【短編小説】さくらとまこと #シロクマ文芸部
夜桜と犬のしっぽはなんとやらってのは、誰が言ってたんだっけな。
そうそう、あの山の麓の大きな家。
あそこの高慢ちきなオスが言ってやがったんだ。
ぼくはキミとは違って学があるんです、みたいな澄ました顔しやがって。
思い出したら背中の毛が逆立ってきた。今度会ったら思い切りしっぽを噛んでやろう。
あのオスのしっぽを追い回しているところを想像していたら、隣を歩くマコトが足を止めた。
いつもの公園の入り口だ。
いつもと同じ匂い。
違うのは、マコトから流れてくる匂い。
緊張と警戒、そして──さみしさ。
おれは春に産まれた。
産まれたときから尻に桜の花びらみたいな模様があったから、名前はさくら。
模様は入れ墨みたいで気に入っているが、名前は少し照れくさい。
おれよりも少しあとに産まれたマコトは、弟みたいなものだ。
最初はうるさく泣くだけのマコトが嫌いだった。
そのうちおれのしっぽは掴むし耳は引っ張りだす始末。
おれの方が大人だから大目に見てやっていただけだ。
ある日マコトが転んで怪我をした。
おれはマコトが泣きやむまで舐めてやった。
しばらくするとマコトは泣きやみ、この世の全ての悪を浄化するような笑顔をおれに向けた。
それからは泣き虫のマコトの涙を舐めてやるのがおれの仕事になった。
おれらは供にすくすくと成長した。
近頃マコトは泣かなくなった。
兄としては誇りに思うと同時に、少し寂しいのだ。
マコトの涙の味はいろんな味がする。
さみしくて泣くときはしょっぱい。
悲しくて泣くときはもっとしょっぱい。
悔しいときはちょっと苦くて、嬉しいときは、ちょっとだけ甘い。
夜に散歩に出ることは滅多にない。
マコトと一緒なのは初めてだ。
桜が咲くと、マコトとおれはいつもこの公園に来る。
桜は大好きだ。
あの甘い香りと、一斉に咲き誇って、風に乗ってクルクル舞う花びらは、犬ならいつまでも追いかけたくなる代物だ。
ただ夜の桜は昼とは違って、電灯の光があたってなんだかちょっと神秘的で、ちょっとだけ怖い。
公園を奥へと歩いていく。
マコトの元気がないのが少し心配だ。
代わりにおれが元気を出そう。
あ、見ろマコト!あの桜すごいぞ!
満開だ。大きいな。
あそこにお月さんものぞいてるぞ。
おれはマコトをぐいぐい引っ張っていく。
首のリードがピンと張る。
それでもお構いなしに、マコトを引きずるように足を止めない。
マコトもあの桜の木を見て、匂いを嗅げば、元気が出るんじゃないか?
ほら、着いたぞ。きれいだな。
──マコト?
マコトは満開の桜を見もしないで、木の幹におれのリードを巻きつけている。
なんでこんなところで待てするんだよ。
コンビニもトイレも無いじゃないか。
なんで、そんな悲しい顔でおれを見る。
マコトはおれの体に手を回すと、ぎゅっと抱きしめた。
よくわからないが、とりあえずお座りだ。
なんだかわからないときは、とりあえずお座りだ。
不安な気持ちはあるが、マコトに抱きしめられたことが嬉しくて、おれのしっぽは勝手にパタパタ揺れている。
そのしっぽを名残惜しそうに撫でると、マコトは立ち上がって歩き出した。
おい、どこ行くんだ?マコト。マコト。──涙の匂いがする。
どうした?何があった?
何がお前を泣かせてる。
おれがやっつけてやるぞ。
おれは、お前の兄ちゃんだ。
マコトを追って走り出そうとするが、木につながれたリードが邪魔だ。
全力で駆け出すが、何度も後ろに引っ張り倒される。
全力でリードに噛みつき、頭を縦横無尽に振り回す。
振り回してから、思い切り引っ張る。
のどの奥から唸り声が漏れ出す。
口の中は血の味で溢れている。
青いリードに血がにじみ黒ずんでいる。おれは作戦を変え、首輪から頭を引っこ抜くことにした。
昔1度成功したことがある。
こっぴどく叱られてから試していないが…あの頃に比べるとおれの頭もだいぶ大きくなっている。
桜から後ずさりしながら全力で引っこ抜きにかかる。
首輪に引っ張られ、顔中の肉と皮が押し潰されたミルフィーユのようになっているが、構いやしない。
マコトを助ける。
それがおれの役目だ。
ダメだ。どうしても抜けない。
耳も切れたのかズキズキと痛む。
マコト!マコト!
だいじょうぶかマコト!
ありったけの声で叫ぶ。
のどが裂けてもいい。
もう鳴けなくなったっていい。
あいつが泣いている。
涙を舐めてやらないと。
──マコトの匂いだ。戻ってきた。
マコト!しっぽが振り切れんばかりに揺れている。
マコトが走ってきておれに抱きついた。涙で濡れた顔を舐める。
舐めても舐めても、マコトの涙は次から次へ溢れてくる。
マコトの涙はしょっぱくて苦くて、ちょっとだけ甘かった。
マコトはリードを桜から外すと涙を拭い立ち上がった。
マコトの顔は今まで見たこともない、決意を秘めたような男らしい顔をしていた。
マコト。
何があったかオレにはわからないけど、兄ちゃんはお前の味方だからな。
また来年も、一緒に桜を見に来よう。
1人と1匹は並んで歩き出した。
薄暗い街灯が照らす夜の闇を払うように、白いしっぽがぶんぶんと揺れていた。
了(2078字)
なんとか今回は締切に間に合いました。
私は動物、特に犬が大好きです。
妹のように可愛がっていた愛犬が旅立ったときは、頭がおかしくなるくらい泣きました。
どんな事情があっても、ペットを捨てる人のことは許せません。
純粋な彼らが、捨てられたときにどんな気持ちなのか、想像しながら書きました(かなり人間本位ですが^^;)。
少しでも共感して頂けたら嬉しいです。
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