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物語の欠片 緋色の山篇 13

-レン-

 「周りにすごい人が多すぎて、自分が情けなくなるね。」
 パキラの館からポハクの町の入口までイベリスと並んで歩きながらレンは思わずそう話しかけた。イベリスも、全くだと同意する。
 パキラは、アキレアは犯人に心当たりがあるのではないかと言った。その上で犯人を庇い、全てを無かったことにしようとしているのではないかと。そして、何故アキレアがポハク族を庇う必要があるのかと問うたレンに、意味深な笑顔を見せ、だから複雑なのだ、と言った。そのまま結局真相は話してくれなかった。
 今の時点で自分が直接関わることはアキレアのためにならないから、カリンに任せると話を終わらせたパキラに訳も分からないまま挨拶をし、館を出てきた。確かに長居をしている時間は無いのだが、あまりにも自分がただの連絡係のように感じられてレンの気持ちは複雑だった。これでは子供の遣いとあまり変わりがない。
 「カリンも族長もパキラ様も、もうきっと全部見えてるんだ。」
 「カリンはまだなんじゃないか?きっと父上の話をレンから聞いて全部が繋がるんだ。お前が重要な役割を担ってるんだよ。」
 「ただの連絡係だけどね。」
 「でもそれが無ければ誰も何も分からなかった。」
 レンは大きく溜息を吐いた。知っている。自分は自分ができることをやるしかないのだ。できないことを憂いている暇はない。
 「そういえば、大吊り橋が落ちたんだって?」
 「あ、もう聞いた?早いね。マカニの工房の誰かが来たのかな。」
 「いや、ポハクの商人がマカニまで買い付けに行こうとして吊り橋が無くなってたんで慌てて戻ってきた。マカニ周辺を生業にしていた商人たちが騒ぎ立てて父上の所にも報告に来たんだ。」
 「あの大雪の中をマカニへ行ったの?」
 「さっき父上も言ってただろう?ポハクの商人魂はすごいんだ。遭難するかもしれない大雪の中だろうが、いつ噴火してもおかしくない火山だろうが、商売の種になりそうなものには危険を顧みずに食らいつく。」
 「すごいね。」
 「ポハクは枯れた土地だ。採掘か商売でもしてなきゃ生きていけないんだよ。」
 イベリスの言うとおり、ここは死の砂漠と隣り合った町だ。それなのに、アグィーラに次ぐ王国第二の町。人口も多い。それはひとえに昔から王国内の貿易を牛耳ってきたからこその繁栄だ。
 生きていけない、というイベリスの言葉にアキレアの言葉が重なる。ポハクの商人が今回の事件に関わっていたとして、ある意味それは生きるためではあるのだ。生活に困窮しているかどうかは別にして。ポハク族は昔からそうして生きてきたのかもしれない。
 「多分近々、マカニ側からポハクに商品を売りに来ると思うよ。」
 「こちらから買い付けに行くのとは、またちょっと違うかもな。他の地方にも行くのか?」
 「うん。多分ね。書簡使の役割も担うから、各地方に行くと思う。」
 「そうすると、これまで流通を担っていたポハクの商人の旨味が減るわけだ。今回のことでマカニ族と各種族の間に直接の販売経路ができてしまったら困る商人もいるだろう。これはまたひと悶着あるかもな。」
 「ポハクも色々大変だね。」
 そう。大変なのはマカニだけではない。それぞれの種族にはそれぞれの良さも大変さもあるのだ。助け合える時には助け合えば良いし、慣習が合わない時はそっと離れておくのが良いのだろう。
 マカニの族長のように、違う種族でもマカニの慣習に馴染む者を必要に応じてマカニへ受け入れるのはいい。しかし、エリカのように自ら誘致してでも他の種族を呼んでくると、もしかしたら合わない者同士思わぬ軋轢あつれきが生まれるかもしれない。今回はそのどちらでもない。自然に交わってしまった中から生まれた問題であるように思う。その問題はどのように解決されるべきか。そんなことを考えているうちにポハクの町の入口に到着した。

 「気をつけてな。カリンとネリネのことも、頼む。」
 「有難う。連絡係ではあったけど、イベリスに会えたのは嬉しかったよ。まあ昨日会ったばかりだけど。」
 「あのなあ、お前も十分凄いんだ。」
 「あ、ごめん。そういう意味じゃない。もう拗ねてない。」
 レンは笑って否定したがイベリスは珍しく真顔だった。レンは驚いて、飛ぶためにイベリスから離れかけていた動きを止める。どうしたの?と尋ねようとしたレンの声を遮ってイベリスが静かながらやや強い口調で言った。
 「カリンはレンを選んだ。俺でもローゼルでもなく。」
 「イベリス?」
 「忘れるなよ。カリンをアルカンの森から連れ戻したのはお前だ。お前だけがカリンにとって特別だった。」
 「…イベリス狡いよ。それを言われたら僕は何も言えない。」
 「そう。俺は狡いんだ。分かったか?」
 「降参。イベリスは狡いけど、イベリスも凄い。」
 両手を上げたレンにイベリスはあっという間に真顔を崩し、にやりと笑った。肩透かしを食らったレンはイベリスを睨む真似をする。しかしレンには分かっていた。自分が意外と本気で気にしていることをイベリスが見抜いていたことを。
 少し前、逃げずに真っ直ぐシヴァや族長のようになれるよう努力をしようと心に決めた。その時から、やはりその乖離の大きさを常に意識している。自分のできることをやるしかないと分かっていても、焦る気持ちを完全に押し込めることはできない。
 「イベリスはまだカリンのこと狙ってるの?」
 「何だよ仕返しか?当たり前だろう。お前に何かあったら即カリンに言い寄るからな。覚悟しておけ。」
 「僕に何も無くても、いつもひやひやしてるよ。」
 「カリンはそんな俺の気持ちなんてまったく気にしてないけどな。」
 「イベリスの健気さに涙が出るな。」
 「そうだろう?」
 「有難う。僕は君の友人で居られてしあわせだ。」
 「正面から言われると反応に困る。」
 「これが本当の仕返しだ。」
 レンの返しに、イベリスは今度は声を出して笑った。明るい、太陽のような本気の笑顔だった。これがあれば極寒のマカニでも凍えずに済むかもしれない。レンは本気でそう思った。イベリスが本気の笑顔を取り戻して良かった。
 「お前がどのくらい凄かろうが情けなかろうが、マカニの族長になろうが王になろうが、まかり間違って闇に落ちようが、俺はお前の友人だ。」
 「僕もイベリスが素直だと調子狂う。…でも、僕も同じだよ。」
 「だから、無理するなよ。」
 「イベリスに言われたくないよ。僕よりずっと無理するのが得意じゃないか。」
 「俺のは無理じゃなくて強がりだ。」
 「詭弁だね。」
 「その通り。」
 「まいいや。くだらない話をしている時間はないんだ。フエゴは最低限の人数で見張りを回している。早く戻らなきゃ。」
 「おう。…あ、忘れるなよ。吊り橋が元に戻るまでは俺からマカニには行けない。お前たちに用事が無くても俺にあるかもしれないから、きちんと定期的にポハクに来るように。」
 「了解。」

 イベリスやネリネと居ると種族の違いを忘れる。ヨシュアだってアグィーラ人なのにまるで本物の父親のようだ。レフアやローゼルは更に王族にもかかわらず気の置けない友人だ。ずっと会っていないルクリアも、おそらく会えば何も気にせずに話ができるだろう。本当に一緒に居たい人は、自分で選べるのだと思う。そのことと、世界の仕組みは別だ。
 自分はマカニ族として生まれた。子供の頃からマカニが大好きだった。大切なものが守りたくて、戦士になるために子供の頃から訓練場に通った。
 十一歳の時にカリンに出逢って世界が大きく変わった。大切なものはマカニだけではないことを知った。
 風の化身に選ばれてしばしばマカニの外に出かけて行くことになった。それでも、自分にとってマカニが大切な場所であることは変わらなかった。今でも一番大切な場所だ。今はそこにカリンも居る。
 しかし、他の仲間のことを考えると、自分が守るべきはマカニだけではないように思えた。
 レンの頭に、再び各地の自然災害が浮かんだ。マカニの大雪。それが終わった先には何が待っているのか。いや、終わるのだろうか。
 自分が守るべきはこの世界なのか。
 「いや、それはさすがに大袈裟だ。」
 声に出して言ってみる。おそらく自分は苦笑いを浮かべているだろう。
 風の化身として伝説の通り開放された闇を浄化した時でさえ、世界のために闘っているという意識はなかったのだ。ただただ、身近な大切なものを守りたかった。
 自分の守りたいのはあくまでも自分の大切な人たちだ。その人たちが穏やかに暮らせる世界にしたい。それだけだった。
 大丈夫。自分の進んでいる道は間違ってはいない。あとはそう、自分のできることをひたすらにやるだけだ。
 先ずはできるだけ早くフエゴに戻ること。そして、カリンと今後の進め方を話さなければならない。カリンはきっと今自分が解っていることを皆に話してくれるだろう。
 幸い風は追い風だ。レンはひとつ大きく羽ばたくと、北西のやや冷たい風に乗って真っ直ぐにフエゴを目指して飛んだ。もう余計な考えは頭に浮かんでこなかった。


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