読書を妨げるもの
先日は私にとっての読書の真髄のようなものを書き残した。
このようにふとした時の知識・知見の繋がりは何にも変え難い喜びであるのだが、それは同時に読書を妨げるものとしても作用していると思う。
読書を妨げるもの、それは「確認したい」という欲求である。
今読んでる本に出てきたテーマ・主張と過去に読んだ本の内容がリンクする。
その時、過去の読書内容が鮮明であれば問題はないのだが、
「あれ、同じようなこと書いてなかったっけ」
と、曖昧な記憶であると、それを確認したくなる。
確認するためにはその本を参照し改めて読む必要がある。
家での読書中であれば比較的すぐに行動に移せるが、今目の前の本への集中力は下がる。
まして外出中の読書で確認欲が湧くともうその先を読みすめても目が文を追っているだけで内容はほとんど入ってこない。
家に帰って本を見つけて書いてある場所を探す。
これは私の目標である「家の図書館化」という観点では成功である。
本は一度読んだら終わりでなく、最初から読み始める必要もなく、好きな時に読むことができる。
本と本の繋がり、自分を介した本同士のコミュニケーション。
いずれにせよ、読書を妨げる要因として過去に読んだ本が原因となる、この感覚もまた発見した時の喜びがあった。
では、この妨げはネガティブなものなのか。
おそらくそうではないと思いたい。
本は読み続けることだけが正義ではない。
いつ読み始めても、中断しても、同じページを繰り返し読んでもいいはずだ。
それらを縛るルールはない。
縛るものがあるとすれば、それは自分のそうしなければならないという認識、ただそれのせいであろう。
今まさにこの記事を書くことによって私の読書は妨げられた。
読書とは思い通りにいかないものである。
ただ、それ故に得られるものも多いと最近は強く感じる。
こうやって中途半端に読み進めていく本がまた一つ増える。並行積読。それでいいのだと思う。
