イラストエッセイ「私家版パンセ」0070 「愛は負けても親切は勝つ」 20241210
フィグラーという少年がアメリカの作家カート・ヴォネガット・Jrに手紙を書きました。曰く、カート・ヴォネガットの著作の核心にあるのはただ一つの思想であると。すなわち、
「愛は負けても親切は勝つ。」
言い得て妙だ、しかも過不足がない、とカート・ヴォネガットは書いています。
まさに同感です。彼の小説の思想であるのみならず、これは人生の教訓としても超一流のものだと思います。
ソビエトの作家ソルジェニーツィンは、スターリン時代に政治犯として強制収容所に七年間も収容されました。普通の人々が讒言によって、時にはノルマによって無実の罪で収容所に送られ、数千万人が死にました。そこには凶悪犯も一緒に収容されおり、凶悪犯たちは政治犯たちを殴り、レイプし、持ち物と、時には命さえ奪った。当局はこういう凶悪犯を使って収容所に恐ろしい秩序を作り出していました。まさに地獄のような世界だったのですが、ソルジェニーツインはまたこうも証言しています。「そのような収容所の中にも、必ず、一人か二人、良い人がいた。どの収容所へ行っても。彼らはいつも朗らかで笑顔を浮かべており、おなかのすいた老人には自分の食べ物を分けてやり、倒れた人を助け起こした。このような人たちが収容所という地獄の中でまるでオアシスのように人々の心を温めた」と。
「良い人」というのは、ぼくが思うに、献身的な愛の人でもなくてもいいし、自己犠牲を払う英雄でなくてもいいんです。ほんの少し親切な人。そういう人が「良い人」なんじゃないかな。
イエスキリストも、追いはぎに襲われて瀕死になった旅人を助けたサマリア人の行為こそ、隣人愛であり、隣人愛は聖書の中で最も重要な掟だと言います。この行為は、愛の行為というより、ぼくにはむしろ「親切」と映ります。
「親切」にすることは、愛がなくても可能です。時には憎んでいる人にも親切にすることはできる。親切とは、誰かが困っている時に手助けをするという「行為」だからです。
そして世界は愛がなくとも、声高に愛を叫ばなくても、親切があれば何とかやってゆけるのだ、とカート・ヴォネガットの小説は教えているんですね。
大人の態度だし、深いなって思います。

私家版パンセとは
ぼくは5年間ビール会社でサラリーマン生活をした後、キリスト教主義の学校で30年間、英語を教えました。 たくさんの人と出会い、貴重な学びと経験を得ることができました。もちろん、本からも学び続け、考え続けて来ました。 そんな生活の中で、いくつかの言葉が残りました。そんな小さな思考の断片をご紹介したいと思います。 これらの言葉がほんの少しでも誰かの力になれたら幸いです。
