AIで仕事が速くなった。その先に何をするか
AIを仕事に使うなら、まずは面倒な作業を減らしたい。
資料を探す時間を短くしたいし、同じような説明を何度も書く手間も省きたい。
そこから始めるのでよいと思います。
毎日忙しい人に、最初から「効率化だけでは足りない」と言っても、あまり響かないでしょう。
仕事が早く終わることには、それだけで価値があります。
ただ、半日かかっていた調査が一時間で終わるようになったとして、その後をどうするかは、もう少し考えておきたいところです。
調査の件数を増やすのか。
人を減らすのか。
今まで見送っていたテーマを調べるのか。
調査結果を持って研究者や事業担当者と話し、次の開発に踏み込むのか
。同じ時間短縮でも、使い道によって、その後の仕事はずいぶん変わります。
ここを決めないまま導入すると、空いた時間には、いつの間にか別の仕事が入ってきます。
処理する量は増えたのに、相変わらず忙しい。
報告書はたくさんできるようになったけれど、会社として取り組む課題は以前と同じ。
そんなことにもなりかねません。
私が考えたいのは、その先です。
これまで調べきれなかったことを調べる。
専門の違う人たちが、同じ問題について話せるようにする。
調査して終わりにせず、研究や事業で試した結果を持ち帰り、もう一度考える。そうした仕事に、AIによってできた余力を使えないか。
特許情報をマーケットや技術の情報と照らし合わせ、何度も検討を重ねながら、事業に役立つ特許ポートフォリオを育てていくことも、その一つです。
これは、今ある業務を速くする話から、少しはみ出します。
今の仕事の区切り方や、専門家の関わり方まで、見直すことになるからです。
今のやり方には、昔の事情が残っている
AIをどこに使おうかと考えると、まず現在の業務を並べたくなります。
情報収集、分類、分析、報告書の作成。その中から、時間のかかっている工程を探す。導入の進め方としては自然です。
ただ、その業務の形が、これからも適切とは限りません。
たとえば、ある調査を年に一度しか行っていないとします。
それは、年に一度で十分だからなのか。
それとも、人手と費用を考えると、その頻度が限界だったのか。
ここは区別した方がよいでしょう。
調べる人と、結果を使う人が離れているのも、専門性や責任を分ける必要があったからかもしれません。
一方で、調査に長い時間がかかるため、依頼書を渡して、しばらく待って、完成した報告書を受け取る、という形になっただけかもしれません。
後者であれば、調査の負担が変わったときに、仕事の進め方も変えられるはずです。
事業担当者と話しながら途中で調べる。
出てきた疑問に応じて検索の方向を変える。
研究者が気になった点を、その場で掘り下げる。
最初の依頼内容に最後まで縛られずに済みます。
もちろん、何でも一緒にすればよいわけではありません。
専門家に任せるべき判断もありますし、守秘や責任の所在も曖昧にはできません。
ただ、昔からそうしてきたという理由だけで残っている手順まで、守る必要はないでしょう。
今の業務には、その仕事の本来の目的と、当時の制約に合わせて選んだ方法が、混ざっています。
AIを入れるときには、一度それを分けて考えてみたいのです。
さらに言えば、これまで諦めていた仕事だけが対象ではありません。
費用がかかるので見送ったことなら、まだ思い出せます。
ところが、到底無理だと思っていたことは、そもそも企画にもなっていない。
誰かに相談したことすらないかもしれません。
市場の変化を追い続けながら、研究テーマを見直し、そのたびに関連する技術や特許を調べ直す。
事業部ごとにばらばらに持っている顧客の情報を、研究や知財の検討に生かす。
こうしたことも、人手だけで全部行う前提なら、最初から候補に入らなかったかもしれません。
「今の仕事のどこを楽にするか」と考える時間とは別に、「今なら、どんな仕事の進め方を選ぶか」と考える時間が必要だと思います。
情報が増えると、調べるべきことも変わってくる
特許情報、技術論文、市場調査、顧客の声。
これらをまとめて扱えれば、見えるものは増えるでしょう。
ただ、資料を一か所に集めたところで、自動的に良い判断が生まれるわけではありません。
むしろ、扱える量が増えた分だけ、何に注目するかが難しくなることもあります。
市場の資料を読むと、有望そうな分野がいくつも出てきます。
技術の資料を読むと、面白そうな手段が次々と見つかる。
特許を調べれば、競合もさまざまなことを考えている。
それらを丁寧に要約するだけでも、相当な量になります。
しかし、事業として考えるなら、「それで、何を確かめる必要があるのか」まで進まなければなりません。
顧客が困っていると言うことと、お金を払って解決したいことは同じとは限りません。
技術的にできることと、製品として安定して提供できることも違います。
特許に書かれていることを、その会社が実際に製品化しているとも限りません。
資料ごとに、分かることと、まだ分からないことがあります。
その違いを消して一つの説明にまとめると、かえって判断を誤りやすくなります。
むしろ、情報同士が食い違うところを丁寧に見たい。
顧客の要求は強そうなのに、製品がなかなか出てこない。
技術は十分に使えそうなのに、採用が進まない。
特許出願は盛んなのに、市場での動きが見えない。
自社の実験では効果があるのに、顧客には評価されない。
こうした食い違いには、何か事情があるはずです。
技術以外の導入負担かもしれないし、顧客の予算の持ち方かもしれない。
製造コストや保守の問題を、こちらが見落としているのかもしれません。
AIに情報を整理させるなら、話をきれいにまとめるだけでなく、この食い違いを残しておく使い方をしたいところです。
そこから、最初とは違う疑問が出てきます。
「この技術をどう売るか」と考えていたのに、調べるうちに、顧客が欲しいのはその技術ではなく、別の問題を解決した結果だと気づく。
「競合はどんな特許を持っているか」を調べていたのに、なぜ各社が同じ技術的な難所に取り組んでいるのかが気になってくる。
途中で調べる目的が変わっても、私は構わないと思います。
最初の質問に忠実に答え続けるより、大事なことに気づいたところで、調べ方を変えた方がよい。
ただし、疑問を際限なく増やしても仕事は進みません。
何が分かれば、研究の方向を変えるのか。
何が確認できれば、投資に踏み切れるのか。
逆に、どんな結果なら見送るのか。そういう判断に関わるところから確かめていく必要があります。
情報を広く読めるようになった後には、注意を向ける先を選ぶ仕事が残ります。
ここまでAI任せにしてしまうと、自分たちにとって大切なことよりも、資料が豊富で説明しやすいことに引っ張られるおそれがあります。
調べた後に、現実へ戻ってくる
調査報告書には、ある時点で分かったことを残す役割があります。
関係者が同じ資料を見て議論するためにも、必要です。
ただ、「報告書を出したので調査は完了」と区切ると、その後が見えなくなります。
提案は採用されたのか。
研究は進んだのか。
顧客は評価したのか。
予想と違ったとすれば、どこが違ったのか。
その情報が調べた側に戻らなければ、次の調査でも似たような前提を使ってしまいます。
何度も分析を繰り返すなら、ここを切り離さない方がよいでしょう。
まず、今ある情報から考えを置く。
次に、その考えが合っているかを、顧客との対話や実験で確かめる。
結果を受けて、調べ直す。
途中で前提が崩れたら、計画も変える。
文章にすると当たり前ですが、これを仕事として続けるのは簡単ではありません。
調査、研究、営業、知財で担当が違い、成果を確認する時期も違うからです。
それでも、AIによって調査や整理の負担が下がるなら、完成した報告書を一度渡すだけの仕事から、途中で何度もやり取りする仕事へ変えていく余地はあります。
その際、気をつけたいのは、AIの中だけで検討を回し続けないことです。
AIが案を出し、別のAIが評価し、さらに修正する。
これで論理の抜けに気づくことはあるでしょう。
説明も洗練されます。
ただ、同じ資料や前提に頼っているなら、現実に合っているかどうかは別の話です。
反対意見を生成できたことと、実際に反証を見つけたことも違います。
顧客が買わない。
実験が再現できない。
量産すると問題が出る。
競合が思ってもみなかった方法で実現している。
そうした、こちらの説明に付き合ってくれない事実を入れなければ、検討は内輪のものになります。
だから、毎回の分析を立派に仕上げることより、次に何を試せば考えが前に進むのかを決める方が大事な場面があります。
文献をさらに読むより、一つの比較実験をした方が早いかもしれません。
精巧な市場予測を作るより、顧客に提案して反応を聞いた方がよいかもしれません。
反対に、すぐに実行すればよいとも限りません。
失敗したときに戻しにくい選択なら、慎重に確認する必要があります。
AIの応答が速いからといって、製品の耐久性や顧客の継続利用まで、同じ速度で分かるわけではありません。
繰り返す回数を目標にせず、何が分からないのかに合わせて、調べることと試すことの配分を変える。
そのくらいの進め方が、実際の仕事には合うはずです。
途中で目標を変えられるか
検討を重ねても、最初に決めた目標を動かせないなら、できることには限界があります。
ある性能を高めようと研究していたところ、顧客はそこまでの性能を求めていないと分かった。
むしろ、導入の手間や使い勝手を気にしている。
そのとき、研究の目標を変えられるでしょうか。
当初の計画どおりに性能を上げることが評価されるなら、担当者は簡単には方向を変えられません。
方針を変えたことが「見通しが甘かった」と受け取られるなら、新しい情報を正面から扱うこと自体にためらいが生まれます。
AIがどれだけ良い材料を出しても、それを受けて計画を変える余地がなければ、結局は既存の方針を説明するために使われてしまいます。
ここは、道具の性能では解決しません。
予定どおり進めることを評価するのか、証拠に応じて適切に見直すことを評価するのか。
見送りや撤退を、単なる失敗として扱うのか。
途中で分かったことを率直に報告できるのか。
こうした日常の評価の仕方が、AIの使われ方にも表れます。
もちろん、新しい情報が出るたびに目標を変えていては、何もやり切れません。
目先の反応に振り回されるのも困ります。
だからこそ、最初の目標がどんな前提に立っていたのかを残しておきたい。
その前提が変わったのなら、目標を見直す理由になります。
前提は変わっておらず、途中で予想していた難しさにぶつかっただけなら、踏ん張るべきかもしれません。
計画を守るか変えるかを、担当者の気持ちや声の大きさだけで決めない。
そのためにも、調査の結果だけでなく、何を根拠に決めたのかまで共有しておく意味があります。
特許を、事業の変化に合わせて育てていく
このような仕事の進め方は、特許ポートフォリオを考えるときにもよく当てはまります。
発明が生まれたので出願する。
競合の出願が増えているので、自社も関連分野を調べる。
それぞれ必要な仕事ですが、その都度対応しているだけでは、全体として何を守りたいのかが見えにくくなります。
最初に考えたいのは、自社の事業で、顧客に何を選んでもらうつもりなのか、ということです。
その理由を技術の側から見たとき、どこに工夫が必要なのか。
競合が同じ価値を提供しようとしたら、どんな方法を選ぶのか。
自社が得意としている技術は、その中でどんな位置にあるのか。
ここまで考えるには、特許情報だけを詳しく読んでも足りません。
市場の見方と、技術の理解と、自社が実際にできることを、何度も照らし合わせる必要があります。
たとえば、顧客が重視しているのは最高性能より、設置や保守の負担だと分かったとします。
そうであれば、研究の重点も変わるでしょう。
高性能化のための工夫だけを追うのではなく、導入や運用の難しさを取り除く技術に取り組む。
その結果、発明として捉える部分も変わってきます。
これは、市場調査の結果を出願の優先順位に反映するだけの話ではありません。
研究を進めることで、顧客の要求の受け止め方が変わることもあります。
当初は難しいと思っていたことに別の実現方法が見つかれば、提供できる製品やサービスの範囲が広がります。その結果、新しい用途や顧客が見えてくるかもしれません。そこで、また市場を調べる。関連する技術や特許を確認し、次の研究を考える。
市場、研究、知財が順番に仕事を渡すのではなく、途中で何度も互いの考えを変えていく。その中で権利を育てていくわけです。
特許についても、一件ずつ良し悪しを見るだけでは不十分です。
自社が採用した方式を厚く守っていても、競合が別の方式で同じ顧客価値を実現できるなら、その経路をどう考えるかが残ります。似た権利を数多く持っていても、同じ前提が崩れたときに、まとめて弱くなるかもしれません。
そこで、競合の立場になって考えてみる。どこを変えれば同じことができるのか。少し性能を落とせば、安く済む方法はないか。自社では当然と考えている構成を、相手は省けないか。
これは、弱点探しだけではありません。別の実現方法が見つかれば、自社の次の研究にも使えます。守る範囲を考えているうちに、追加で確かめるべき技術上の問題が見えてくることもあります。
研究の成果から権利を考え、権利の検討から次の研究が決まる。この行き来を、もっと日常的に行えるとよいと思います。
ただ、特許を増やすことが先に目的になると、話が逆になります。
顧客にとってはほとんど意味のない違いを探し、その違いで出願する。事業で使う見通しが乏しくても、件数として数えられるので進める。そうなれば、AIで発明案を大量に出せるようになっても、管理するものが増えるばかりです。
見るべきなのは、その一件が加わったことで、全体として何が変わるかでしょう。
重要な代替方式への備えになるのか。次世代の製品を考える余地が広がるのか。提携先と話す際に、自社が提供できるものが増えるのか。すでに十分に守っているところへ、似たものを重ねているだけなのか。
権利としての安定性、競合製品との関係、侵害を把握できるか、どの国や時期の事業に関わるかといった点も、専門家と具体的に確認する必要があります。自社が取る権利ばかりに目を向けて、他社が持つ権利の確認を後回しにするわけにもいきません。
そして、検討を続けた結果、出願しない方がよいと判断することもあるはずです。秘密として管理する。他社の技術を導入する。共同開発にする。研究そのものの優先順位を下げる。そうした選択も、同じ検討の中で扱いたいところです。
特許ポートフォリオは、積み上げた件数を眺めるためのものではないでしょう。事業が変われば、必要な組み合わせも変わります。維持するもの、手薄なところ、今後に備えるところを、その都度考え直す必要があります。
調査、研究、権利化、事業での利用。そのどこか一つを速くするだけでなく、前の判断がどうだったのかを確かめながら、全体を手入れしていく。AIに期待したいのは、その手間を現実的なものにする働きです。
市場の予測だけで、事業は決まらない
市場や技術を詳しく分析するというと、将来をできるだけ正確に当てる仕事を想像しがちです。
どの市場が伸びるのか。どの方式が主流になるのか。競合は何を出してくるのか。確かに、知りたいことばかりです。
ただ、いくら調べても決めきれない部分は残ります。AIで分析の量を増やしたからといって、将来の不確かさがすべて消えるわけではありません。
そのうえで、企業は予測を待つだけの立場でもないはずです。
自社で製品をつくり、顧客に提案し、他社と組む。その行動によって、採用の条件が変わることがあります。顧客がまだ明確に言葉にしていなかった要求が、試作品を見せたことで表れるかもしれません。単独では普及しにくい技術も、提供の仕方を変えることで使われる可能性があります。
ですから、「これから何が起こるか」と一緒に、「自社が何をすれば、状況がどう変わり得るか」も考えたいのです。
特許も、その中で捉えられます。競合への備えとしてだけでなく、誰と、どの範囲で協力するのかを考える材料になる。何を自社で持ち、何を相手に使ってもらい、何を外から取り入れるのか。技術と権利の持ち方によって、事業の進め方に違いが出ます。
もちろん、自社の都合どおりに市場を動かせるわけではありません。顧客にも相手企業にも、それぞれの事情があります。働きかけた結果が予想と違えば、そこから考え直さなければなりません。
この意味でも、最初に一つの将来像を決めて、そこにすべてを賭ける必要はないでしょう。どの変化にもある程度役立つ研究もあれば、特定の条件で大きな意味を持つ研究もあります。すぐに進めるものと、今は小さく確かめておくものを分ける考え方もできます。
ただし、検討を続けること自体が目的になってはいけません。出願や公表、契約、設備投資には、それぞれ判断すべき時期があります。「もう少し分析してから」と繰り返して、選択肢を失うことも避けたいところです。
完全に分かるまで待つのではなく、今どこまで分かっていて、何を引き受けて進むのかをはっきりさせる。そのための分析であるべきだと思います。
専門家以外の人が入ってくる意味
専門情報を、専門家以外も使えるようにする。その話をすると、「誰でも専門家と同じ判断ができるようになる」という方向へ進みがちですが、そこまでを目指す必要はないでしょう。
むしろ、専門家だけでは出てこなかった疑問が入ってくることに意味があります。
営業担当者なら、顧客が購入を見送った理由を知っているかもしれません。製造担当者なら、図面上では小さな差に見えるものが、現場では大きな負担になると分かっているかもしれません。研究者なら、事業担当者が無理だと思っていることに、別の方法を思いつくかもしれません。
そうした人たちが、特許や技術の情報に触れる。分からないところを尋ね、自分の仕事で気になっていることと照らし合わせる。その過程で、調べる側が想定していなかった論点が出てきます。
これは、専門家の仕事を各自に分担させる話とは少し違います。それぞれが持っている経験を、専門的な検討の中へ持ち込めるようにする話です。
そのためには、情報の伝え方を相手に合わせる必要があります。
経営に説明するときと、研究者に説明するときでは、知りたいことが違います。専門用語の量も変えた方がよいでしょう。AIは、こうした説明の作り分けにも使えます。
ただ、相手に合わせるうちに、根拠まで違ってしまっては困ります。
経営向けには成長の可能性を強調し、研究向けには技術的な面白さを強調し、事業向けには実現の容易さを強調する。それぞれの説明だけを読むと、都合よく納得できる。しかし、全員が同じ前提を理解しているわけではない。そんな状態では、後で話が合わなくなります。
説明を短くするときにも、何が確認済みで、何が推測なのかは分けておきたい。大きな判断に関わる条件は、省かずに示したい。必要になれば、元の文献や実験結果まで戻れるようにしておきたいところです。
最初から全員に詳細を読ませる必要はありません。ただ、詳しく確かめたい人が確かめられることは大切です。
また、情報を読めることと、判断する権限を持つことは別です。誰もが初期の探索に参加できるとしても、権利の解釈や重大な投資判断まで、同じ扱いにする必要はありません。
入口を広くしながら、難しい判断は適切な人へ持ち込める。そういう仕事の流れにしておけば、使う人を増やすことと、判断の質を守ることは両立しやすくなります。
専門家を、最後の確認役にしない
AIで下調べや整理ができるようになると、「最後だけ専門家に確認してもらえばよい」と考えたくなります。
そういう使い方が合う仕事もあるでしょう。ただ、専門家の関わり方を全部そこに寄せるのは、もったいないと思います。
最初の質問がずれていたら、出来上がった回答だけ見ても、何を調べ損ねたのかは分かりにくい。検索の範囲から重要な分野が抜けていたら、文章の中には、その抜けを示すものがありません。
そもそも何を区別すべきか、どこまで一般化してよいか、どんな資料を見なければならないか。専門家の判断は、結論を確認するより前の段階でも働いています。
ですから、専門家には、最初の相談にも、途中で行き詰まったところにも入ってもらう方がよい。その方が、最後に大きくやり直すことも減らせるはずです。
一方で、全部を専門家が一件ずつ確認する仕組みでは、利用が広がるほど、その人のところに仕事が集中します。
普段の探索はどこまで各自で進めてよいのか。どんな問題が出たら相談するのか。大きな判断の前には何を確認するのか。そうした目安を整えることも、専門家の仕事になります。
ただし、専門家を仕事の細部から遠ざければよいわけでもありません。
「AIが定型作業を引き受け、人間は戦略に専念する」と言うと分かりやすいのですが、実際の仕事は、それほどきれいには分けられないでしょう。細かな違いを確かめているうちに、重大な問題へ気づくこともあります。若手にとっては、具体的な文献を読み、間違いを直す経験が、判断の基礎になることもあります。
完成した要約だけを見る働き方が続いたときに、人は何を覚え、何を見抜けるようになるのか。この点も考えておく必要があります。
省いてよい手間と、学ぶために残したい経験は、同じではありません。AIの導入と人材育成を別々に扱うと、その区別が抜け落ちてしまいます。
部門の間にある仕事を、誰が引き受けるか
各部門で便利なAIを使い始めたとしても、会社全体の仕事が変わるとは限りません。
研究部門は調べるのが速くなった。知財部門は分析資料を多く出せるようになった。事業部門は提案書を早く作れるようになった。けれど、互いに相談する時期は変わらず、必要な情報も行き来していない。それでは、それぞれの仕事が別々に速くなっただけです。
知財の検討結果が出る頃には、開発の重要な選択が終わっている。研究者が知りたかった顧客の事情は、営業の担当者だけが知っている。事業側で製品の位置づけが変わっていても、出願の優先順位には伝わっていない。
こうした行き違いがあるなら、資料を作る速度だけ上げても、解決しません。
誰が、いつ、何を相談するのかを変える必要があります。検討の途中で事業の前提が変わったら、どこへ伝えるのか。研究で新しいことが分かったとき、誰が用途や権利の可能性を一緒に考えるのか。
これは、共有フォルダを作れば済む話ではありません。情報が置いてあることと、必要な人が意味を理解して行動することの間には、まだ仕事が残っています。
そこを誰かが引き受けなければ、AIが作った資料は増えても、使われないままになります。
評価の問題もあります。自部門の成果だけを求められるなら、他部門のために途中の考えを整理したり、方針を見直したりする仕事は後回しになりがちです。共同で判断した結果を、誰の貢献として扱うかも曖昧にしない方がよいでしょう。
知財部門が事業に深く関わるなら、知財部門の意識だけ変わっても足りません。事業側にも、早い段階から相談し、検討の結果を戻す役割があります。研究側にも、技術の可能性だけでなく、成立する条件や難しさを伝える役割があります。
全員が同じ知識を持つ必要はありません。違うことを知っている人たちが、まだ考えを変えられる時期に話せること。その方が、完成した資料を全員に配ることより、ずっと大切です。
そのような仕事にAIを広く使うなら、誤りへの対応も決めておきたいところです。誰が訂正するのか、どこまで影響を確認するのか、機密情報をどう扱うのか。重大な判断の前には、誰が根拠を見るのか。
初期の発想を広げる場面と、多額の投資や権利の扱いを決める場面とでは、確認の重さを変えてよいはずです。何でも厳しく審査すれば使いにくくなりますし、すべて気軽に扱えば、思わぬところで不確かな情報に依存します。
共通のAIを使って全員が同じ回答を読んだとしても、それで独立した裏付けが増えたわけではありません。異なる意見を出せること、元の資料に戻れること、現場から「実際は違う」と言えることは、残しておく必要があります。
結論だけを残すと、同じ議論を繰り返す
こうした仕事を続けるうえで、記録の残し方も変えたいところです。
市場レポートや特許の一覧を保存するだけでなく、なぜその判断をしたのかを残す。
どんな前提があり、何を確認し、何は分からないまま決めたのか。その後、実際にどうなったのか。
これがあると、次に似た問題が出たときに、過去の結論をそのまま使わずに済みます。
当時は製造コストが合わなかった。
しかし、今は条件が変わっている。
以前の顧客には必要とされなかったが、別の用途では事情が違う。
ある方式を見送ったのは技術的に不可能だったからではなく、当時の優先順位が低かったからだった。
こうした区別が分からないと、「前に検討して駄目だった」という一言で、終わってしまいます。
失敗した研究にも、どの条件でうまくいかなかったかが残っていれば、使い道があります。
見送った出願にも、なぜ見送ったかが分かれば、再検討の判断ができます。
逆に、成功したという結果だけを残すのも危ういところです。
判断が良かったのか、たまたま環境に助けられたのかを区別できません。
当時は合理的な判断でも、結果が悪くなることはありますし、その逆もあります。
振り返るときには、当時知ることができた情報と、後から分かった情報を分ける必要があります。
後知恵で担当者を評価してしまうと、次から率直な記録が残らなくなるでしょう。
AIを使って、こうした記録を探し、比較しやすくすることには意味があります。
ただ、何でも保存すればよいとは思いません。
不要な個人情報や、扱いに注意が必要な情報まで集める必要はありません。
古い判断を、いつまでも正しいものとして参照するのも困ります。
元の条件と日付を確認し、今にも当てはまるかを考えられる形にしておきたいところです。
会社に蓄積される知識の中で、本当に使い回しが利くのは、成功事例のきれいな説明より、何を考えて、どこで考えが変わったかという経緯なのかもしれません。
公開された特許や論文に、自社の実験、顧客との対話、事業上の判断が加わる。
その記録を次の仕事で使い、また結果を戻していく。
長く続けるほど、この会社だから分かることが増えていくはずです。
ただし、それを後の人が使える形で残していれば、の話です。
件数と時間だけで評価すると、元の仕事に戻ってしまう
AIの成果として、削減時間や利用回数は測りやすい指標です。
出願件数や調査件数も、数字として並べられます。
導入が使われているか、負担が減ったかを見るには必要でしょう。
ただ、そればかりを追うと、使い方も数字に合わせて変わっていきます。
調査件数を求めれば、調査を増やす。
資料の作成数を求めれば、資料を増やす。
出願件数を求めれば、出願につながりやすい発明を探す。
どれも、その指標の上では正しい行動です。
しかし、会社として知りたかったのは、そこだけだったでしょうか。
調べた結果、研究の方向を変えられたのか。
事業上の見込み違いに早く気づけたのか。
今まで比較できなかった案を検討できたのか。
特許の持ち方を見直したことで、製品や提携の進め方に違いが出たのか。
こうしたことも見なければ、効率化の先へ進んだかどうかは分かりません。
特に、やめたことの評価は難しいと思います。
早い段階で価値が低いと分かり、研究や出願を見送ったとしても、成果物としては何も増えません。
それでも、別の課題へ人と費用を回せたなら、会社には意味があります。
もっとも、何でも「AIのおかげ」と数える必要はありません。
成果には、人の専門性も、顧客との関係も、実験設備も関わっています。
売上や利益の増分を無理にAIへ割り振るより、どの判断に、どう役立ったのかを確認する方が実態に合う場面もあります。
また、一度うまくいったことと、次もできるようになったことは別です。
担当者が大変な努力をして成立させただけなら、その人が異動すると続かなくなるかもしれません。
仕事の進め方が残ったか。他の人も必要な記録を使えるか。
前回より少ない迷いで、次の検討を始められるか。
そういう変化も見ておきたいところです。
費用についても、AIの利用料だけでは足りません。
確認する時間、誤りを直す手間、運用を続ける負担があります。
それを含めてなお、やる価値があるかを考える必要があります。
新しいことに取り組むからといって、採算を曖昧にしてよいわけではありません。
ただ、数えやすいものだけを成果にすると、本当にやりたかった仕事から離れてしまいます。
空いた時間を、全部埋めなくてもいい
最後に、ここまでの話を「AIで余力ができたのだから、もっと仕事をしよう」とだけ受け取ってほしくはありません。
顧客と落ち着いて話す時間も必要です。
若手が自分で資料を読み、考える時間も必要でしょう。
すぐに結論を出さず、別の見方を検討する余裕もあった方がよい。
疲れをためずに働けることにも、当然、価値があります。
効率化で空いた時間を、すべて次の作業で埋めたら、考える余地は相変わらず残りません。
また、人の仕事を「AIにまだできないこと」としてだけ決めるのも、あまり良い考え方ではないと思います。
その定義だと、AIの能力が変わるたびに、人の役割が追い立てられることになります。
それよりも、自分たちは何を実現したいのか、誰のどんな問題に取り組みたいのか、そのために何を引き受けるのかを考えたい。
AIに選択肢を出してもらうことも、見落としている条件を指摘してもらうこともできます。
しかし、会社として何を選び、関係する人にどう説明するかまで、文章が生成されたことで済むわけではありません。
特許の話に戻れば、欲しいのは、発明案と出願書類が際限なく増える状態ではないはずです。
市場の見方が変わったら、研究を見直す。
研究で新しいことが分かったら、事業の可能性を考え直す。
守るべき技術が見えてきたら、権利の取り方を検討する。
その権利をどう使えたか、何が足りなかったかを確かめ、次へ戻す。
このやり取りを、従来より丁寧に、広い範囲で続けられるようにしたい。
途中で見つかった疑問を、忙しいからという理由だけで捨てずに済むようにしたいのです。
その結果、強い特許ポートフォリオができることもあれば、研究の方向が変わることも、良い提携先が見つかることもあるでしょう。
出願をやめ、別の方法を選ぶこともあるはずです。
結果は一種類ではありません。
報告書を早く書けたか、何件処理できたかに加えて、その仕事をしたことで、自分たちは何を違うやり方で進めるようになったのか。
そこまで見て、初めて分かる成果があります。
AIを使う意味は、仕事の量が増えることだけではないと思います。
これまでは十分に考えられなかったことを考え、調べっぱなしだったことを確かめ、その結果に応じて次の仕事を変えられる。
私は、そういう使い方に期待しています。
