珈琲の本質。
おかえりなさい。
そしてただいま。
さっき今日の記事を書き終えたばかりですが、、どうしてもコンセプトの話から切り離せないこの記事を書いておきたくて。
note楽しいな!
ほとんどだれも見ていないから余計に!
珈琲の本質
先程コンセプトの記事をかいたんですが、そこからどうしても書き留めておきたい内容が
「珈琲の本質」です。
ウチは深煎り専門として今までやってきておりますが、昨今のコーヒー業界はスペシャリティ、浅煎り、フルーティー、、、、
これに関しては異議申し立てることはしないし、なんなら否定もしないです。
でもSNSでは深煎りvs浅煎りみたいな風潮がみられ討論までされてる。
まぁそれは別にどうでもいいんですけど、ウチが深煎り専門なのは、単に私が浅煎りを焼けない(技術的に)と、浅煎りの正解がわからない。
深煎りで育ってるので浅煎りを飲んでこなかったんです。
なので、他のお店で浅煎りを注文すると、え?大丈夫ですか?みたいなことを言われるんですけど、あなたたちの浅煎り美味しいから飲むんですよ?ってことです。
コンセプト→珈琲の本質
話が逸れちゃったけど、一番伝えたいのはここです。
先程の記事でコンセプトについて語りましたが、「珈琲を飲んでいる少しの時間だけでもなにも考えないで飲んでほしい」という想いがあって、スペシャリティという言葉が浸透する前の時代、純喫茶がコーヒーシーンの時代ですね。
その時代の時って珈琲飲みながら、これはプラムの風味が〜とか、○○の香りが〜とか考えながら飲んでましたっけ?
たぶんそんなこと考えてなかったよなーって思うわけです。
あの頃はだれかとおしゃべりしながらすする珈琲。サラリーマンが食後に一服しながら飲む珈琲。などなど。
いつの間にかカップの中身が無くなってた!っていうのがその当時の珈琲だった気がします。
ウチはそこを目指しています。
なにも味や香りを探したり考えたりしないで飲むのが「珈琲の本質」。
サービスに気づかれお礼を言われるウエイターは二流。サービスをされたことに気がつかれないのが一流。
こういう話を聞いたことがあり、そういう珈琲を目指したいと思います。
まぁつまりウチの珈琲を飲んでる間だけでも頭空っぽにしてくださいなっていう話でした。
いつかこの記事を読んで批判されても
コンセプトは変わらない!!!
です。
いつも下書きなしで書いているので意味がわからないところもあるかと思いますが、
言いたいこと言えてすっきりした店主でした。
連続記事にお付き合いいただきありがとうございました。
それではいってらっしゃい。
