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AIが音楽を作る時代に、僕らは何を感じるのか

残クレ・アルファードなど、AIが作った動画。
確かに笑えるような歌詞だが、まるでモデルが実在するかのように細かい描写をしている。

音楽もどこかで聞いたことのあるような馴染みのあるサウンドで、メロディも意外と良かったりする。

風刺的でユーモアもあるが、いつか誰かから苦情が来そうな予感がする

「文句をAIに言わせる」という構造そのものを、僕たちはどう受け止めるべきなのだろう?


上記の音楽は直接的な批判ではないにせよ、販売員を含めた人物像の描写はなかなか際どい。
「イノベーションが先で、法律が後」――まさにその通りだ
だが、いずれ表現は法律によってどんどん削られていくのかもしれない。


AIが音楽も歌詞も動画も生み出す時代に、改めて考える。
音楽とは、いったい何なのだろう?

辛い時に聴いていた曲は、心に深く残る。
時間が経って同じ曲を聴くと、「ああ、あの頃はそういう時期だったな」と思い出すこともあるし、
逆に、もう聴きたくないと感じる曲もある。
その音楽のどこかに、その時の自分を刺した「何か」があるのだ。


今のAIが作る音楽は、音程もリズムも正確で、それなりに良い。
けれどまだ、人の心に刻まれるほどの「何か…」には届いていないと思う。
もちろん、いずれその壁を越えてくる日が来るだろうけど…

簡単なMIXやイラストなど、すでにAIの方が速く正確にこなす時代だ。


では、そんな世界で何が残り続け、何が発展していくのか?
ふと考える。


恋人の在り方ですら、AI産業が入り込むだろう。
人間同士ほど問題を起こさず、従順な「彼氏」「彼女」
そんな存在が増える未来は、もうすぐそこにある。


一方で、野球やアメフトのスタジアムでは、人々が声を張り上げ、
熱狂しながらお金を落としていく。

整然としたAIの世界と


感情むき出しの人間の世界――


その二つが入り混じる今を、僕たちは生きている。



AIが作る世界がどれほど進化しても、


「感じる」ことだけは人間にしかできない。


だから僕は、今日もひとつ、音に向き合う。



未来を作るのは、きっとその静かな積み重ねだ。

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