元市役所職員が語る、農業政策の現場で学んだこと

今日は、市役所の振り返りシリーズ第2弾として、
最初に配属された農林課のことを
ふりかえってみようと思います。
農林課で担当した仕事
最初に担当したのは、
米の生産調整、
いわゆる減反政策に関する業務でした。
この仕事には、2年ほど関わりました。
その後、次男の誕生を機に、
4か月の育児休業を取得。
復帰後に関わったのが、
農業再生プロジェクトです。
これは市長マニフェストである
「農業再生」の取り組みとして
自由度の高いものでした。
今振り返ると、
この二つの仕事の経験は
性格がかなり違っていて、
でもどちらも
今の自分の考え方に
つながっているように思います。
米の生産調整
減少傾向が続く主食用のコメについて、
市内で生産される数量・面積を調整する、
他の作物への転換も促していく。
そんな業務でした。
大規模に営農している方もいれば、
自家消費に近い規模で
作っている方もいる。
また、同じ塩尻市内でも、
平地で農地が整備された地区もあれば、
山際で不整形な農地の多い地区もある。
「農家」といっても、
経営の形も、考え方も、
置かれている状況もさまざま。
個別の経営事情に詳しいJAさんを通じた
農家さんとの個別調整を中心とした方法では
不公平感がたまってきていました。
基準を示しながら、丁寧に説明する
そこで取り組んだのが、
生産数量を
個別の農家に配分するための
基準を見直すことでした。
それまでび、前年比などによる
個別調整の結果の積み上げ中心を、
一定の地区ごとに一律の基準に変更する。
最初からすんなり
受け入れられたわけではありません。
「なぜこの数字なのか」
「個別の事情があるので受け入れられない」
といった反応もありました。
ただ、考えや根拠を示して話すと、
その考え自体は理解してもらえることが
少なくありませんでした。
この経験を通じて、
強く感じたことがあります。
それは、
考えや根拠を示して、
誠実に伝えれば、
理解を示してくれる人はちゃんといる
ということです。
これは、
その後の仕事でも、
大事にしている感覚の
一つになっています。
農業再生プロジェクト
育休を経て、復帰後に関わった
「農業再生プロジェクト」では、
より大きな視点が求められました。
地産地消やぶどう・ワイン振興、
遊休農地対策など、多岐にわたって
テーマを設定できる中で、
私はある本質的な問いを突きつけられます。
そもそも「農業再生」とは何か。
何をどこまで達成すれば成功と言えるのか。
例えば、遊休農地の問題も、
「なぜ増え続けるのか」
「誰が担うのか」
といった背景を掘り下げ、
専業農家だけでは維持しきれない現実を
直視する必要がありました。
目の前の個別の課題を追いかけるのではなく、
街全体の仕組みを「構造」として捉え、
そのための「きっかけ」をどう創るか。
この、前提から問い直す思考プロセスこそが、
このプロジェクト最大の学びでした。
現場の調整と、構造化の視点
農林課での数年間は、
「納得」を作るための誠実なルール作りと、
地域を「構造」で捉える俯瞰した視点。
この両方を実体験として得られたことは、
今の私の大きな土台となっています。
現場で向き合って感じた「対話の可能性」は、
今、私が塩尻の未来を考える上での
確かな力になっています。
こうやって振り返ってみると、
いろんな気づきや発見があって面白いです。
ーーーーーーーーーーー
続きはこちらをクリック
「市全体を見る仕事」に戸惑いながら、企画課で最初に学んだこと【前編】
https://note.com/uematakumi/n/n9046173cdb57
