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物語の欠片 金糸雀色の午篇 19

-カリン-

 カメリアはまるで其処に居るのが当然なような自然な態度でパキラの館の応接室へ現れた。
 「お久しぶりね、お父様。」
 少し掠れた声が、普通に話しているのに耳元で囁かれているような不思議な響きを帯びる。
 その場に居る他の人物には興味が無いかのようにパキラの顔だけを真っ直ぐに見据えて部屋を横切ると、パキラの正面の席に座った。
 程なく使用人が良く冷えた茶と茶菓子を持って現れる。使用人が去るのを待ってからパキラはゆっくりと口を開いた。
 「よく来たな。来なければ迎えをやるつもりだった。」
 「他ならぬお父様からのお呼び出しだもの。何を置いても来るわよ。」
 「ほう。」
 「ご存じなかった?私はお父様を尊敬しているの。」
 「それは知らなかった。」
 「これだけ敵が多いのに、いつも何だかんだで切り抜けておしまいになる。お祖父様がご存命の頃からそうだったわ。本当に感心する。お母様に感じるのは同情だけれど、お父様へは尊敬よ。」
 「ふむ。なるほど。俺への尊敬と自身の利害は別物という訳だな。」
 カメリアはそれには答えず、意味深な笑みを浮かべた。
 「それで?ワイの族長が私のことを何と言ってきたのかしら。」
 パキラはカメリアを、エリカと話した内容について聞きたいと言って呼び出したのだ。それならば実際に接触していてもいなくても何かしら弁明に来るだろうと予想してのことだ。
 「それがな、エリカ殿ははっきり仰らないのだ。」
 くつくつと笑いながら言うパキラに、カメリアは片方の眉を僅かに上げて見せる。
 「先日別件でエリカ殿の所へ伺ったのだが、普段は興味を示さない娘たちの話題をやたらとお出しになってな。これは何か言いたいに違いないと思ったのだが、エリカ殿と接点がありそうなのはお前くらいしか居ない。だから、お前に訊くのが一番早いだろうと思って此処へ来てもらった。つまり、俺の方が訊きたいんだ。一体エリカ殿と何を話した?」
 愉快そうなパキラの顔を、カメリアは口元には笑みを浮かべながらも真面目な目で見返す。パキラの考えを読もうとしているのがよく分かった。
 カリンたちはパキラがカメリアからどのような流れで何を引き出そうとしているのか聞かされていなかった。
 事前に告げられたのは、その場に同席することと、何か思うことがあったらいつでも口を挟んでもらって構わないということだけだ。具体的な策は未だ何も無いと言っていたが何処までが本当なのだかカリンにも分からなかった。
 ただ、昨日警邏所でパキラが賊たちに持ち掛けた話を聞いてうっすらと方向性が見えているだけだ。そして、予め口を挟んでもらって構わないということは寧ろそれを期待しているのだろうことも解っている。その契機を見誤らないよう、真剣に二人の会話に耳を傾けた。
 「ワイの族長が種族間の交流にも交易にも積極的でおられることは噂に聞いていたの。族長たちの中で一番気が合いそうだったから、何か新しい商売になる話は無いかと思ってお声を掛けただけよ。門前払いされるかと思ったら会っていただけた。…勝手にお父様のお名前を使わせていただいたのは申し訳ないのだけれど。」
 「まあいいさ。エリカ殿は俺の娘だと言えば喜んで会っただろうな。…まあ喜んだ様子は絶対に見せないだろうが。」
 「喜んだご様子は無かったけれど、愉しそうな顔はされていたわ。」
 「想像にかたくない。…それで?」
 「最近、コーヒーノキが売り物になることが分かったでしょう?あれを私に独占させてくれれば、今以上の仕入れ値を払うと提案したの。」
 「ああ、それで税金なわけだな。」
 「お父様は話が早くて助かるわ。その通りよ。見事に断られたのだけれど、その代わりにワイの族長が検討している内容を聞かせて下さった。」
 エリカはカメリアに、近々ワイから輸出している品物に税金を課そうと考えているのだと話した。しかも、まさに珈琲のような、まだ生活に根付いていない嗜好品から先に。課税が始まれば小さな商人には取引が難しくなるだろう。そうすれば必然的にカメリアたちのような大商人が市場を独占するようになる。更には鉱物も扱っているカメリアたちは総合的に得をするのだ。カメリアは自らの小さな提案を引っ込めざるを得なかっただろう。
 その時点で本当にエリカが課税を考えていたかは分からないが、カメリアの提案を自らのもっと大きな枠組みで上書きして見せたのだ。上皇がエリカの課税の仕組みを国の仕組みで上書きしようとしたのと同じやり方で。
 それを考えても、エリカは国の動きを予測していたのではないかとカリンは思う。明らかにカメリアよりもエリカの方が一枚も二枚も上手だ。
 「それだけよ。その後はほんの少しだけ世間話をして退散したわ。ワイの族長は私自身には全く興味が無いようだった。…安心して。お父様のことは何も話さなかったから。」
 「話さなかったということは、エリカ殿は聞き出そうとしたという訳だな。まったく、油断も隙もあったものではない。お前が賢くて助かった。」
 「心にも無いことを仰らないで下さる?」
 「本心だ。お前は賢い。少々賢すぎて困るくらいだ。最初はアグィーラの執事だったか。あの時は直接お前自身の名前が出て来たな。しかしそれで失敗したらお前は身を潜めるようになった。いや…二度目も出て来たか。首謀者はサフィニアだったが、採掘工に接触したのはお前自身だった。そして今回は…完全に自分の存在を消した。」
 「何のことを仰っているのか分からないわ。ワイの族長からは私の名前が出たのでしょう?」
 「お前が余計な噂を流して民衆を煽ってくれたおかげで俺にとって望ましくない事件が二つも起こった。」
 「事件?何か大きな事件があったかしら、私は相変わらず忙しくしていたから。」
 「一見大きくない事件さ。とある食堂の娘が誘拐された事件と、商人の詐欺事件だ。」
 「ああ、その話ね。でもお父様の仰る通り、お父様には直接関係の無い話ではなくて?」
 パキラがにやりと笑ったのと、カメリアが一瞬強張った表情をしたのがほぼ同時だった。
 「お前、その話を何処で聞いた?」
 「…私は情報網が広いの。ご存じ無かった?商人は情報が命なのよ。」
 さすがだと言うしかないが、カメリアは一切の感情を消していた。しかしそれがこの場では異様な雰囲気を醸し出す。結局、誰も何も口を挟めなかった。カリンは、イベリスが今にも大声を上げそうなのをぐっとこらえていることにずっと気が付いていた。
 「もしお前がそれを知っているとなると、お前の情報網は警邏隊の核の部分まで及んでいることになり、俺としては大変困る。…それとも事件の種を蒔いたのはお前か?」
 「……。」
 パキラの勝ちだとカリンは思った。
 パキラは昨日、二つの事件の首謀者に交換条件を持ち出した。無罪放免で早々に釈放する代わりに、暫くの間口はつぐむよう約束させたのだ。今この警邏所の部屋に居る者以外には、今回の事件と沙汰については他言してはならぬ。数日の不在は何とか別の言い分を考えよと。
 カメリアは、賊たちが釈放されたことは知っていたのだろう。通常の手続きを踏んでの釈放ならば当然噂は広がるだろうと思った。事実を確かめず、噂の力を過信したカメリアの負けだ。
 いや、時間があったならばカメリアは確認したに違いない。パキラはその時間を与えないよう、釈放の翌日にカメリアを呼び出したのだ。
 しかしカメリアは一瞬悔しそうな表情をしただけで、すぐに再び無表情に戻る。口元には形だけの微笑が浮かんでいた。
 「失礼なことを言わないで下さる?私は別に毎回誰かが罪を犯すように唆しているわけではないわ。不満を持っている人たちには商売の契機があるの。私はあくまでも真っ当な商いをしているだけよ。」
 「お前にしてみれば真っ当だろうな。しかし、俺にとっては面倒の種だ。」
 形だけの笑みが、次第に音を作る。
 カリンには信じられないことだが、カメリアはこの場において、とても美しい笑顔を作って見せた。
 「言ったでしょう?私はお父様を尊敬しているの。本当にポハクが壊れてしまったら私だって困るわ。お父様がいつもぎりぎりのところで立て直して下さるおかげで、私は此処で商売を続けられるのよ。…まあ、壊れてしまったら仕方がないから次はアグィーラかしらね。人の欲望が渦巻いている所の方が商売がし易いから。」
 がたん、と大きな音がした。
 ついに我慢しきれなくなったイベリスが立ち上がった拍子に椅子が倒れたのだ。
 「いい加減にしろよ。」
 低い位置で握りしめた拳も声も震えていた。
 カメリアはそれを余裕の微笑で受け止める。パキラも特にイベリスを止めはしなかった。
 「イベリス、お父様と仲良くなれて良かったわね。」
 「父上への憎悪を煽ったのは誰だよ。」
 「貴方も口が悪いわ。私はね、煽っているのではないと言ったでしょう?不満を持っている人の気持ちを聞いて解消方法を提案しているだけよ。不満や欲望は溜め込むべきものではないわ。貴方、あの頃不満の塊だったもの。いいじゃない。結果的にその分今は幸せなのだから。お礼を言って欲しいくらいよ。」
 「礼なんか言うわけないだろう。」
 「それは残念。私、貴方のことも嫌いではないわよ。」
 「全く嬉しくない。俺はお前のせいで一度は命を取られそうになったんだぞ。父上だって…。」
 「私がそう指示を出したわけではない。それ程までに民の反感を買っているのは誰?」
 「尊敬してるだの、嫌いではないだの言っておいて、命を取られたら自分たちのせいかよ。」
 「貴方、自分とお父様を同列に語っているけれど、お父様の本当のお気持ちを理解しているの?」
 「父上の…気持ち?」
 イベリスは言葉に詰まり、パキラが苦笑して口を挟んだ。
 「姉弟喧嘩は此処までだな。イベリス諦めろ。残念ながら口ではカメリアの方が上だ。…しかしカメリアが俺の気持ちを理解しているとも考え難い。」
 「その通りよ。お父様が何を考えていらっしゃるか全く解らない。族長の立場に固執しているようには思えないのに今の立場を守ろうとしていらっしゃる。何の為なのだか解らない。」
 「お前、エリカ殿の本心も全く解らなかっただろう?まあそういうものさ。理解したかったら、自分と異なる価値観も受け入れることだな。」
 今度はカメリアが言葉に詰まる番だった。
 「…お話は、終わりかしら。」
 「俺からの話は終わりだ。今回のことで特にお前を罪に問えるものではない。今後の為に起こったことを正確に把握しておきたかっただけだ。」
 「お役に立てたならば光栄だわ。では私はこれで失礼致します。」
 「ああ、気をつけてな。」
 去りかけたカメリアが振り返ってカリンを見る。直観的に、ヨシュアの話だと分かった。
 「そういえば先日、貴女のお養父とう様にお会いしたわ。」
 「はい。聞いております。」
 「そう。…残念ながら今の立場にご不満が無いようだったから今回は破談になってしまったけれど、何かあったらいつでもご連絡下さるように伝えてね。」
 再びカメリアに食ってかかりそうなイベリスを制して、カリンはかろうじて承諾の返事をする。残念だが笑顔は上手く作れなかった。
 一方のカメリアは美しい笑顔で優雅に一礼すると、毅然とした足取りで部屋を出て行った。


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