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なぜ、いい人ほど苦しくなってしまうのか

皆さま、ごきげんよう。
繋ぎ屋 ryubonです🍀

人との関係の中で、
「どうしてこんなに疲れてしまうのだろう」
そう感じることがあります。

周りに気を遣うこと
その場の空気を読むこと
相手の気持ちを想像すること

そういうことを、
当たり前のようにしている人ほど、
ふとしたときに思うことがあります。

どうしてこんなに苦しいのだろう


周りをよく見ている人


いわゆる「いい人」と言われる人は、
周りをよく見ています。

・相手の表情
・声のトーン
・言葉のニュアンス

その場の空気の変化にも、
とても敏感です。

誰かが困っていそうなら
手を差し伸べる。

空気が重くなりそうなら
言葉を選ぶ。

できるだけ
誰かが嫌な思いをしないように、
その場がうまく回るように。

そんなふうに
自然と動いている人です。

だから周りからは

「優しい人」
「いい人」

そう思われることも
多いと思います。


出来事の理由を自分に探してしまうとき


ただ、周りをよく見ている人ほど何か起きたとき、
まず自分の中に、
理由を探してしまうことがあります。

誰かの態度が
少し変わったように感じたとき。

言葉の温度が
いつもと違う気がしたとき。

そんなとき
「私が何かしてしまったのかな」
と考えてしまうことがあります。


私自身も、
人の言葉の強さや
空気の変化にとても敏感でした。

表情や声のトーンが少し変わると
「私が何かしてしまったのかもしれない」

そんなふうに
自分の中に理由を探してしまうことがありました。

そして、
思ったことを言うよりも
飲み込むことの方が多かったように思います。

空気を壊さないように。
誰かを困らせないように。

そうやって、
我慢することを
当たり前のようにしていました。


自分の責任のように感じてしまう


出来事には
いろいろな理由があります。

相手の事情や
そのときの状況。

でも、周りをよく見ている人ほど
それらを飛ばして
自分の中に理由を探してしまうことがあります。

本当は
自分だけのことではない出来事まで、
自分の責任のように感じてしまうこともあるのです。


優しさが苦しさにつながるとき


人の気持ちに気づけること。
空気を感じ取れること。

それは本来、とても大切な力です。

ただ、その力が強い人ほど
その場の空気や相手の反応に敏感になります。

そして気づかないうちに

「私がどうにかしなければいけない」
「私が気をつければいい」

そんなふうに思うことがあります。

周りを大切にする気持ちが強いほど、
自分のことを後回しにしてしまうことがあるのです。


その優しさは弱さではない


ただ、ここで
ひとつ大切なことがあります。

それは
その優しさは弱さではない
ということです。

人の気持ちに気づけること
場の空気を感じ取れること
誰かを思って動けること

それは
とても大切な力です。

ただ、その力を
ずっと外側だけに向けていると
心は少しずつ疲れてしまいます。


少しだけ自分に戻る


もし今、
人との関係の中で苦しさを感じているなら

一度だけ
こう考えてみてください。

「これは本当に私の責任だろうか」

出来事のすべてが
自分の責任とは限りません。

相手の事情も
相手の選択も
その人自身のものです。

すべてを
自分が引き受ける必要はありません。

矢印を外に向けるというより
少しだけ
自分の真ん中に戻してみる。

それだけで
見え方が少し変わることがあります。


おわりに


いい人ほど
周りをよく見ています。

だからこそ
自分のことは
後回しになってしまうことがあります。

でも
全部を背負わなくてもいい。

そう思えたとき
人との関係は
少しだけ楽になることがあります。

絡まった糸のように
重なっていた思いも

少しずつ
ゆるみはじめることがあります。

そして気づくと
心はまた
静かな場所に戻っていくのかもしれません。



読んでくださって、ありがとうございます。

今日はここまでで。



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