認知症予防、脳トレ以外にできることを整理しました ― 生活習慣・運動・食事・睡眠の視点から
「認知症の予防」と聞いて最初に思い浮かぶのは、計算ドリルやパズル、いわゆる脳トレかもしれません。頭を使うことが無意味だという話ではありません。ただ、この分野の研究をまとめた国際的な報告を読むと、注目されているのはむしろ、血圧や聴力、運動、人とのつながりといった、一見「頭の体操」とは関係のなさそうな要素です。
この記事では、国内の患者数の推計と、国際的な専門家委員会が整理したリスク要因をもとに、脳トレ以外に何ができるのかを一つずつ確認していきます。あわせて、数字の読み方についても触れておきます。「〇%予防できる」という表現は、個人への保証ではないためです。
1. 数字で見る日本の現状
まず、日本でどれくらいの人が関わるテーマなのかを確認しておきます。
厚生労働省の研究班(研究代表者は九州大学の二宮利治教授)が、2022年から2023年にかけて国内4自治体の65歳以上の住民を対象に有病率調査を行い、その結果と将来推計が2024年5月に公表されました。調査した4地域全体での認知症の有病率は12.3%と報告されています。
この調査をもとにした推計では、2022年時点で認知症のある人は約443万人。さらに将来推計として、2040年には認知症のある人が約584万人、その前段階とされる軽度認知障害(MCI)のある人が約613万人になると示されました。軽度認知障害の将来推計が公表されたのは、このときが初めてと報じられています。両者を合わせると1,000万人を超える規模になります。
もう一つ知っておきたいのは、認知症は診断された瞬間に急に始まるものではないと考えられている点です。脳の変化は診断の何年も前から少しずつ進むとされており、だからこそ中年期の生活習慣が研究の対象になっています。40代・50代でこのテーマを考えることは、決して早すぎません。自分自身のことであると同時に、親の世代の問題として現在進行形で関わるテーマでもあります。
2. 「14のリスク要因」と45%という数字の意味
認知症の予防を語るうえで参照されることが多いのが、医学誌ランセットの認知症予防・介入・ケアに関する委員会(Lancet Commission)の報告です。2024年7月に公表された最新の報告では、生涯にわたって関わる修正可能なリスク要因が14項目に整理されました。
内訳は、低い教育歴、難聴、高血圧、喫煙、肥満、うつ、運動不足、糖尿病、過度の飲酒、頭部外傷、大気汚染、社会的孤立の12項目に、今回新たに加わった「LDLコレステロール高値(中年期)」と「治療されていない視力低下」の2項目です。LDLコレステロールについては100万人以上を含む大規模コホート研究などの新しい知見、視力低下については2件の大規模メタ解析が根拠として挙げられています。
そして、しばしば引用される数字がここから出てきます。同報告は、これら14のリスク要因に人生の各段階で対処することで、認知症の症例の約45%が理論上は予防または発症を遅らせられる可能性があるとしています(2020年の前回報告の40%から5ポイント増)。
ここで、数字の読み方を確認しておきます。この45%は、集団全体でリスク要因がすべてなくなったと仮定した場合の理論上の割合であり、一人ひとりに「45%予防できる」ことを約束するものではありません。また、リスク要因と認知症の関係の多くは観察研究に基づくもので、「その要因を取り除けば必ず減る」という因果関係が完全に証明されたわけではない項目も含まれます。委員会自身も、対処によって「リスクを下げうる」という慎重な言い方をしています。
したがって本記事も、以下の項目を「これをやれば認知症を防げる」ものとしては紹介しません。あくまで、現時点で最も整理された知見にもとづく「手をつけられる場所のリスト」として読んでいただければと思います。
3. 中年期から手をつけられること
14項目のうち、40代・50代のうちから関わりやすいものを見ていきます。
血圧。高血圧は中年期のリスク要因として繰り返し挙げられている項目です。健診で血圧の数値が基準を超えている、あるいは境界にあると指摘されているなら、そこは認知症の話としても意味のある改善点になりえます。減塩や体重管理といった一般的な生活習慣の見直しに加え、治療が必要な段階であれば医師と相談することが土台になります。
LDLコレステロール。今回新たに加わった中年期のリスク要因です。健診結果のLDL値を「血管の話」としてだけでなく、脳の話としても見ておく理由が増えたと言えます。
糖尿病・血糖の状態。糖代謝の乱れが脳の健康にも関わることは、以前から指摘されてきました。健診でHbA1cや血糖値に指摘があるなら、放置しない理由がここにも一つ加わります。
喫煙と過度の飲酒。どちらもリスク要因に含まれています。禁煙は、開始した年齢が遅くても意味があるとされています。
肥満。中年期の体重管理は、血圧・血糖・脂質のいずれにも関わるため、複数のリスク要因に横断的に効いてくる部分です。
頭部外傷。転倒や事故による頭部の強い衝撃を避けることも項目に入っています。自転車のヘルメット着用や、住まいの中の転倒対策は、地味ですがここに効きます。
うつ。気分の落ち込みが長く続く状態も、リスク要因として挙げられています。「気の持ちよう」で片づけずに相談することが、この文脈でも意味を持ちます。
これらを並べてみると、認知症予防として特別なことをするというより、健診で指摘される項目と正面から向き合うことがそのまま対策になっている、という構図が見えてきます。脳トレより先に見るべきものが健診結果だというのは、こういう意味です。
4. 高齢期に効いてくること
難聴と補聴器。難聴は12項目の時代から一貫してリスク要因に挙げられており、注目度の高い項目です。ここで参照されることが多いのが、米国で行われたACHIEVE試験です。70〜84歳で未治療の難聴がある977人を、補聴器などを使う介入群と健康教育の対照群に分け、3年間追跡した無作為化比較試験で、2023年にランセットに報告されました。
この試験では、認知機能低下のリスクが高いとされた集団において、介入群の認知機能の低下が3年間で48%抑えられたと報告されています。ただし、この48%は事前に設定された部分集団(心臓の健康に関する別の観察研究に参加していた238人)での結果であり、参加者全体では有意な差が見られなかったことも明記されています。「補聴器を使えば認知症を防げる」と単純化はできません。それでも、聞こえにくさを放置しないことに複数の意味があるという理解は、現時点でも十分成り立ちます。
視力。治療されていない視力低下が新たに加わりました。白内障など治療できる原因による見えにくさを放置しないこと、眼科の定期受診を続けることが、ここに該当します。
社会的孤立。人とのやりとりが極端に減った状態もリスク要因です。地域の活動や趣味の集まり、家族との定期的な連絡など、形式は問いません。「認知症予防のために交流する」と考えると義務のようになってしまうので、続けられる関係を保つことのほうが現実的でしょう。
身体活動。運動不足は明確にリスク要因に含まれています。では具体的にどれくらいか。厚生労働省の「健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023」では、成人について3メッツ以上の身体活動を週23メッツ・時以上——歩行またはそれと同じ程度の活動を1日60分以上(1日約8,000歩以上に相当)——が推奨事項として示され、あわせて週2〜3日の筋力トレーニングが挙げられています。高齢者については週15メッツ・時以上、1日40分以上(約6,000歩以上に相当)が目安とされています。
同ガイドは、個人差を考慮して強度や量を調整し、「今より少しでも多く体を動かす」ことから始めるという考え方も示しています。8,000歩という数字に届かないから意味がない、ということではありません。
5. 食事と睡眠については、どこまで言えるのか
ここは慎重に書く必要がある部分です。
食事について、ランセット委員会の14項目に「特定の食事法」は独立した項目として入っていません。ただし、高血圧・糖尿病・肥満・LDLコレステロールという4つの項目は、いずれも日々の食べ方と深く関わります。つまり食事は、単独の魔法としてではなく、複数のリスク要因を経由して関わってくる要素と位置づけるのが正確です。特定の食品やサプリメントが認知症を防ぐという主張には、現時点で十分な根拠があるとは言えません。
睡眠についても同様です。睡眠と認知機能の関係は研究が活発な領域ですが、ランセット委員会の14項目には独立したリスク要因として含まれていません。一方で、睡眠不足や睡眠の質の低下が気分の落ち込み、血圧、体重管理に関わりうることを考えると、間接的な位置づけでは無視できません。「眠りを整えれば認知症を防げる」とは言えませんが、「眠りを整えることが他のリスク要因の管理を助けうる」という言い方であれば、無理のない範囲だと考えています。
動物実験や細胞レベルの研究で報告されている知見については、人での効果が確認された段階のものと同じようには扱えません。ニュースで「〇〇が認知症に効く」と見かけたときは、それが人を対象とした研究なのか、どの段階の研究なのかを確かめる習慣が役に立ちます。
6. セルフチェック——今週見直せる項目
大がかりな生活改革ではなく、今週のうちに確認できる項目に絞りました。
直近の健診結果で、血圧・LDLコレステロール・血糖(HbA1c)に指摘がないか確認した
指摘があった項目について、受診・相談の予定を決めた
1日の歩数または歩く時間を、実際に一度測ってみた
テレビの音量が以前より大きくなっていないか、聞き返す回数が増えていないか振り返った
眼鏡やコンタクトの度数、最後の眼科受診がいつだったか思い出した
週に一度以上、家族以外の人と会話する機会があるか確認した
喫煙している場合、禁煙外来という選択肢を検討した
気分の落ち込みや意欲の低下が2週間以上続いていないか振り返った
一度に全部やる必要はありません。この中で一つでも「確認していなかった」項目があれば、そこが今週の出発点になります。
7. 気になるもの忘れがあるときの相談先
自分や家族のもの忘れが気になる場合、次のような変化は相談を考える目安になります。同じことを何度も聞く、置き忘れやしまい忘れが増えて探し物の時間が長くなる、日付や曜日が分からなくなる、慣れた道で迷う、料理や金銭管理など今までできていた段取りが難しくなる、以前の趣味への関心が薄れる。
相談先としては、かかりつけ医、あるいは「もの忘れ外来」を設けている医療機関(脳神経内科・精神科・脳神経外科など)が候補になります。市区町村の地域包括支援センターも、どこに相談すればよいか分からない段階から使える窓口です。
受診をためらう理由として「診断されても仕方がない」と考える方もいますが、もの忘れの背景には甲状腺の病気、ビタミンの不足、薬の影響、うつ状態など、対応によって改善しうる要因が隠れていることもあります。原因を確かめる意味は、その点にもあります。
認知症予防は、一つの決定的な方法があるテーマではありません。血圧を測る、健診結果を見る、少し歩く、聞こえにくさを放置しない——地味な項目の積み上げが、現時点で最も根拠のある道筋として整理されています。このテーマは今後もシリーズとして、項目ごとに掘り下げていく予定です。
出典
認知症および軽度認知障害の有病率調査・将来推計/厚生労働省研究班(研究代表者:九州大学 二宮利治教授。2022〜2023年に国内4自治体の65歳以上を対象に調査、2024年5月公表)。4地域全体の認知症有病率12.3%、2022年時点 約443万人、2040年 認知症約584万人・軽度認知障害約613万人。報道による確認: 介護ニュースJoint https://www.joint-kaigo.com/articles/26763/ 、全日本病院協会「全日病ニュース」2024年6月1日号 https://www.ajha.or.jp/news/pickup/20240601/ 、政府「認知症施策推進関係者会議」資料 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/ninchisho_kaigi/
Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission(2024年7月31日公表、修正可能な14のリスク要因、約45%): https://www.thelancet.com/commissions-do/dementia-prevention-intervention-and-care
ACHIEVE試験(Hearing intervention versus health education control to reduce cognitive decline in older adults with hearing loss in the USA、The Lancet 2023、70〜84歳977人の無作為化比較試験): https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37478886/
健康づくりのための身体活動・運動ガイド2023/厚生労働省: https://www.mhlw.go.jp/content/001204942.pdf
※本記事は認知症のリスク要因に関する研究知見を整理したものであり、診断・治療を目的としたものではありません。紹介した生活習慣によって認知症を防げること、症状が改善することを保証するものではありません。気になる症状がある場合は自己判断せず、医療機関や地域包括支援センターにご相談ください。
