「まだまだ」と思う年齢、「あと○年」と思う年齢
ニュースを見ていたら、86歳で亡くなった元野球選手のことが流れてきた。
すごい実績を残した人でも、どんなに長く生きた人でも、最後はその時が来る。
そういうニュースを見るたびに、いつも思う。
「人って、いつかは亡くなるんやな」と。
そして、ふと計算してみた。
私は52歳。
86歳まで生きるとしたら、あと34年。
「あと34年か……」
そう思うと、急に時間が短く感じた。
これまで生きてきた52年より、これから生きる年数のほうが少ない。
そう考えると、今までとは少し違う時間の見え方をする。
でも、不思議なことに。
54歳とか、56歳とか、一緒に働いている65歳の人を見ると、
「まだまだ先やな」
と思う。
65歳で元気に働いている人を見ると、
「65歳でもこんなに元気なんや。じゃあ私もまだまだやん」
と思ったりする。
そやのに、亡くなった人の年齢を見ると、
「あと34年か……」
と思う。
同じ「年齢」なのに、感じ方が全然違う。
なんでなんやろう。
考えてみたら、たぶん、生きている人には「これから」が見えているからなのかもしれない。
元気に働いている54歳の人には、明日がある。
56歳の人にも、その先の日々がある。
65歳の人にも、これからやりたいことや、会いたい人や、楽しみがある。
その姿を見ていると、自然と自分の「これから」まで長く感じる。
でも、亡くなった人の年齢を見ると、
その人が歩いてきた人生の時間が、そこでひとつの長さとして見えてくる。
「86歳まで生きるとしたら、私はあと34年」
そんなふうに、自分の残り時間まで具体的に感じてしまうのだと思う。
だからといって、残り時間を数えて不安になりたいわけじゃない。
むしろ逆で、
「まだ52歳」と思える自分でいたい。
「まだまだこれから」と思いながら、やりたいことを少しずつやっていきたい。
でも同時に、
「まだまだだから、いつかやればいい」
とは思いたくない。
会いたい人には会う。
行きたい場所には行く。
書きたいことは書く。
叶えたいことは、できることから動かしてみる。
人生は「あと何年あるか」だけではなく、
今日という一日をどう生きたかの積み重ねでもあると思うから。
亡くなった人の年齢を見て、「あと○年」と考える日もある。
元気に生きている人を見て、「まだまだ」と思える日もある。
その両方を感じながら、
私は今日も、自分の人生の途中を歩いている。
52歳。
まだまだ。
でも、だからこそ、
「いつか」ではなく、少しずつ「今」を動かしていこう。
