日々のルーテインの大切さ
今現在の日々のルーテインは、5年前の私のルーテインとは全く違う。
意識的に変えたと言うものもあるが、自然と変わっていったものもある。
現在のルーテインは私にとってとても合理的で心地よいものになっている。
何せ、1日が28時間くらいに感じられるのだから、とても得をした気分になれるし、今の私にとって大事なものが大事にされるルーテインになっているような気がする。
何より朝起き抜けのジャーナリングは、大好きなルーテインの一つだ。すでに1年くらいは続いているのかもしれない。
時には寝ぼけた状態で、ただ手が勝手に動く感じで書いていく内容は、自分で書いているようで自分ではないものが書いているような不思議な感覚がある。さらにそこから「ハッ」と気づきがあったりもする。それを終えると、現実世界でのタスクに、新鮮な気持ちで向かうことができるのだから、一種の儀式のようなものかもしれない。
メンタルが安定し、何事も前向きになれるような気がするので、続けている。
ただ、ジャーナリングをする前に「余計な情報を脳に入れない」と言うことがとても大事なようで、起き抜けにすぐ書くことを大事にしているのだが、今朝はつい昨日読みかけていた小説を少しだけ読んでジャーナリングに入ったら、やっぱりなんか違う気がした。
明日からはまた、一切の情報を入れずにジャーナリングをしよう、と思った。
その後、このnote記事を書くのだが、早ければ10分から15分くらいで書き終える。
30分以上かかることもあるが、それはまれだ。
なぜなら、パソコンのキーボードに手を置くと、自然と日々感じていることが浮かんできて、内容とタイトルが決まるからだ。
時には、気づきがあった時にスマホのメモに入れていて、それを見直してnoteに書くこともあるが、頻度は少ない。
パソコンに向かうとすぐに書くことが浮かんでくるのは、おそらくジャーナリングとも無関係ではないと思うが、ジャーナリングをする前からnoteは書き続けてきたので、それなしでも書けるだろうとは思う。だけど、なんだかその内容は、ジャーナリングを始めてからの方が自分ではしっくりきているように思う。
その後は、週に三日は有料のマガジンを書き、気が向けば小説も書く。
マガジンもあっという間に書けてしまうので苦にはならない。32年も続けてきたことだから、ネタは尽きないほどある。
だが、小説はゼロから作り上げていくものなので、日々にムラがある。それでもたった1000字でも書き足していきたいと思っている。
これらのタスクもおよそお昼には終了する。午後からは完全に私の自由時間だ。
天気が良ければ散歩に出かけるし、そうでなければ読書や図書館に行く。
おそらく午前中はアウトプット、午後からはインプットの時間なのかもしれない。
そういえば、ある有名男性作家が、小説を書き始める前にやっていたコピーライターの仕事を午前中で終わらせ、午後からはCDショップやレコード探し、そして美術館に行くなど、インプットの時間にしていた、とエッセイで書いていたのを思い出す。
私の場合はこのルーテインが可能になるのも全て、朝4時起きをするようになってからだ。
夜寝る時間が多少遅くなることもあるが、その時は起床時間をずらし、一定の睡眠時間は確保するようにしている。体調を崩せば、ルーテインが崩れるからだ。
今はこのルーテインを気に入っているが、今後必要があれば、いつでも自分のより心地よいルーテインに変えていくだろう。
24時間をどう過ごすか。
結局それが、人の幸せを決めるのかもしれない、と思っている。
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