見出し画像

べらぼう第39話「白河の清きに住みかね身上半減」~濁りをめぐる禅問答とは

2025年(令和7年)10月12日放送のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』第39話「白河の清きに住みかね身上半減」では、ついに物語が大きな転機を迎えました。江戸の出版界で奔放に活躍してきた蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が、幕府の厳しい出版統制により捕らえられ、「身上半減(しんじょうはんげん)」──財産を半分没収されるという過酷な処罰を受けることに。

しかし、そこは才気あふれる蔦重。逆境さえも宣伝の機会へと変えてしまう彼のしたたかさと、江戸の粋を感じさせる展開が見どころでした。


第39話「白河の清きに住みかね身上半減」のあらすじ


寛政3年1791)蔦屋耕書堂では、蔦重と鶴屋喜右衛門や戯作者・山東京伝と共に茶を飲みながら、京伝が書き上げた洒落本三冊――『娼妓絹籭』『仕懸文庫』『青楼昼之世界錦之裏』――の話題で盛り上がっていました。
前年、地本問屋株仲間が正式に成立し、自主検閲による出版が可能になったものの、初めての年ゆえ慎重な行事役たちは許可を渋ります。京伝が意図した「好色を書くことで戒める」という但し書きも、彼らには形だけの言い訳にしか見えなかったのです。

蔦重は、袋入りの教訓読本として売るという大胆策を提案。奉行所が抜き打ちで調べても「読ませない」ことで言い訳になる、という計算。
質の高い上客をつくることで吉原の女郎たちの苦境を和らげたいという蔦重の思いに、行事たちも渋々許可するものの・・・・。
喜右衛門は心配を隠せず、京伝は怯えながらも創作の誇りを持ち、蔦重と共に商売を続ける意欲を見せます

しかしその平穏は長くは続きません。町奉行の役人が突然蔦屋耕書堂に踏み込み、三冊の本の絶版と没収、蔦重と京伝の捕縛を告げます。絶句する喜右衛門と女将・ていの前で、蔦重は冷静に、いやむしろ反骨の精神で振る舞う。京伝は恐怖のあまり蔦重に責任転嫁するが、蔦重は「好色本だって言いやがるもんで」と与力に応じ、口八丁で事態を切り抜けようとする。

そこに北町奉行初鹿野信興が現れ、「越中守・松平定信が直々に検分する」と告げる。下々の小事と思われた事件が、将軍補佐直々の関心を引く大事になったのだ。蔦重は、版元としての矜持と吉原の女郎たちへの思い、そして春町の死に対する義理から、命を懸けて立ち向かう覚悟を固める。

定信との対面。蔦重は教訓読本の詭弁を繰り返すが、定信は一歩も譲らず「どれもこれも女遊びの指南書だ」と詰問する。蔦重は巧みに話を逸らし、魚に例えた問いかけで定信を引き込む。

蔦重

「透き通った川と濁った川、魚はどちらを好むと思われますか?」。

蔦重

定信は「濁りのある川」と答え、蔦重はその答えに乗って

「私は…人も魚とそう変わらねぇと思うんでさ」・・・・・

「人ってな、どうも濁りを求めるところがありまして。そこにいきゃ上手い飯が食えて、隠れて面白ぇ遊びが出来たりして、怠けてても怒られねぇ…んなところに行きたがるってのが人情ってんですかねぇ」

蔦重

「人も魚と同じく、濁りを好むもの」と語り、人間の本性と現実社会の機微を巧みに示します。定信は、蔦重の洞察力を認めざるを得ないものの、怒りは増すばかりでした。

蔦重の機知と反骨心に対し、定信は居丈高に命じるだけで蔦重の言い分を遮る。しかし蔦重は止まらず、「教訓という体で好色本を出すのは、御身のご理解あればこそ」と皮肉を込めて持論を展開。定信は口を挟めず、蔦重の巧みな話術に呆然。蔦重の行動は、吉原の女郎や春町への思い、そして自らの矜持に基づくものであり、命を懸けた博打のようなものでした

その頃、蔦重の妻・女将ていは寝具の中で目を覚まし、事態の重大さに愕然とする。蔦重が独断で立ち向かっていることを知り、心配で胸を痛めるてい。蔦重を救う手立ては限られ、一縷の望みを託されるのは、てい自身の行動にかかっていた。助言を与えたのは、旅籠兼公事宿の宿屋飯盛で、朱子学の性善説と現実の裁きの矛盾を突くことで定信の心を揺さぶる作戦で。平蔵らの助言を受け、ていは蔦重救出のため、決意を固めます。

蔦重は逮捕・拷問でボロボロになりながらも、仲間や京伝を気遣い「大丈夫だ」と繰り返す。ていは減刑嘆願に柴野栗山を説き、漢籍を駆使して蔦重の誠実さと女郎への情けを論理的に示すのでした。

沙汰では、蔦重の独善的な正義感ゆえ、仲間や妻ていの信への温情措置を引き出すした苦労には全くの無自覚。案の定、蔦重の自惚れや迷いを正すため、ていは白州で怒りを露わにしながら泣き崩れつつ叱ります。

蔦重は放免後、表向きは周囲の商人たちに平身低頭で謝罪しつつ、不始末で追うことになった借金をネタにふざけます。
反省の色がない蔦重に鶴屋喜右衛門がブチ切れ、「ほんと!そういうところですよ!」と叱責。蔦重のワンマンは危険性があります。

耕書堂は、「身上半減」の刑罰により、のれん、たたみなどの綺麗に財産を半分没収されるのでした。無残な店舗に太田南畝をはじめとする人々は大爆笑。それをみた蔦重はヒラメき、「身上半減ノ店」という自虐ネタをキャッチコピーに売り出して持ち直すのでした。

ドラマから学ぶ江戸時代用語


伝馬町牢屋敷(でんまちょうろうやしき)
蔦重が牢獄に閉じ込められいた牢屋敷。
特に、時代劇でよく登場する「伝馬町牢屋敷(でんまちょうろうやしき)」は、現在の東京都中央区日本橋小伝馬町3~5番あたりにありました。広さは約2,600坪(8,600㎡)で、周囲には堀と土手がめぐらされ、土塀に囲まれた厳重な造りでした。
当時の牢屋敷では、囚人の身分によって部屋が分けられていました。庶民は「大牢」や「二間牢」、武士や僧侶・医師など身分の高い者は「揚屋(あがりや)」に収容されていたそうです。牢屋敷は、現代でいえば“未決囚の拘置所”のような場所で、取り調べや拷問のための部屋(穿鑿所や拷問蔵)も設けられていました。

白洲(おしらす)
江戸時代の奉行所などに設けられた裁きの場のことです。罪を犯したとされる人がここで取り調べを受け、最終的に罪の有無や刑罰を言い渡される場所でした。現代でいえば「裁判所」にあたります。


【感想・考察】「濁り」こそが、人を人たらしめる

このやり取りから感じるのは、**「清濁あわせのむ」**という日本的な美意識の深さです。
定信の理想も理解できるものの、蔦屋の「濁りを肯定する視点」には、現代にも通じる人間観があります。
完璧な清らかさは息苦しく、多少の“濁り”があるからこそ文化は豊かに育つ。
SNSの世界でも同じことが言えるのではないでしょうか。
人の弱さや揺らぎを許容することが、創造の土壌をつくるのです。


画像引用


いいなと思ったら応援しよう!