今をしっかり味わうほど、過去も今にまとまって、今がどんどん未来になる
vol.59【ワタシノ子育てノセカイ】
止まることは思い込みを減らすこと。明らかなアタリマエほどいったん止めて、アタリマエかどうかを考える。
アタリマエの客観を、もしやの主観にしてみるんだ。事実を認識にかえて、事実を見直す認識をもつ。
「んなアホな」という他者のアタリマエを認識するほど、対話の可能性は広がってゆくんだろうな。
◇
ところで私には「実子誘拐」で5年以上離れて暮らす、10代のふたりの息子がいる。
◇
2023年11月中旬。洗濯物をしまっていると「よっ!」と後ろから声がする。
制服姿の長男タロウが不意にやってきたんだ。「お!?タロウ!おかえり!!」と私が振り返ると、頬があがってエクボの顔が、ドアの隙間からひょっこり現れる。
下校中のドロップインは久しぶりで、今夏に部活を引退してからは初めてかも。私はすっかり油断していて、手にしていた洗濯物がクシャクシャになった。
いつぶりかわからん、恒例のお茶会が、するすると始まる。
◇
人生は諸行無常だけど、人は恒常性に安心する。なので、あるものがなくなると、不安に陥り、ときに傷つく。
そもそも「ある」ことが奇跡的かもしれないのに、日常に忙殺されると、アタリマエだと勘違いしてしまうんだろうな。
実子誘拐による親子分断は、日常生活を一変させて、子育てという習慣をなくす。
習慣はきっと、親子の醍醐味のひとつだろう。限られた幼少期を親子で過ごし、社会で生きてゆくためのスキルを、いつのまにか親子で身に着ける、それはそれは愛おしい時間。
歯磨きしたり、ご飯食べたり、対話したり、のささやかなささやかな積み重ねが、愛を育み、勇気を育み、親子を育んでゆく。
だからある日突然、親子の習慣がなくなると、まるで自分がもぎ取られたのかと、なんだか勘違いしちゃうんだ。
親子でなくても「習慣」という日常が変わることに、人はまぁまぁの抵抗を示す。恒常性は安心感をもたらす、ドラッグなのかもしれないな。
◇
熱いお茶を入れていると、タロウが選別したおやつがテーブルに並ぶ。いつもらしいお茶会が、粛々と進行している。
下校中の密会は、あまりにも久しぶり。なんか用事があったのかな?とタロウの雑談に耳を傾けるけど、どうやら特段の目的はなさそうだった。
親子の時間になんしか意味をつけようとする私に気づく。両手でつかんでいた湯呑のお茶が、いつのまにか人肌になっていたから、コクコクと流し込んで、お腹をゆっくり温めた。
心を豊にしてくれるのは、意味のある時間が支える、意味のない時間のはずなんだ。意味ばかり求めて生きることは、枯渇する自分を埋め合わせるようなもの。
意味はいつだって自分の内にあるから、今、ココ、であるタロウとの瞬間を楽しめばよい。
◇
私たち親子は自由に会えなくなってから、たくさんの習慣を失ったぶん、新しい習慣をつくりだした。
時間のかかる手づくりおやつは、手軽なスナック菓子になったし、長男次男との3人のお茶会は、いつの間にか1on1になった。
このお菓子が好きやねん!あのお菓子はお母ちゃん知ってる?なんて会話が誕生する。タロウだけ、ジロウだけ、の確実に母子二人きりで過ごせる時間も生まれた。
常備おやつの蒲焼さんを満足そうに頬ばるタロウに、実子誘拐後に生まれた、母子のささやかな習慣をかみしめる。気温のせいか、蒲焼さんが、ほんまにかたい。
◇
通学リュックを背負い直すときが、じきにやってきた。だけどタロウは帰宅準備になかなか移らない。
どうやらやっぱり、話したいことがあるようだ。たぶん、宙ぶらりんの約束についてだろう。
11月初旬に息を引き取った↓↓祖母のお参りをする約束を、私たち親子はしていたんだな。ただいま49日のお見送り中。
葬式から週末をはさんだ4日後、次男ジロウはすでに実行開始。密会の場所を祖母宅に変え、密会日も増やしている。
「今しかできへんことやねんから、今せなあかんと思うねん」と理由を話してくれたジロウに、私は胸が熱くなった。
ちなみに約束をしたのは、お葬式後の夕食時。祖母が元気だったころ、タロジロと4人でたまに足を運んだ、回るけどお手軽価格じゃないお寿司さんにて。
しかも祖母が食事代を用意してくれていたので、最後のおこずかいに3人で感謝して、6月ぶりの家族での夕食時間をかみしめた。
働き者だったおばあちゃんの話をアレコレしながら、ありし日とはけた違いの量を食しつつ、タロジロは私と約束をしたんだ。高級お寿司につられた疑惑、なきにしもあらずか。
まぁとにかく、タロジロ各々が日程を計画して、私に連絡を入れるという背景を携え、タロウは1週間後にドロップインしてきたのである。
◇
ジロウはたぶん、主体を「自分」として物事を考える。なので、僕はこう!あなたはどう?ほなこうしよう!となり、計画から実行までがわりと早い。
一方のタロウは主体を「自分と相手」として、調和性を重んじる性格、だと思われる。私が絶望的に苦手な分野で、頑張るのをあきらめたくらい羨ましい特性。
お茶したテーブルを片付けながらタロウは、ジロウと私の予定を確認して日程を整えた。来週はこの日、再来週はテストやから、この日なら確実、などとテキパキ計画。
ところで受験までラストスパートなんやけど、学習時間に障りはないもんなんでしょうか。
中3だとふと思いだして、それとなく尋ねてみたら「友達の勉強は邪魔してへんから大丈夫やで」とエクボで斜め上の回答がやってくる。
お友達の受験も気になるけど、いやいやいや、母はタロウの心配してますねん。
◇
さて。来週のこの日、はジロウとの密会も重なり、月に2回もタロジロが揃う光景を目にできた。
テストのある再来週、はタロウの計画より前倒しとなり、テスト期間中にお参りする。短縮授業でランチ会をできたから予定を重ねたんだ。やっぱりうちの子、勉強しているんでしょうか。
なにはともあれ11月は、おばあちゃんのおかげで、私たち母子はこれまでにないくらいに会えたっぽい。
なんか日常が、グラグラと揺れている。
タロウはもうじき、15歳か。
親子のアタリマエが消えゆくように薄まって、タロウの世界が、日ごとに、厚く、濃く、なってゆく。

ジロウ←→タロウ
を、はしゃいで撮るまどか
離婚直後に3人の子どもたちとホームレスになったお母さんのお話。
離婚うんぬんではなく「子育ての基礎」や「人間のあり方」について語られていると思います。
Akikoさんがこの動画をあげた理由は「なんでお父さんに会わせるの?」という質問が目立ったからだそう。日本人が単独親権制度の価値観を、いかにデフォルトにしているかがわかります。
セカンドレイプにもなりかねない言葉です。タロジロが「なんでお母さんに会ってるの?」と大人に質問されたら、、、なんて想像するだけでも切なくなる。
日本がいつか「なんでお父さんに会わせないの?」と不思議に思える国になるよう、切に願っています。
