デジタル復元された最長版「暖流」を見る
映画「暖流」(監督吉村公三郎 高峰三枝子 水戸光子 佐分利信)を見た。87年前の公開当時に近い173分のバージョン。
「暖流」は以前フィルムセンターで見たことがあるが、132分のバージョンだった。しかもノイズがひどくてセリフが聞き取れない部分があった。
1939年12月1日公開の「暖流」は、「前篇 啓子の巻」「後篇 銀の巻」の2部に分かる177分の大作だった。
今回の上映では、公開時の177分に4分足りない173分にまでデジタル復元した「暖流」を国立映画アーカイブ(NFAJ)で見ることができた。
上映に先立ってデジタル復元を担当したNFAJスタッフの説明があった。デジタル復元は4つのプリントをデジタル化し、それぞれの良い部分を繋いで公開当時の177分に近づける努力をして173分まで復元されたものだという。
4つのプリントとは、NFAJが所蔵する2本(132分版)、松竹が所蔵する124分版。もう一本は、あるフィルムコレクターからNFAJに寄贈された169分のポジフィルムだという。
これまでも失われたとされたフィルムが見つかった例はいくつかあった。小津安二郎監督の「突貫小僧」(1929年)もその一つである。
「突貫小僧」の上映会の時に、幻とされた映画の“発見“に関係した映画評論家の山根貞男氏が、世の中にはひっそりと所蔵していて自分だけでこっそりと上映して楽しむ映画コレクターがいるのだという。
まだまだ失われたとされた映画が、どこかに眠っている可能性があるという。特に旧ソ連圏には貴重なフィルムが存在するではないかとみている専門家もいるらしい。
特に海外のアーカイブス(古い映画や資料を保存する施設)には、まだ“発見“されていない映画フィルムがあるのではないかと山根氏は語っていた。
今回上映された「暖流」も、日本公開の2年後の1941年に国際文化振興会によって英語版とフランス語版(132分)が作られて、海外に輸出されている。
太平洋戦争が始まる年にもこんな文化交流が行われていたということです。
後年、この輸出された「暖流」のフィルムが日本に返還されたの(132分版)をNFAJが所蔵していた。

「暖流」は、戦前のメロドラマの代表作とされている。経営難に陥った大病院を、院長(藤野秀夫)の依頼で立て直しに奔走する佐分利信と、看護婦水戸光子、院長の令嬢高峰三枝子の三角関係を中心に描きつつ、病院内部の対立模様、院長の息子斎藤達夫の放蕩生活など、見ていて飽きることがない。
上映が終わって東京駅に向かって歩いていると、「暖流」を見た数人の若者たちの会話が聞こえてきた。戦前の男女格差、社会階級の格差がわかって興味深いと感想を語っていた。
令嬢の高峰三枝子は、看護婦水戸光子と小学校では同級生だったが、大人になった今では身分が違い過ぎるので、二人が親しげな会話をするのを、周囲の人に見られるのを非常に気にしている場面があった。
水戸光子は女子寮に住んでいるのだが、大部屋に6、7人の看護婦が頭を並べて寝ているシーンがあった。昔の紡績工場の女工さんのような待遇だったのではないかと想像できる。
「暖流」の公開は、ナチスドイツがポーランドに侵攻して第2次世界大戦が始まった1941年。庶民はまだ遠い国の出来事と捉えていた人が多かったのではないでしょうか。
しかし日本は中国戦線がすでに泥沼化していて引くに引けない状況になっており、時代は戦争へと突き進んでいく前夜だったはずです。
映画ではブルジョアと庶民の生活や風俗を対比的に描いている。
院長一家は、鎌倉山の宅地に別荘、本郷に本宅があり、あまり病院に行かない副院長のダメ息子・斎藤達夫は夫婦でゴルフに興じている。
水戸光子と高峰三枝子がお茶を飲むのは、お茶の水のニコライ堂が窓から見える喫茶店。
ハイソ育ちの高峰三枝子のファッションも見る価値あり。外出する時はおしゃれな洋装だが、家では着物に着替えている。彼女が菊の花びらを入れた風呂に入るという場面があった。当時は流行っていたのだろうか。
水戸光子は佐分利信に対して三歩下がってついていくという関係なのに対し、高峰三枝子は佐分利信と対等に議論するというコントラストもおもしろい。
主人公の佐分利信は院長・藤野秀夫の援助を受けて苦学して社会人になった立場。彼の朝食のシーンでは、畳の部屋にお膳を置き、パンと紅茶がのっていた。
戦前の庶民の食事といえば、ご飯と味噌汁とお新香かイワシというイメージであるが、当然のことながらパンを日常的に食べていた人もいたはずだ。

1939年当時、石油などの物資の統制が始まってはいたが、人々は普通の日常生活を送っていたのだろう。戦争というものは突然やってくるのかもしれない。
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原作は岸田國士(岸田今日子の父)。1938年に朝日新聞に連載された同名小説の映画化である。「暖流」はその後も、増村保造が1957年に監督しているし、岩下志麻主演の1966年版(監督野村芳太郎)も見てみたい。
「暖流」は、大規模病院の再生、医師たちの人間関係、男女の恋愛模様、経済格差など論じるのがおもしろそうな点が満載だと思います。
吉村公三郎は、黒澤明、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男ほど海外での知名度はないが、清水宏とともにもっと研究・注目されていい監督だと思う。西住戦車長隊(1941)、安城家の舞踏会(1947)などはオススメです。
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今回のデジタル復元に携わった国立映画アーカイブのスタッフによると、一本の映画のデジタルアーカイブ化には、ものすごい費用がかかるのだそうです。
一説には数百万円から千万単位と言われています。「暖流」の復元のためのデジタル化費用がNFAJにはなくて、専門業者に委託できなく、NFAJが自前でやったそうです。
そのため、時間的な制約もあって画面のキズを取り除くということまで手が回らなかったと言っていました。国の機関に文化的な予算が十分にないというのは残念な話です。
「暖流」の音楽については、noteに「きづかい」さんが専門的な記事を投稿しているので訪れてみてください。
岸田國士の「暖流」は、島津保次郎が監督する予定だったのが東宝に移籍したために、吉村公三郎が急きょ監督することになったが、その力量を発揮して評価が高まった作品です。キネマ旬報7位。
今回の上映では、吉村公三郎監督のご子息吉村秀實さん(元NHK解説委員)も参加されていました。お父様の話を伺えればよかったとも思います。
もっと多くの人に気軽に173分の最長版「暖流」が見られるようになってほしいと願っています。
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