「老いては子に従え」を自分に向けて──“聞く耳”を失わないために
「老いては子に従え」ということわざがあります。
本来は、年を取った親は子に判断を任せるべきだ、という意味ですが、私はこの言葉を親子関係に限らない人生の指針として捉えています。
年齢を重ねるほど、人は経験に裏づけられた自負を持ちます。もちろん、それ自体は尊いことです。けれどもその一方で、自分のやり方や価値観を過信し、他者の意見に耳を傾けづらくなる傾向も生まれてきます。
そしてそれは、ときに「老害」と呼ばれるふるまいにつながってしまう。
そうならないためにどうするか──。この言葉を、未来の自分に向けた戒めとして考えたいと思うのです。
Ⅰ.年下から見たときのストレス
社会で働いていると、年齢や立場が上の人の言動に「聞く耳がない」と感じる場面があります。下の立場にいる人からすると、これは大きなストレスです。
特に自分が誰かのテリトリーに入るとき、まず求められるのはその環境を尊重する姿勢です。けれども、そこを飛ばして「自分のやり方」を押し付けてしまうと、相手の大切にしているものを壊しかねません。
本当に必要なのは、相手から求められたときにそっと手を差し伸べること。
その距離感を間違えると、人間関係は一気にぎこちなくなるのです。
Ⅱ.「老害」にならないために必要なこと
誰もが年を取れば、「老害」と言われるリスクを抱えます。これは特定の誰かの問題ではなく、人間であれば誰にでも訪れる可能性のある現象です。
だからこそ、意識して「聞く耳」を持ち続ける工夫が必要になります。
読書や講演等を通して他者の経験に耳を傾け、新しい視点に触れること
書くことで思考を整理し、振り返る習慣を持つこと(メタ認知を高める)
これらはすべて、「自分は正しい」という思い込みから距離をとり、柔軟さを保つための習慣です。
Ⅲ.未来の自分へのメッセージ
「老いては子に従え」とは、単に年長者が年少者に従うということではなく、年齢を重ねたときにこそ謙虚さを忘れないでほしいという人生の教訓だと思います。
私自身、これから年齢を重ねるなかで、気づかぬうちに“与える側”から“押し付ける側”へと変わってしまうかもしれません。だからこそ、この言葉を胸に刻み、いつでも自分を省みられる人間でありたい。
読書や講演・対話、そして日々のnoteでの発信を通じて、柔軟さを保ちながら歩んでいく。
それが「聞く耳」を失わないための、私なりの実践です。
結び
「老いては子に従え」を、自分に向けた言葉として繰り返し思い出す。
そのことは、未来の自分が“年齢を重ねたことへの驕り”に陥らないための予防線です。
私はまだまだ未熟ですが、これからも謙虚に、そして学び続ける姿勢を保ちたい。
そうすることで、たとえ年を重ねても、周囲としなやかに関わり合える自分でありたいと思います。
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マイプロフィール:土橋昇平 (㈱ペルソンエバンジェリスト)
