物語の欠片 天色の風篇30
-カリン-
夜に仲間たちだけで集まることができるように、カリンは元々最低一泊の予定を組んでいた。
会食の後、予定通り皆でレフアの部屋に集まる。
「あのさ、ルクリアんところの族長、もしかしてマカニの族長に惚れてるのか?」
思い思いの場所に腰かけるなりイベリスが言い、レンが吹き出す。
「何だよそれ」
「だってさ、あの場であの絡みようは、恨みがあるか惚れてるかじゃないか。恨んでいるようには見えないしな。いや、もしかして昔振られて恨んでいるとか……」
「ワイの族長は化身の候補になる前に祝言を挙げていたと聞いているよ」
「レンの言う通りですわ。ご存命ですし、仲は悪くないと聞いています。エリカ様の旦那様は穏やかなお人柄だと夫から聞きました。でも、確かに今日のエリカ様はいつもと雰囲気が少し違いました」
ワイ族は配偶者以外の異性との交流が最近まで禁止されていたので、族長の夫とは言えルクリアは直接は知らないのだろう。
「相変わらずレンは女心が解っていないな」
「女だろうが男だろうが解らないよそんなの」
「へぇ。あんたは解ってるの?」
ネリネが揶揄うように言う。
「そりゃあ、周りに数だけは沢山居たからな。……でもまあ冗談はこのくらいにして、本題に入ろう」
本題とは、レフアが女王としての決断を下す手助けをすることだ。イベリスのことだから、話し合いが深刻な雰囲気にならないように気を遣ったのだろうとカリンは考えた。実際、レフアはくすくす笑いながら口を開いた。
「イベリスが居てくれると助かるわ。ええと、先ずは、わたくしがあの場で話したことは、皆はどう思った?つまり、王家は維持するけれど、世襲制は無くすという件」
「私は賛成。でも、ポハクの族長様が言ってらしたようにどういう人が王になるべきかは決めなくてはならないのよね」
ネリネが真っ先に返事をすると、皆は頷いた。カリンも基本的には同意だったが、国の仕組みを知る者として口を挟んだ。
「あのね、レフアもみんなも、仕組みそのものや法律まで考える必要はないと思うの。それは法務局に素案を作ってもらえば良いわ。この場で決めた方が良いのは、その軸になる部分。つまり、”王家とは何か”というところ。それはさっきもレフアが、闇の浄化を先頭に立って行うものという定義をしたわね。それだけで、十分かしら」
「ありがとう、カリン。そうね。法務局に素案を作ってもらう上で、わたくしとして絶対に守りたい部分を考えればいいのね」
「そう。それは種族の壁をどうするかという問題も同じ。先程の場ではこちらの方が重そうだったけれど、結局はどこまで各族長に自治を許すかということになると思うの」
「自治……そうね。国の法律でどこまで縛るか……」
せっかくイベリスが雰囲気を柔らかくしてくれたのに、皆が黙ってしまい、カリンは申し訳なく思う。
「王家の人間がいつも聖人君主とは限らない」
意外なことに口を開いたのはいつも無口なローゼルだった。皆は驚いた表情でローゼルを見る。
「あまり王に権限を集中させず、可能な限り各族長に任せた方がいいと俺は思う。その方が、王の負担も軽くなるしな」
「族長も聖人とは限らないぞ。ポハクの先代は絶対君主だったらしいからな」
「まあ、イベリスの言うことも確かだが、影響度合いの問題だ。権力が大きい者が悪人だった場合の方が影響が大きい」
「意外だったよローゼル。お前、ちゃんと考えてるのな。俺は感心した。すまない。てっきり剣術のことばかり考えているのかと思っていた」
カリンにとって、それは意外でも何でもない。結局ローゼルは真面目なのだ。王配になったらなったで、きちんと自分のやるべきことをやる。だからこそカリンはローゼルに、任務ではなく自分の意思で王配になってほしかったのだった。
レフアはそんなローゼルを眩しそうに見やるとローゼルの言葉を継いだ。
「わたくしもそう思うわ。責任逃れをしていると思ってほしくはないのだけれど……。種族の壁を取り払うということは、その族長の自治が嫌だったら他へ行くことができるということでしょう? 王からは、逃げられない。それに、どこかの族長の行動が目に余れば、その時は国でどうにかできるかもしれない」
その夜は結局遅くまで話をすることになったが、後半は互いの近況報告になり、仲間たちの集まりは和やかな雰囲気に終わった。
「カリン殿、少し二人で話ができないかしら」
翌朝、皆で朝食を摂り、迎賓棟へ戻る途中の中庭でエリカが声をかけてきた。カリンは咄嗟に承諾の返事をしてしまってから、一緒に居た族長とレンの顔を交互に見た。
「それでは我々は先に戻っていよう。陛下の所へ行く前に声をかけてくれ」
族長が言い、レンと二人で迎賓棟へ向かって歩き出した。他の族長や化身たちも、立ち止まったカリンたちを追い抜いて迎賓棟へ消えて行く。迎賓棟の扉を通る際、イベリスがちらりと後ろを振り返ったのに気がついたが、カリンは努めて反応しないようにした。
「お話とは何でしょうか」
「貴女は昨日の席で個人的意見は述べなかった」
「ええ。みなさまが活発に議論していらっしゃいましたから、特にわたくしから述べるようなことはありませんでした」
「貴女は種族を越えて婚姻をした唯一の存在よ」
「ただの一例です。今後もし規制が緩和されれば様々な例が出てくるでしょう。むしろ今の時点でわたくしの一例を取り上げて議論するのは危険です」
「……座ったら?」
エリカはくすくす笑いながら自らベンチに腰掛け、隣を指差した。カリンは大人しく従う。
「私がなぜ昨日エンジュに詰め寄ったか解る?」
まさか、族長に惚れているからかとは訊けない。それに、カリンには別の考えがあった。そちらを披露することにする。
「上皇陛下に頼まれたから……ですか?」
「ふふ。さすがね。そう。言葉を悪く言えば、陛下に、エンジュを揺さぶれって言われたのよ。……貴女、ワイへ来る気はないの?」
「申し訳ありませんがわたくしはマカニが好きなのです。エリカ様が昨日マカニ族になりたいと仰ったのは作り話ですか?」
「もちろんよ。あのエンジュがどんな風に村を治めているのか興味はあるけどね。先日少しだけ見たけれど、よく分からなかったわ。私はこのままワイに骨を埋めるつもり。貴女が来てくれたら早々に族長を譲るのに」
「わたくしは族長には向きません」
「あら、何故?」
「常識破りの常習犯ですから」
「法律は守っているでしょう?」
「ええ、何とか」
「貴女がエンジュに似ていると言ったのを憶えている?」
「はい。ですが、わたくしには解りません。わたくしと族長様は違います」
「私から見ればエンジュも常識の外よ。平気で王の言葉に反対する。先を読んで指示をかわしたりもする。化身の候補としての任務も……どこまで本気だったのか。きっと私たちの代はただの茶番だと先に分っていたのだわ。一方で、エンジュの話は……皆いつの間にか納得させられてしまっている」
「エリカ様は、族長様がお嫌いですか?」
「……いいえ。嫌いではない。羨ましいのかしら。嫉妬とまではいかないけれど」
「私に声をかけたのも、陛下のご命令ですか?」
「それも、いいえよ。これは私の意志。何故かって聞きたい? それとも、貴女には解っているのかしら」
「ご自分でもよくお分かりにならない。ただ話してみたかったから」
それまで冷たい美しさを纏っていたエリカが、くすくすとでもなく、突然声を出して笑った。
「先程の言葉は撤回するわ。……貴女はエンジュの傍に居なさい」
さて、戻りましょうかと言ってエリカは立ち上がった。
「エリカ様は……」
「それ以上言わないでちょうだい。空を自由に飛ぶ鳥には、誰だって一度は憧れるのよ」
そう言って嫣然と微笑むと、エリカはひとりで先に迎賓棟へ向かって歩いて行った。取り残されたカリンはひとり、ベンチに座ったまま空を見上げた。
良く晴れた日だが、マカニに暮らし慣れてしまったカリンには、空の青がやや薄いように感じられる。
エリカの言う鳥とは、族長のことだろうか、それとも自分のことなのだろうか。もしかしたらマカニ族なのかもしれない。エリカが昨日族長に詰め寄ったのは上皇の差し金だ。しかしあの申し出は、エリカの本心だったのかもしれない。
鳥だってただ自由に空を飛んでいるわけではない。必死で生きているのだ。
カリンはわざと勢いよくベンチから立ち上がり、早足でレンの待つ部屋へ向かった。
