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こじろうが産まれた日

こじろうが生まれた日のことを、
書いておきたいと思う✍️

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今回のnoteは自身の出産に
ついての内容を綴ります。
苦手な方やさまざまな思いがある方
いらっしゃるかと思いますので、
先にお伝えさせて頂きます
🙇
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予定日は8月16日。

でも8月に入って早々に
おしるしがあったり、
前駆陣痛が結構あったりして。

「もうすぐ生まれると思う」
って、家族にはずっと言っていた🗣️

長男のこたろうのとき、おしるしが来て、
その翌日に陣痛が来て生まれたから。

私の中では、
「おしるし=もうすぐ生まれる」
という勝手な認識ができていた。

だから今回も、おしるしが来た時点で、

「もう産まれると思う」
「今回なんか早いと思う」

とか、かなり言っていたと思う🤣

SIBLINGSに来てくださるお客様にも、
おしるしが来た日にママに連絡してたから
なにかの話からか、「もうすぐ生まれるかも!」
と、家族のみんなが話してくれてようで、、

予定日近くに普通に息子の送迎してた時
お店でお会いしたお客様からは

“まだそんなことしてるの?”
“大丈夫なの?!!”
など
とかなり心配された(笑)
産まれるかも詐欺で
すみませんでした😂🙏

大きなお腹で記念撮影


そんなこんなで色々前兆はありつつも
全く産まれる気配が全くなく。。

健診時もどんどん動いてねと言われ
毎日のようにウォーキングもした🚶‍♀️🚶‍♀️

いつ生まれてもいいように、というか、
もう早く出ておいで!くらいの気持ちで、
結構な距離を歩いた。

息子と旦那も付き合ってくれて
ほぼ小走りみたいになっていた日も
あったなと思う(笑)

三ツ池公園を散歩
くりはま花の国を散歩


そして迎えた予定日。8月16日

何も起きない😇

その日もどうせ産まれないならと、

東白楽の駅前にあるお寺さん、
孝道山の盆踊りに行った。

急な坂道も登る登る
息子氏楽しんでて可愛い(良き思い出)
祭りフードも堪能🍧


そんな時に同じく今月出産を控えていた
義理弟のお嫁さんが産気づいて病院に
運ばれたという知らせ🗣️💬

『私のほうが予定日早かったのにな〜』
『こんな思わせぶりで出てきてくれないのか
🥲

と、これ我が先にと争うものでもないのに
なぜか悔しい、焦るような気持ちだった。

そこからまた数日明けて

8月18日。

この日はママと連絡を取っていて、

「もしかしたら近々生まれるかもしれないし、
お昼ご飯でも食べに行こうよ」

という話になっていた。

生来も朝から仕事で忙しい中、
途中から合流してくれて。

私はなんとなく気分転換がしたくて、
ららぽーとに買い物に行った。


みらいとお揃いの服買った🛍️


11時くらいから15時くらいまで。
ひたすら歩いた。買い物した。

途中で生来とはバイバイして、ママと
とんかつを食べて、最後にタピオカを買って🧋

「今日も全然生まれないね」
なんて話しながら帰った。

一度家に帰って、夕方はママの家へ。
息子を旦那さんに迎えに行ってもらって、
ママが作ってくれたお好み焼きを食べた。

でも、そのお好み焼きを食べているあたりから、
また前駆陣痛が始まった。しかも、結構強め。
でも、まだ不規則だった。

こんな風に不規則ながら結構痛い
前駆陣痛が数日前から度々あったから
ここ数日の私は結構キレてた(笑)

家に帰って、息子をお風呂に入れて。
旦那さんが寝かしつけてくれて。

夜の10時、11時くらい。

10分のときもあれば、12〜13分のときもある。

安定はしていないけれど、陣痛は来ていた。

でも、まだ我慢できる。

そして12時を過ぎたあたりから、
だんだん痛みが強くなってきた。

「ちょっと痛いな」くらいから、

「結構痛いな」に変わってきた。

それでも間隔はバラバラ。

一度病院に電話してみることにした。

「経産婦さんだし、10分くらいの
間隔なら一回来てみる?」


と言ってもらって、ママに来てもらい、
息子と留守番してもらうことにした。

そして旦那さんと病院へ。

さっそく内診してもらう。

さあ子宮口何センチだぁあ!!!
と、待ち構えていた矢先。。

「子宮口、まだ指一本だね」

……え?

指一本?

前回の検診で、子宮口は2.5cm
くらいと言われていた。

「え、全然変わってないじゃん」

「むしろ狭まってない?」


って思った。

ガーン。

思わず助産師さんに、

「マジか、まだ指一本っすかぁあ、、

まだ先長いっすねええ
😭😭😭

私、一回帰ります」
と自己申告(笑)

翌日19日は検診の予定も入っていたから

「明日の昼にまた来ます。もしガツンと
痛みが変わったら、また電話します」


そう言って、帰宅。

深夜の診察室(写真撮る余裕あり)


家に着いたのは2時か
3時くらいだったと思う。

ママには、「一回帰ってきたよ。
でもまだ痛みあるから、そのまま寝てて」


旦那さんにも、
「もう寝てていいよ」

と言って、私はリビングで待機することにした。

だって、子宮口は指一本。

まだまだ長いと思っていた。

こたろうのときも、夜中に病院から帰されて、

そこから4時間くらいお腹の中の
こたろうと二人で陣痛と戦った。

だから今回も、

「こじろうと二人で頑張るか」
と思っていた。

リビングであぐらをかいて、身体を揺らして。

陣痛が来たら、息を吐いて、痛みを逃がす。

「痛い……」

「マジ痛い……」


でも、まだ我慢できる。

そして何より眠い。

「これ、昼まで続いたらしんどいな」

「わあ、、やだなぁ」
などと漠然と

そんなことを思っていた。

たぶん3時くらいから5時半くらいまで。

約2時間半くらい、
そうやってぐっと耐えていた。


途中夜が明けた時、家に差し込む日が綺麗だった
(結構痛いけど綺麗すぎて頑張って写真撮った)


そして5時45分頃。

陣痛の間隔が5〜6分くらいになっていた。

でも何度も病院に行って帰るのが
嫌で、ちょっと粘ってた。

「また帰されるんじゃないか」って。

でも、この頃から明らかに
痛みの種類が変わった。

「あ、これ結構痛い」そう思った。

5時45分。

「これは、やばいかもしれない」

そう感じた。

そこからしばらく悩んだ。

でも、

「もう無理だ」と思って、

6:11   病院に電話。

旦那さんを起こして、死ぬ思いで家を出た。

病院に着いたのは、6時20分過ぎくらい。

旦那さんも結構飛ばしてくれたと思う。

駐車場に車を停めて、救急の出入り口へ。

陣痛の波が一度引いたから、歩けた。

旦那さんには、

「手続きあると思うから先行ってて」

と言って、私はゆっくり後を追った。

でも。

途中で、また陣痛が来た。

そしてその瞬間。

股のところに、何かが
ガツンとはまった感じがした。

「あ、やばい」と思った。

もう歩けない。

救急の出入り口のところで、立ち尽くした。

そこにいた警備員のおじさんが、
私の様子を見ていた。

「すみません……ちょっと、歩けないです」

するとおじさんが、

「車椅子持ってくるから!」
と、すぐに車椅子を出してくれた。

でも。

もう座れない。

本当に座れなかった。

たぶん、赤ちゃんの頭が
もうそこまで来ていた。

おじさんが「ほら、乗って!」と
車椅子を私のお尻に当ててくるんだけど、

「すみません!本当にごめんなさい!もう座れないです!ちょっと後ろ、当てないでください!」

(すごい親切だし感謝なんだけど、まじガツガツお尻に当ててくるから本当痛すぎて泣いた。まじで本当言い方気をつけた、頑張ったわたし⇦)

って、必死に伝えた。

するとおじさんが

「これぇえ!無理だぞ、
産科スタッフ呼んだ方がいい」

と、すぐに産科へ連絡してくれて、さらに
救急のスタッフさんたちも出てきてくれた。

わたしのあまりの形相に

「これは無理だよ。ストレッチャー持ってきて!」

ストレッチャーに乗せてもらった。

でも、その時にはもう、

「絶対これ、もう生まれちゃう」
という感覚があった。

産科の助産師さんも来てくれて、
急いで6階の産科病棟へ向かった。

エレベーターに乗った。

そして、エレベーターが動き出した
あたりで思わず言った。

「すみません……もう多分これ生まれちゃうので、
ここで産んじゃうと思います」


自分でも何を言っているんだと思う。

でも、本当にそういう感覚だった。

助産師さん「ちょ、ちょっと待って我慢して、
あとちょっとだからね」

それは分かる、でも無理だった。

そして次の瞬間

陣痛。

ぐっと波が来て。

一呼吸、いきんだ瞬間。

ドゥリン。出た。

こじろうが。

私のピンクのギンガムチェックの
パジャマの短パンの中に。

頭だけとかじゃない。

もう全部。

完全に、生まれた。

エレベーターの中で。

私のパジャマの中に。

そして、何より怖かったのが、

泣かない。

「え?」

「泣いてない」

「どうしよう」

「この子、死んじゃったらどうしよう」


頭の中が一気にパニックになった。

確実に自分のお腹の中から
赤ちゃんが出てきた感覚がある。

でも泣かない。怖かった。

なんとか産科病棟へ。

「すみません、出ちゃいました……!」

と必死に説明して、ズボンを脱いで、

スタッフさんたちがすぐに
こじろうの処置をしてくれた。

私はもう完全にパニック。

自分の中では、病院に向かいながら

「痛みの種類は変わったけど、まだ
子宮口4〜5cmくらいなんじゃないか」


くらいに思っていた。

「病院に着いてから2〜3時間くらいで
生まれたら楽だな」


なんて、ついさっきまで考えていた。

それが。

救急の入り口に着いた時点で
もう生まれそうで、

実際、分娩室到着を待たずに
エレベーターの中で生まれた。

そして今、やっと会えた
我が子が泣いてない。

なんかもうめちゃくちゃで、、

「わたしなんてことしちゃったんだ」
しか頭になかった。

そして、私泣きながら、

「泣いてない、泣いてない……」

私はストレッチャーから分娩台に移って、
処置をしてもらいながらも、

「泣いてないんです」
「泣いてないんです」


って漠然と泣いていた。

ただひたすらに泣き声を聞きたいと
無事を祈って待ったあの時間が

わたしの人生上、一番長い数分間だった。

そして、しばらくして、、

泣いた。

その瞬間、

「よかった」って今度は安堵の涙。

看護師さんが
『赤ちゃん元気だよ』と、

遅れて着いた旦那さんも
『大丈夫だよ』と。

そこからは私の気持ちも、空気も一変。

病院のみんながびっくりするくらい
超スピード安産&セルフお産だね😂と、
助産師さんと大笑い
(さっきまでの緊張が嘘みたい⇦)

6:11病院に電話

6:25病院着

6:30頃 エレベーターで誕生

実にあっという間のお産だった。

本当は総合病院内にある、院内助産で夫と、
長男のこたろうに立ち会ってもらって
出産する予定だった😂

夫も前回の経験から父から
ソフトボールや、テニスボールなど
借用してお産を支える準備してた🥎🎾🤰

こたろうは応援の練習してくれてた🗣️📣優しい

わたしは分娩中の院内助産でかける
プレイリストまで作ってた(笑)

でも、
予定日を過ぎても何も起きなくて。

逆にあまりにも予定日超過するようなら
院内助産はできないかもなどと言われ、

早く産まれてきてほしいと毎日歩き回って。

それでもなかなか産まれなくて、

一周回って諦めモードのわたしと対照的に

家族の“まだかな?もうかな?”の雰囲気に勝手にプレッシャーを感じて嫌にもなったり🤢

やっと産まれるかも?!って思ったら
「子宮口、指一本です」って言われて、
「じゃあまだまだだ」って家に帰ったり、

そんなこんなでその数時間後、気づいたら、
エレベーターの中でこじろうを産んでいた。

人生って、本当に何が起こるかわからない。

いつかないつかなと待っていたけれど

こじろうはちゃんと、自分の
タイミングを選んで生まれてきた。

2026年8月19日

私たち家族に、新メンバーこじろう誕生🐣

忘れられない一日になった。

烏滸がましくも恐らくその日、
横浜で一番スピード安産だったのは
わたしなのではないかなどと
思わずにはいられない私です⇦

とにかく母子共に無事でよかった✌️

ひとまず出産を終えて一区切り。

でも、始まりはここから🏃‍♂️

新メンバーを迎えての新生活🌿

今は家族の支えをうけ、
しっかり養生させてもらい🛏️

来るその時までは我が子との
一生で今しかないこの時間を
大切に生きさせて頂きます🫡

応援して下さった皆さんに
心からの感謝を。

これからもどうぞ我が家を
よろしくお願い致します!

愛が強すぎる兄
我が家の男衆たち

2026.09.04

ママとわたしが共に頑張った日🤰

そんな思い出深い日に、大切な思い出を✍️

ママ、あんなに痛い思いして
わたしを産んでくれて有難う!

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