【私はこうして生きてきた】2
前回はこちら…
罰でも当たったのだろうか
思い当たる節は指で数えられるくらいある
まずは小学生の時…
4人兄弟の末っ子である私の一週間のお小遣いは300円程。
その時代の駄菓子では
なかなかハードな金額だった。
周りの同級生は、地域がらもあるのか
祖父母や親せきに小遣いを
もらっていることが多く
お財布の中で常に夏目漱石が顔を出していた。
比べて、私のお財布の中は
小銭だけで用が足りる。
そんなんだったから、
みんなが目の前で食べている時は
羨ましげに見つめてしまうことがほとんどで
眉根を寄せて「あげようか?」と
言われていたっけ。
キラキラしたものを身に着け、
ピカピカの新しい自転車に乗り、
当時流行していたピッチを鳴らしている
その子達を目の前にいるのに
別の世界の人間に感じていた。
この時から、私には孤独感が
備え付いたんだと思う。
そんな世界はどんな気持ちでいられるのか、
私もその世界になじめるのか、
お金があれば叶えられるのか、
あの時は侮辱感と好奇心で
いっぱいだったんだと思う。
鍵っ子だった私は学校から帰宅してから
兄が帰ってくるまでの1時間程は
自由の身だった。
なんとなく気づいていたのかもしれない
ふと、大人にしか手の届かない
キッチンの棚を開けてみたくなった。
椅子を用意し、キッチン台に上り、
緊張しながらその扉をかけてみたら
そこにはキッチンに相応しくない
一冊の黒いファイルがあった。
手を伸ばし、恐る恐るページを開くと…
中には
母が密かに振り分けていた
生活費が入っていたのだ。
心臓が大きくなったのを覚えている。
いけないとわかっていた
決して裕福ではないのもわかっていた
でも、あの憧れの世界で笑っている
私の姿を想像してしまった。
その時には、
もう福沢諭吉に手が伸びていたんだろうな
しかも2人ほど。
小銭しか用がなかった貧相な私のお財布に
お連れしていたのだ
嬉しかった。
欲しいものが手に入り、羨ましがられ、
みんなが後ろをついてくる感覚。
子供ながらに優越感を覚えたんだ。
それから1ヵ月程、
その世界に浸っていたと思う。
まぁ、子供ですから
自慢もしちゃっていたわけで…
それを見た同級生の母親が私の母親に連絡し
事態が発覚してしまったんだとか。
(私の記憶には無い)
もちろんのこと、こっぴどく怒られた。
なんとか逃れようと、言い訳し、嘘もついた。
鬼の形相をしているだろう母の顔が怖くて
うつ伏せになりながら泣いていたな。
だけど…
無理やり顔を持ち上げられ、
ほっぺたをひっぱたかれた時に見た母の顔は
とっても悲しそうに残念そうに見えた。
それに合わせて涙も流していた。
その顔をみて
すごくショックを受けたのも覚えている。
あぁ、母を悲しませた。私はダメな人間なんだ。
っと子供なのに思った。
これも罰の一部なのかもしれない。
