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波の音 1658字

波の音。寄せては返す。その音を聞けば、優しさを感じます。


30代の頃、
独り親方の家に弟子入りしました。下地補修というお仕事です。親方はひとつ年上でした。実際に就いた期間はひと月ほどでした。

朝7時前には支度を済ませて、車に乗り込んで現場に向かいます。親方は車の運転が上手です。朝のカーラジオでニュースを聞きます。

「景気ええって言うけど、どこがええねん!ちっとも儲からんやん!」

親方のつなぎはまっ白です。車もまっ白。現場に着くと、まずゆっくりタバコを吹かして一服します。その日の仕事の計画を練っているようです。

私が就いて、まず真っ先にやれと言われたのは掃除でした。

「つるちゃん、掃除さえもでけへんのか!」

怒られましたし、呆れられました。

ある時、親方の仕事をした所を汚してしまいました。

「〇ね」と一言、言われました。

親方は、必死で私の汚した仕事をし直していました。

夕方、仕事を終えると、同業者の方と3人で立ち飲み屋に寄りました。お酒はビールです。話題は仕事寄りです。長居はしません。現場から立ち去って、遅くとも夕晩には帰宅します。

「つるちゃんには、キャバレーとかの遊びも教えたいんやけどな~」

日曜日には、近くの公園まで連れて行ってくれて、家族ぐるみでバーベキューをしてくれました。すべて、向こうがお世話してくれます。私なんて食べるだけです。

特におしゃべりをする訳ではありません。公園で、ただのんびりします。親方のお子さんと少し遊んだりして楽しかったです。優しいいい子たちでした。

親方は、言えば太っています。糖尿の気があったかな、透析の身でした。家で注射を打ったりしていました。小さなお子さんに打たせたりもしていました。いくら子どもを信用していると言えど、仮に私に子どもが居たとして、出来ない芸当です。

奥さんとの夜の営みは、避ける方向のようでした。翌日の仕事に響くからです。とても体力を使う仕事なので。荷物の運搬だけでも、中肉中背では、とても無理です。あと、大事な事があります。樹脂系の匂いとかに、アレルギー反応が出る人は、仕事を辞めさせられます。私はクリアーしました。

仕事の内容ですが、およそ、建築物修復に関するオールジャンルを担当します。何でも屋です。「つるちゃんには、俺の全ての仕事を教える」とは言われましたものの、とても無理です。それぞれの業種をしていくのでも、経験年数とか要りますのに、いきなりそれらのジャンルを網羅して、そつなくこなすなんて。建物の修理の最終工程に当たる仕事です。

仕事の間の時間は、厳しい事だけでしたが、仕事を終えた時間は、とても優しい男性です。一緒に居て、こんな楽な方も珍しいかも知れません。

仕事は選んでいないようなのですが、与えられた期間で完璧に為します。現場仕事ですので、自分のした現場は覚えているようです。

「つるちゃん、あれは俺がやったんやで」とても誇らしげですし、とても満足そうです。

子どもたちに対してですが、お父さんです。厳しく律して生きている事は、子どもたちにも自然に伝わっているような感じ。子どもに説教をするようなイメージがありません。おもちゃなどは、充分買い与えているようです。ともかく、子どもたちは、家だろうが外だろうが、のびのび笑顔で暮らしているように見向けられます。素直で優しい、それこそ幸せそうです。

親方に趣味とかあっただろうか。夜の遊びはよくなさったみたいですが、私が彼の所へお世話になる頃には、落ち着いているように見受けられました。そういえば、家ではあまりお酒を飲む所を見ていません。

最近は、私も自分なりの落ち着きを覚え始めている、と言えばそんな気もしないでもないですが、親方の事を想いますと、(当時の)同じ年で、こうも人間が違うのか、とそれこそ恥ずかしい思いばかりが浮かんだものです。社会人として、普通に生きてらっしゃるようなのに。

人間、成長具合は人それぞれと思ったりもしない訳ではないですけれども、今もって、人間らしい生き方、を想いますと、親方の事を思うのでした。

☆彡

あとがき

シロクマ文芸部にお世話になります。『波の音』から始まる書き物のお題です。

空想的な文章にもトライしてみたいです。ありがとうございました。

#シロクマ文芸部

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