物語の欠片 鶯色の芽吹篇 13
-カリン-
何故だろう。エルビエントの外で大勢のマカニの翼を見ると涙が出そうなくらいに感動する。
カリンは遠くからこちらへ向かってくる色とりどりの翼を眺めながら考えていた。エルビエントの外に居る自分は、未だに、自分がマカニに居ることを許されているという実感が薄くなるのかも知れない。だから大勢の翼を目にすると、単純にその美しさに心動かされ、その後、自分がその仲間であることを感じて、頼もしくも、嬉しくもなるのかも知れない。
しかし今回の場合、その感動が、やがて驚きへと変わった。マカニ族の戦士たちの到着を一緒に待っていたレンも驚きを隠せない様子で、イベリスは唖然としており、族長は愉快そうな表情を浮かべていた。
「シヴァも大胆だな。皆、ご苦労だった」
ガウラを先頭に到着した一団を迎えると、族長は苦笑に近い笑いを漏らして戦士たちを労った。というのも、マカ二に残ったのはおそらくシヴァとスグリ、そして今日の見張りの当番だけなのではないかというくらいの人数だったのだ。若いながらに何度か対外任務をこなしているココは勿論のこと、最も若手のセージまで隊に入っている。
「これなら、二往復で行けるかな」
レンは驚きの表情から楽しそうな表情に変わっている。イベリスはまだ口を開けたままだった。
「シヴァはなんと?」
族長がガウラに尋ねる。ガウラは困ったような苦笑を浮かべた。
「こちらには族長がおられるしレンも居るから、あとはどちらかの指示に従うようにと。特別な指示が無ければお前に一任すると言われましたが……」
ベテランのガウラとて、このような大勢の隊を率いたことなどないのだろう。戦術のことなど本で読んだことしかないカリンが聞いても、確かに大胆な采配だと思った。
「レン」
族長の呼びかけに、レンは「はい」と返事して族長の左側に立つ。
「どう分ける?」
「四十二名……そうですね。二人一組で二十一組を二つの隊に分けます。一度に多くの物量が届いてもアグィーラの方が対応できないでしょうから、時間差でそれぞれ二往復すれば十分でしょう」
駝鳥の骨は、坑道から運び出す際に、標準的な成人のマカニ族がひとりで運べる重さに分けて梱包されていた。それを万全を期して二人一組でひとつずつ運ぶ。荷は四十弱だから、確かに二往復で事足りるだろう。族長はレンの言葉に頷いた。
「レンはカリンを乗せて最初の隊と共にアグィーラへ飛んでくれ。あちらでも指示が必要だろう。私はイベリス殿と共にこちらへ残る」
「分かりました。アグィーラには、北門の方から直接城内へ降りる許可をもらっています。指定された場所は神殿の西側にある庭園ですが、二つ目の隊も僕たちが先に行っていればすぐに分かると思います」
レンはそう言ってから戦士たちの方へ向き直った。
「一旦奇数班と偶数班に分かれてくれるかな。それから必要があれば微調整する。二つの隊の隊長はそれぞれガウラさんとコリウスさんにお願いするよ」
マカニの戦士たちは元々毎朝持ち場によって四、五人ずつの班に分かれており、非番の戦士を除くと十二班程が出来上がる。この場にはそのうち十班程が来ている計算になる。レンの指示どおり奇数班と偶数班に分かれると、ちょうど隊長のガウラとコリウスを除いて四十名ずつとなった。
「さすがシヴァさんだね。元の班が綺麗に組まれているから、人員構成のバランスもこのままでいけそうだ。ガウラさんが奇数班、コリウスさんは偶数班。偶数班は僕たちが飛び発ったちょうど一時限後に出発してほしい」
「了解」
「質問は?」
「二往復目はどうする? 全員は不要だろう?」
「人選はそれぞれの班に任せるけど、荷物の割り当てのない面々は此処で待機。僕は最後の隊が発つまでアグィーラに残る」
「了解」
駝鳥の骨は梱包されているだけでなく、包みに番号が振られていた。そして、それぞれの番号の荷に幾つの骨が入っているかという目録まで作られており、パキラの周到さが伺えた。マカニの戦士たちはそれを番号順に運んでゆく。カリンはアグィーラ側に引き渡すために自分の手元にその原本を置き、今朝方写しとっておいた複製を族長に渡した。これで発地側と着地側で管理ができる。
「くれぐれも気をつけるように」
「はい。族長様も。二つともの隊が飛び立ってしまったら、こちらには族長様とイベリスしか残りません。それなのに荷はまだ半分残ります」
「そうだな。こちらが狙われる可能性もあるにはある」
二人の会話を聞いたイベリスが、今気がついた、という風に身を固くした。
「ちょっと待て。俺、もしかして責任重大なんじゃないか? 万が一マカニの族長に何かあったら……」
ポハクの領地でマカニの族長に何かあったら、それはポハク族がマカニの村で騒動を起こすよりもずっと重大な問題になるだろう。駝鳥の骨が狙われるというよりも、もしかしたらそちらの方が重大な問題かも知れない。それなのにこのような状況を作ったのは、パキラや族長に何らかの考えがあると考えて良いのだろうか。
「イベリス殿。さすがに私は立場を弁えておる。無駄に自らを囮にするようなことはせぬよ。そこはパキラとてそうであろう」
「まあ、そう願いますが……」
父上の考えていることは分からないんですよぅ、とイベリスは情けない声を出した。
「あのね、イベリス。族長様が狙われるということは、相手は族長様がこの場にいらっしゃることを知っていることになる。今それを知っているのは誰?」
「へ?」
そもそも族長も自分たちもその為に闇に紛れてポハクへ入ったのだ。今回マカニ族が荷を運ぶことも、他のポハク族に知られぬように秘密裡に行われた。ポハクの南側に位置する坑道から、町を経由せず、わざわざ町から少し離れた、パキラが遠征の際に休憩地として利用していた小さな館のひとつに運ばれている。この館の存在は、族長補佐になって以降のパキラの行動をよく知るものしか知らないそうだ。
骨をあの場所に配置した人間が、骨が運び出されるのを見張っていた可能性はあるが、ポハクの戦士たちは少なくともこの場所まで後をつけられるような不用心なことはしていない。
もしパキラの行動が誰かに読まれていたとして、複数あるパキラの休憩所のどこに運び込んだかまでを推測するのは難しい。つまり、この場所が襲われればかなり相手の姿が見えてくる。この時点で相手がそのような捨て身の作戦を使ってくる可能性は低い。ポハクでマカニの族長が襲われたという状況を作りたかったならば、もっと効果的なやり方はある。
「だからね、危険は少ないとは思うの。でも、絶対とは言い切れないから気は抜かないでね。族長様だけでなく、イベリスに何かあっても困るわ」
「お。おう」
駝鳥の骨をあの場所に配置したことも、見張りを襲わせて何がしたかったかもはっきりしないが、散りばめられた可能性の中でも、やはり「骨」という鍵は大きいと思うのだ。何故、骨で無ければならなかったのか。骨を、あるいは骨を使って何がしたいのだろう。
イベリスと話している間にマカニの戦士たちの準備が整い、カリンは先頭に居るレンの元へと駆け寄った。レンとイベリスは視線で挨拶を交わす。
「第一陣、行きます」
ひとつ目の隊の隊長であるガウラが族長に宣言し、最初に飛び発った。レンとカリンがそれに続き、その後から次々に第一陣の戦士たちが飛び発つ。
色とりどりの翼は、その場で小さく旋回しながら高度を上げていった。ラプラヤの領地内に居る間は、ポハク族の目につかないように、なるべく高いところを飛ぶ。そうすれば、見慣れない者には鳥の群れにしか見えない筈である。
「こんなに多くのマカニ族がアグィーラへ行くなんて、復興の時以来ね」
隊長ではないから大丈夫だろうと思ってレンに話しかける。闇の浄化の後、魔物に荒らされたアグィーラの修復に、マカニ族の戦士たちが毎日日帰りで協力したのだった。
「そうだね」
レンは答えながらも、後ろが気になるようで、時折後ろを振り返っている。ついには、前を飛ぶガウラに声をかけた。
「ガウラさん、僕は一番後ろを飛ぶ。僕の動きは隊に含めずアグィーラまで飛んで」
「了解」
ガウラの返事を聞くないなや、レンは一人だけ更に高度を上げてやや速度を落とした。眼下を他の戦士たちが通過していく。どうしたのだろうと思ったが、邪魔をしないように尋ねることは控えた。やがて最後尾につけてしばらく飛んだ後、レンの方から説明してくれた。
「セージが気になったんだ。初めての対外任務だからね」
ガウラの息子であるセージは、隊の中程に居る。組んでいるのは大柄の戦士で、その隣を飛ぶ最年少のセージが余計に小さく見えた。セージがアグィーラまでもたなかった時に、組んでいる戦士が一人でも荷を運べることを考えての組み合わせだろう。
「ココは初めての長距離飛行訓練の時に墜落したんだよ」
「あの時も、レンが助けたんだったね」
「うん、偶々ね」
カリンは飛行の邪魔にならない程度に、そっとレンの翼の付け根に触れた。これは、その時に造り直した翼だ。レンの翼は、その事故の際に一度壊れてしまった。カリンはひとりアグィーラに居て、翼を失ったレンの傍に居てやることができなかった。
「あとは、隊から離れた方が、それ以外の状況に目が行きやすくなる」
当然だが、レンも警戒しているのだ。唯一空を飛ぶことができるマカニ族は他の種族に比べて急襲には強いが、例えば下から上空の様子を伺っている者が居ないか、おかしな動きをしている集団が居ないか、など、見ておくべきものは沢山ある。カリンははたと自分の役割を思い出して、鞄から遠眼鏡を取り出した。
「とりあえず滑り出しは順調。後方から追ってくる影はないわ」
とはいえ、追われる可能性も低いとカリンは考えていた。パキラが骨をどこかに運ぶとしたら、それがアグィーラだということは分かっているだろう。もし運び込むことを確認したければ、アグィーラ側の入り口でそれを確認した方が効率が良い。それもあって、正門ではなく、裏側の北門から入ることにしたのだった。アグィーラに近づいたら、今度は高度を下げて、正門である南側からは見えにくい位置を飛ぶことにしていた。
そういう具合に色々と気を回したのだが、呆気なくなのか幸いになのか、一向は何事もなくアグィーラの北門上空を抜け、約束の庭園へと降り立ったのだった。
