母に言いたいことが言えるようになるまで42年かかった
「今からそっち行くね」
と何気ない電話を切った後、わたしは持っていたおにぎりを床に投げつけていた。
おにぎりは米粒が床と同化するくらいぐちゃぐちゃになった。
正体のわからない怒りだった。
母が家に来る当日のことだ。
結婚を機に家を出た。
母とはその間約6年別に暮らし、「いつか母も住めるように」と母の部屋も用意していたが、その「いつか」はわたしの予想よりもかなり早くやってきた。
1歳の長男と、わたしたち夫婦と母との生活がスタート。
得体のしれない違和感と緊張感といつも一緒だった。
「そんな醤油使わないで」
「柔軟剤使わないで」
「子供にそんな柄の服を着せないで」
「そんなの食べさせないで」
「子供にそんなこと言わないで」
『こんなこと』も言えない。
母の行動で最も嫌なこと。
出かける前に言われるあれこれ。
「どこ行くの?」
「何時ごろ帰ってくるの?」
「〇〇持った?」
勘弁してよ、なにその確認。
40も超えて子供もいるんだし、いつまでも子供じゃないんだから。
準備を整えて「さぁ、出かけよう」と靴を履いてたら声をかけられて手を止めなければいけないのも嫌だった。
なにより、わたしの行動を管理されている気がする。
だから、出かける時には音を立てず気づかれないように出かけることもあった。玄関から早く立ち去りたい、と心拍数は急上昇する。
なんで自分の家で心地よくいられないんだろう。
自分の家なのに「誰かの家」のような感覚だ。
母に素直に思ったことを言えばいい。
それが最も早くて効果的なことは重々承知だが、それができない。
幼い頃から「言わない」をやってきた。
違和感にはとっくに気がついていたが、自分を誤魔化し続けてきたのだ。
「あなたは小さいお母さんだから」
幼い頃よく言われていた。これは呪いの言葉だ。
わたしは(小さい)お母さんなんだから、自分で解決しなきゃ、誰かに頼るなんてダメなんだ。助けてと思っても言っちゃいけないんだ。
両親は小さい頃から不仲で、会話をしているのをほとんど見たことがない。母に対してたまに手が出る父を見て「わたしが母を守るんだ」と思ってきた。何度もそんな場面があったので、その思いが体に刷り込まれている。
さらには、母は自分の思い通りにならないと不機嫌になる人だった。
納得する答えが返ってこないと「あっそ」と言い、わたしはそれを聞くのがたまらなく嫌だった。その言葉を聞かないために、母の納得するであろう答えを言ったり我慢して意見を飲み込んだり。
わたしが、人の思ってることが体に入ってくるようにわかってしまう性質なのもあるだろう。
「あ、こんなことを言うべきではない」「困らせてはいけない」「負担をかけてはいけない」と瞬時に判断し、飲み込む癖も早々に習得。
『自分の意見が言えないわたし』の完成だ。
わたしさえ我慢していれば波風はたたない。わたしさえ、、、
生きづらい自分から逃れるために
がっつりスピリチュアルから、インナーチャイルドのケア、アファメーション、チャクラ、たくさんのことを試してきた。
それはまるで子供の時にやった『山くずし』のように、
「母に言いたいこと言う」という核なるものには触れずに、周りを少しずつ動かしているだけ。現実は変わっておらず、やった気になって、、、、
を繰り返していたら42歳になっていた。
「ほんと何やってるんだろう」
「いよいよ本当にここから抜けたい」
「本当の意味で自由になりたい」
今年の頭から新たな学びを始めた。
学びの中で整えていく必要のある点がいくつか浮かびあがり、その中のひとつが「親との関係」だった。
まただ。
やっぱり親が出てくる。
もう避けては通れない。
頑なに動こうとしなかった「言わない自分」をちょっとでもいいから動かしたい。
ある日のこと。
玄関で宿題をしていた長男に母が話しかけ、宿題はそのまま放置されていた。息子はソファにくつろいでテレビを見ていて、宿題をしていたことさえも忘れてしまっている。
瞬間的に怒りが沸点に達して、息子に対して「そんな中途半端なら最初から宿題なんかするな!」と強く言い放った。その後すぐ、この怒りは本当は息子に向かっているものではないと気づいた。
そして、母に向かってこう言ったのだ。
「集中してる子供に話しかけないで」
強い口調だった。
怖くて目を見れなかった。
声は震えていたかもしれない。
でも、言えた。
この事実は揺るがない。
今まで言えなかった『自分の気持ち』を、わたしは言ったのだ。
やっと言えた。
怖すぎたー。
でももう大丈夫。
今まで我慢してきた分、これからは幸せしか待ってないから。
これで、母の言動にも反応しなくなるし、わたしの心は穏やかになって、やりたい仕事も入ってきて、金運も上がって、って全てが好転するしかないでしょ。
これまで長かったわー。
脳内で、もう一人のわたしが歓喜する。
だが、現実は全く違った。
これまでの比でなく、わたしは、母の言動、存在全てにイライラするようになった。
母が子供を注意しているのを見て
「あんたが注意するな」「注意できるほど偉いのかよ」と思うのは序の口で
「視界に入ってくるな」
「わたしたちの世界に入ってくるな」
「あんたは今までわたしに何してくれた?」
口に出すのもはばかられる言葉たちがわたしの脳内にずっといた。
え?言いたいこと言ったのになんで?
まるで『反抗期』みたいだ。
単発的でない、常に底から湧き上がってくる怒り。
これを反抗期という言葉で片づけてはいけないことはわかっていた。
怒り続ける、そのイライラを子供たちに向けてしまう。悪循環。苦しい。
母にも言葉ではなく、イライラしていることを体全体で表現する。こんなに苦しいのは母のせいだと責めた方が楽なので、全てを母のせいにして過ごしたりもした。
感情に任せてぶちまけてしまおうか。
いや、知人が「お母さんバンジー」をやって傷つけてしまったと言っていた。長年できなかったことを一気に変えたら反動がすごいとも聞いた。
何も行動を起こさずただこの怒りと共に時間をやり過ごすしかないのか。耐えられない。心底母にわたしの目の前からいなくなってほしいと思っている。
でも、あんな言葉を母に対して言えるのか?
怒りに満ちた体と毎日を共にするのに疲れてきた頃、
知人にこれまでのこと、今の苦しい現状を話してみると、
別居して物質的距離を置いたら?と提案された。
同居始めてから何度も考えたことがあった。
その度に本音を言う怖さや傷つけてしまうかもという不安に乗っ取られて、結局実行に移すことができない。
でも、今の精神状態で一緒にいて良いことなんかないと思い、
携帯で「賃貸 一人暮らし ワンルーム」と検索してみる。
「絶対条件の家具付きは、、結構ある!」
「ここなら勤務先からも近いか」
「土地勘ないからうちから近い方がいいか」
調べてみたら思ったよりも簡単に事が進みそうで、まずはわたしの気持ちがとても軽くなってきた。
なんかできそうな気がする。
案外安い物件あったし、お金のことはなんとかできそうだ、と思ったら
もう「できない自分」に戻ることはできなくなっていた。
大丈夫、できるできる。
子供のころからわたしはずっと我慢してきた。
今猛烈に母にムカついている。
あなたの何もかもがムカつく。
わたしがこっちに呼んだんだけど、もうこれ以上同居は無理だと思ったので別々に暮らしたいと思っている。
よし、そう言おう。
決意したわたしは、興奮状態だった。
出したいものがもう出口まできている。
それも順番なんか関係なく一気に押し寄せてきていて、あれもこれもとみんな外に出たがっていた。
あれこれ頭で考えず、この勢いのまま言わないとまた言えなくなる。
また、あの空気のなか生活するのか?
吹き出してきた感情はもう一旦無きものにはできない程放出を待っていた。
私: ちょっと言いたいことがあるんやけど、、、(もう泣き出す)
母: なに?どした?
私: わたし、小さい頃から言いたいこと言えてなくてそれが溜まって今「反抗期」みたいになってるんよね。お母さんの何もかもがムカついてうっとおしいと思ってる。
母: なんかイライラしてるなとは思ってたよ
私: お母さんもそんなわたしと一緒に暮らすの嫌やろ?
母: 私は、この生活に何も不満はないよ。何もストレスもないし。
私: でも、わたしがイライラしてるのは気づいてたやろ?そんな空気の中一緒にいるの嫌じゃない?
母: まさかイライラの原因が私とは思いもしなかったけど、イライラしてるのも放っておけばいつかは元に戻ると思って何も言わなかったよ。
え?
不満はない?
そんなわけない。
わたしと同じ分だけイライラしてるでしょ?
こんなわたしと一緒に暮らして不満だらけでしょ?
唖然。拍子抜け。
当然「別居」の流れになると思っていたのに、わたしの想像した反応とも違う。
思い切って、一番伝えておきたい「出かけに行き先を聞いてくるのが一番ムカつく」ことも伝えた。
「帰ってこなかったら不安だから知っておきたかった」とのことだった。
母との会話は時間にして数十分。
わたしは、それを42年することができなかったのだ。
心の中で「なにかが違う」とわかっていた。ずっと『自分』を生きていない感覚があった。そして、そんな自分のことが好きではなかった。
本音を言って不機嫌になる母を見たくなかった。
いや、違う。
その母を見た時の深く傷ついているわたし、惨めなわたし、みっともないわたし、やっぱり母とは合わないんだと現実を突きつけられるわたしを受け入れられないと思っていた。
自分の気持ちや、本音を言わないことで傷つかずに済んできた。傷つかないように母とどんどん関わらなくなっていったのは、わたしの方だった。
世界は、何も変わっていない。
でもあれから、玄関にいる時のわたしの心拍数は安定していることが多い。
一度、友人に会うため出かけようとしていた時、外出する旨、帰宅は夕方と簡単に伝えたら、母が「うっ、、」と何か言いかけて飲み込んでいたことがあった。
わたしが「出かける際に言われる」アレコレを嫌がってると理解してくれたのだろう。母なりにわたしの気持ちを汲んでくれていることがわかった。
わたしは「確認されることが嫌」なのだ。だけど、今は細かく確認が入っても「いちいち確認しないで」とだけ言うのが精一杯。
亀の歩みではあるけど「言わないわたし」よりは全然マシ。
あの話をして以降、「母のことを好きだと思いたい」と思っているわたしがいる。
母のことを理解したいし、わたしのことも理解してほしい。
今まで避けてきた時間を取り戻したい。
「これからは言いたいこと言うから」と勝手に母に宣言した。
それは「言っていいんだよ」と自分に許可を出したことでもある。
怖くても言う。言うって決める。
もう自分に嘘はつかない。
わたししかわたしを幸せにできない。
我慢するな、縮こまるなよ、わたし。
