ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』
ガッサーン・カナファーニー『ハイファに戻って/太陽の男たち』(1978、訳:黒田寿郎/奴田原睦明)
パレスチナの作家、ガッサーン・カナファーニー(1936~1972)の作品集。表題となっている2つの中篇に加え、5つの短篇を収める。
毎年、渋谷で開催されている「イスラーム映画祭」で『太陽の男たち』(1972)を鑑賞する機会があり、その原作者であることから名を知った。
その「太陽の男たち」では、それぞれに事情を抱えた3人の男たちがクウェイトへの密入国を試みる。彼らの目的は様々で、長い経済的苦境からの脱却を賭けてだったり、親が勝手に決めた結婚を回避し政治的に亡命するというのもある。一家を支える役割を放棄した兄に代わり、稼がざるを得なくなった少年もいる。
尊大な態度の案内人と価格面で折り合いがつかず困り果てた3人は、給水車を運転する男に声をかけられる。灼熱の炎天下でタンク内は致命的な熱さになるが、中に隠れて国境の検問所を越える数分さえ耐えればうまくいくという。他に手段のない3人は、一か八かの話に乗ることになるのだが…。
その運転者も戦闘で負った傷が原因で絶望を抱えており、拝金主義に振り切ることで何とか均衡を保っている。
原作から10年後の映画化はほぼ忠実な脚本だったのだな、と後から分かる。モノクロだからか、余計に焼けつくような映像も脳裏に蘇る。ただ結末まで同じながらも、3人が最後に起こした行動という点のみ映画版は異なっており、そこにパレスチナ人の同胞たちに向けた鼓舞がより強調されていると見て取る向きもある。
各短篇も、極限まで追い詰められた人々が取る行動が映し出される。
「悲しいオレンジの実る土地」は武力で追われ難民化した際に少年が目にした現実を描く。オレンジの実に、故郷を象徴させ語らせている。
主人公の実父と実母はいないのだろうか?短い作品でそこまで書かれていないが、食べるものすら用意できず自棄になった"きみ"の父は、一家心中を試みようとするところまで追い込まれる。語りかける"きみ"とは単純に主人公の友人なのか、それともパレスチナ人全体に向けてなのか。
難民の子どもたちに教える学校の教師と、ある教え子の一人との顛末「路傍の菓子パン」では、一年前に路上の靴磨きをしていた少年を教室で見かける。彼は自分の中で物語を組み立てることで、正気を失わず何とか生き延びていた。
父はあるショックから別人となり、亡くなった母を埋葬するお金すらない…。
映画館から出てきた客を相手に、夜中まで待って菓子パンを売る仕事をしていたが、眠気には勝てず日中は学校で眠らせてもらっていた。遂には、空腹から商品に手をつけてしまいクビとなる。しかし、彼は逞しさというものを失わない。
「盗まれたシャツ」は難民キャンプが舞台で、屈辱のもとできつい作業を続ける男が不正と裏切りを目前に見せつけられ、怒りの抗議として突発的な一撃を下す。
冷たい雨の中、溝の泥をかき出していた方が妻に責められるよりまだマシなのか。国連の援助部隊と裏で手を握っている人物に、手を貸せば取り分もあると持ちかけられ葛藤する。粉とは小麦粉のことか。「盗まれた食糧」=粉、ではなく息子に新しいシャツを買ってやりたいという渇望があり、この題名になっているのだろうか。
「彼岸へ」に込められたエネルギー、熱量には文字通り圧倒された。ほとんど演説のような恨み節だが、はち切れてとめどもなく溢れ出る中身にぐうの音も出ない。一度放たれ始めたら終わりもない、たまらずに張り上げる魂の叫び声だ。
「戦闘の時」ではギリギリの生存状況で二家族がひしめき合って暮らす中、少年二人は市場から盗んだり拾ったりして食べるものを持ち帰る。あるとき、警官の足元に見つけた現金を強引に奪う主人公。お金を持っているという事実自体が家庭内で絶大な権力になる。二人称に対しての語り口調で、ここでの"きみ"も、やはり同じ境遇にある者たちへの呼びかけなのだろうか。
もう一つの中篇「ハイファに戻って」は人為的に生み出された分断による取り返しのつかない悲劇が主題。個人的には最も力のある作品だと思った。
生まれたばかりの赤ん坊を、民族浄化の混乱に巻き込まれ手元から離してしまった若い夫婦。20年後、政治的な思惑なのか戻れるようになった期間、元々いた我が家を覗きに行こうと逡巡の末に車を走らせる。そこで出会った現在の息子は…。
パレスチナ人の両親から生まれたのに、すぐにユダヤ人の夫婦に育てられることになった。本来そこに住んでいたのに、家も追われ、我が子すらも奪われたわけだ。
あろうことか敵対する側の軍人になっていた実の息子に恨みもぶつけられるものの、ここでの緊迫した対話は誰もこの作家のようには表現できないだろう。それは経験もしていないからだろうか。
ガッサーン・カナファーニーは36歳で暗殺されている。イスラエルにとって都合の悪い人間だからか、彼の書く力を恐れてのことだったのか。
正直に言ってパレスチナのことに関しては知り始めたばかりだ。歴史的に何が起こったのかを見聞きはしていたが、自分の小さな想像力の埒外にあるため、実感を伴って理解してはいなかった。この小説集で一歩引き寄せられた感じがする。
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