。

97歳、発熱。

89歳、食欲不振。

101歳、転倒。

86歳、便秘。

全員、救急車で来ていた。

若い救急医がハナを診察した。

「肺炎っぽいですね」

娘は言った。

「母は延命を望んでいません」

医師は頷いた。

「分かりました」

娘は安心した。

「ただ、肺炎は治療可能です」

「はい」

「抗菌薬だけやりましょう」

「でも入院は……」

「点滴も必要ですね」

採血。

血液培養。

尿検査。

胸部CT。

心電図。

COVID抗原。

インフルエンザ抗原。

喀痰培養。

輸液。

抗菌薬。

酸素投与。

ハナは何度も、

「もういい」

と言った。

だが認知症患者の「もういい」が治療拒否として有効なのか、誰にも判断できなかった。

だから治療は続いた。


午前7時32分。

ハナは入院した。

電子カルテにはこう記載された。

「家族、積極的延命は希望せず」

その二行下には、

「肺炎に対して標準治療継続」

と書かれていた。

誰も矛盾を感じなかった。


入院三日目。

ハナは食べなくなった。

看護師が医師に報告した。

「食事摂取ゼロです」

医師はNSTに依頼した。

NSTは評価した。

必要エネルギー量 1,180 kcal/day。

91歳、要介護5、認知症。

必要エネルギー量は正確に計算された。

なぜそれを必要とするのかは、誰も計算しなかった。

末梢点滴が始まった。


五日目。

点滴を自己抜去した。

安全管理委員会が介入した。

ミトンが装着された。

ハナは両手を包まれた。

「取って」

と言った。

看護師は優しく答えた。

「危ないからね」


七日目。

嚥下評価が行われた。

言語聴覚士が言った。

「経口摂取は誤嚥リスクが高いです」

娘が聞いた。

「じゃあ、どうすれば?」

医師が答えた。

「経管栄養という方法があります」

「母はそういうの嫌だって……」

「もちろん無理にする必要はありません」

医師は続けた。

「ただ、何もしなければ栄養が取れません」

娘は黙った。

「餓死という形になる可能性があります」

その言葉で決まった。


十日目。

経鼻胃管が入った。

ハナは抜こうとした。

ミトンだけでは足りなくなった。

身体拘束同意書に娘が署名した。

署名欄の上には、

《患者の生命・身体を保護するため緊急やむを得ない場合》

と書かれていた。

娘は泣いた。

誰も悪くなかった。

だからこそ、止める者もいなかった。


三週間後。

肺炎は治癒した。

CRPは0.7。

白血球数6,200。

胸部X線も改善。

医師は娘に説明した。

「肺炎は治りました」

「よかったです」

娘は言った。

しかしハナはもう立てなかった。

入院前よりさらに食べなくなり、昼夜の区別もなくなっていた。

「家に帰れますか?」

「今の状態では難しいですね」


退院支援カンファレンスが開かれた。

医師。

看護師。

MSW。

PT。

OT。

ST。

薬剤師。

管理栄養士。

ケアマネジャー。

地域連携室。

十一人が集まった。

議題は、

「佐藤ハナ様の意思を尊重した療養場所について」

だった。

本人は参加していなかった。


二か月後。

ハナは療養型病院へ転院した。

その三か月後、再び発熱した。

38.5度。

当直医が診察した。

誤嚥性肺炎だった。

カルテには、

DNAR

と書かれていた。

しかしDNARは「心肺停止時に蘇生しない」という意味であって、「肺炎を治療しない」という意味ではない。

正しい。

医学的にも倫理的にも正しい。

だから抗菌薬が始まった。

酸素。

点滴。

吸引。

採血。

胸部X線。

ハナは治った。


半年後。

また肺炎になった。

また治った。

一年後。

また肺炎になった。

また治った。

そのたびに医療者は胸を撫で下ろした。

救命できた。


2044年。

厚生労働省は高齢者医療政策の成果を発表した。

90歳以上の肺炎死亡率は過去最低となった。

大臣は記者会見で述べた。

「わが国の高齢者医療の質が世界最高水準にあることを示す成果です」

記者から拍手が起きた。

一方、救急搬送件数は過去最高を更新した。

病院の平均在院日数も増加した。

医療費も過去最高。

介護費も過去最高。

看護師不足も過去最悪。

救急車の現場到着時間も過去最長。

しかし、それらは別々の審議会で議論された。

したがって、問題同士が出会うことはなかった。


2045年。

ハナは95歳になった。

ある冬の夜、また熱を出した。

当直看護師が医師に電話した。

「佐藤さん、38.7度です」

医師はカルテを開いた。

認知症。

要介護5。

寝たきり。

経管栄養。

誤嚥性肺炎、過去七回。

DNAR。

本人はかつて、

「延命治療は希望しない」

と話していた。

医師はしばらく画面を見ていた。

そして言った。

「家族に連絡してください」

「先生、どうします?」

医師は答えた。

「救急車を呼んでください」


電話を切ったあと、若い看護師が尋ねた。

「先生」

「何?」

「この人は、いつになったら死ねるんですか?」

医師は答えられなかった。

窓の外では雪が降っていた。

遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。

その夜、日本全国で、

同じ音が鳴っていた。

誰も殺してはいなかった。

誰も見捨ててもいなかった。

誰も間違ったことをしていなかった。

ただ、

誰一人として、「もう治療しない」という決定の責任を引き受けなかった。

そして、それこそがこの国で最も完成された、

延命治療だった。

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