氷の歌声が私の心を温めた夜― クラウス・ノミが遺した魂の歌 ―#2/2|うつの沼からこんばんは
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③「Cold Song」 ― 氷の精が目覚めを拒む歌
ノミの歌声に心を奪われた私が、次に出会ったのは「Cold Song」という楽曲だった。
それは17世紀のイギリスの作曲家ヘンリー・パーセルによる音楽劇『アーサー王』の一節。
凍りついた大地の精が、愛の神キューピットに呼びかけられ、「目覚めよ」と促されながらも、「息もできないほど凍えている」と歌う場面である。
私が観た映像は、ノミが生涯最後のステージといわれている記録だった。
当時、彼の身体はすでに病に蝕まれており、余命もわずかだったという。
それでも彼は、病の影を覆い隠すようにして恋人が仕立てた幾何学的な衣装をまとい、完璧なカウンターテナーの歌声を響かせた。
その姿は、痛々しさを超えて、ただただ気高く、美しかった。
「Cold Song」は、本来は神話的な歌だ。
けれどノミが歌うそれは、神話ではなく現実そのものとして迫ってきた。
「私はほとんど動けず、息もできない」と歌うその声は、病に冒された身体の苦しみと重なり、そして何より、
当時社会を覆っていた“偏見という冷たさ”の中で生きる痛みとも重なって聴こえたのだ。
私は思った。
もしかしたらノミは、冷たい世界に向かってこう歌っていたのではないだろうか。
「いっそ凍えさせてほしい、それでも私は歌う」と。
恐れや絶望に沈むのではなく、冷たさのただ中でなお声を上げることで、自らの存在を刻もうとしていたのではないか。
その歌声は、痛みと静けさを湛えながら、ひどく力強かった。
「偏見や恐怖が私を包み込んでも、私はここにいる」
____そんな魂の叫びのように、私には聴こえた。
🎥 クラウス・ノミ「Cold Song」最後のステージ映像(YouTube)
彼が命のすべてを込めて歌い上げたその一曲を、静かな心で聴いてみてください。
④ 最後のまなざし ― 「私はここにいる」
「Cold Song」の最後、ノミは大きく目を見開き、わずかに顔を上へと向けた。
ほんの一瞬の仕草なのに、私は息を呑み、動けなくなった。
その視線の奥から伝わってきたのは、絶望でも諦めでもなく、**「それでも私はここにいる」**という凛とした意志だった。
あの瞬間、私の胸の奥で何かが震えた。
それは、長いあいだ心の奥底に沈めてきた「私もここにいる」と叫びたい気持ちだったのかもしれない。
自分には大した力もない、歌声もない——そう思っていた私の心が、ノミのまなざしに呼び覚まされたような気がしたのだ。
彼は、冷たい偏見や好奇の目にさらされながらも、最後まで舞台に立ち続けた。
病の影をまといながら、それでも芸術家としてのプライドを失わず、自らの存在をこの世界に刻みつけた。
その姿は、見る者に沈黙のまま語りかける。
「あなたもまた、ここにいていいのだ」と。
私は、その言葉にならない語りかけに、心を深く揺さぶられた。
ただ生きているという事実だけで、人はこんなにも美しく、強くなれるのだと——
ノミのまなざしは、私のなかの小さな声をすくい上げ、そっと火を灯してくれたのだ。
⑤ 私が受け取ったもの ― 魂の歌と、魂の言葉
ノミの姿を見つめながら、私は気づいた。
彼が最後まで歌い続けたのは、ただ音楽のためではない。
「私はここにいる」という存在そのものを、この世界に刻みつけるためだったのだと。
私には、彼のような歌声も、パフォーマーとしての才能もない。
けれど、だからといって何もできないわけじゃない。
私には、言葉がある。
心の奥から生まれる一つひとつの言葉が、きっと私の「声」になり得るのだと思った。
ノミが魂を削って歌を遺したように、
私もまた、魂を込めて言葉を紡ぎたい。
「私はここに生きている」と、この世界に静かに宣言するために。
42年前にこの世を去ったクラウス・ノミの歌声は、今も冷たく澄んだ空気を震わせている。
そしてその声は、こう囁いているように思うのだ——
「あなたも、ここにいる。」
もしあなたが今、心のどこかで声を失っているなら、どうか思い出してほしい。
凍てつく世界のなかでも、私たちはここにいる——そう、静かに、確かに。
✦ あとがき
この文章を書こうと思ったのは、「クラウス・ノミ」という名を、まだ知らない誰かに知ってほしかったからです。
42年前にこの世を去った彼の声は、今も冷たく澄んだ空気の中で震え続けています。
その声に出会ったとき、私はただの“過去のアーティスト”ではなく、生きるということそのものを歌った魂と出会ったような気がしました。
そして同時に、彼の歌が私の心を揺さぶった瞬間を、忘れたくなかったのです。
あの「私はここにいる」という静かな叫びは、私自身の奥に眠っていた小さな声を目覚めさせてくれました。
歌うことができなくても、舞台に立てなくても、私には言葉があります。
だから私は、言葉を通して「私はここにいる」と、この世界に静かに刻んでいきたいのです。
近年、日本でもノミへの関心が静かに再燃しつつあります。
没後40年の節目を迎えた2023年には、彼の作品が再発・配信され、音楽メディアが「再発見すべき異質な存在」として特集を組みました。
彼の存在が再び光を浴びはじめたこの時代に、こうして彼の声と向き合い、自分自身の心の震えを記しておくことには、きっと小さな意味があるのだと思います。
時代がやっとクラウス・ノミに追いついた――そんな気がしてなりません。
クラウス・ノミの歌が私の心を温めてくれたように、
この文章が、どこかの誰かの心にも、そっと灯りをともすことができたなら——それほど嬉しいことはありません。
