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技術解説:Fiona Apple 『Across the Universe』 MV

2 つの異なる “時間の流れ” が混ざりあう? 暴乱と静寂が調和するふしぎな世界観を描いた、Fiona Apple『Across the Universe』MV に見られる、ファンタジックな視覚効果のしくみを解明していきます。


1. Nothing's gonna change my world

本作は、1990 年代のアメリカ音楽界を代表する奇才、Fiona Apple が Beatles の名曲『Across the Universe』のカバー曲として発表したもので、メロウで夢見心地な、その独特の “空気感” が印象的な作品になっています。

楽曲自体は、1998 年公開の映画『Pleasantville(カラー・オブ・ハート)』の主題歌として制作されており、映画の世界観を踏襲したモノクロの MV 映像は、Fiona Apple の当時の恋人でもあった、映画監督の Paul Thomas Anderson が演出を手がけています。

この記事で紹介する MV は、その HD リマスター版として、2022 年に YouTube 上で公開されたもので、何度もくり返される「何者も私の世界を変えられない(Nothing's gonna change my world)」という、歌詞の世界観をそのまま投影したような、ファンタジックな映像になっています。

Fiona Apple - Across the Universe

2. 時間の流れが混ざりあった映像表現

MV 映像は、レストランになだれこむ大勢の暴徒が、店内のあらゆるものを破壊し、略奪をくり広げる中で、ヘッドフォンをした Fiona Apple が、ひたすらカメラに向かって歌い続ける。という構成になっていますが、その映像表現の中で重要なポイントとなっているのが、時間の流れ です。

本作は、歌を口ずさむ Fiona Apple の世界と、暴乱が巻き起こっている背景の世界とで、それぞれ時間が流れる スピード が異っており、2 つの異なる “時間の流れ” が混ざりあうことで、メロウで夢見心地な、独特の空気感が作り出されています。

Fiona Apple - Across the Universe

具体的には、Fiona Apple の口(リップ)の動きだったり、タイミング、立ち居振る舞いのすべてが、リアルタイムで楽曲と同期しているのに対して、背景に広がる暴乱の世界は、スローモーション映像のように、時の流れがゆっくり進む というギミックが用いられており、まるで Fiona Apple だけが、異次元の世界にいるかのように見えます。

こうした映像表現に関しては、もしカメラに動きがなければ、クロマキー合成 でわりと簡単に再現できそうな気もしますが、実際は、カメラも人も移動しているので、よく考えてみると不思議な感じになっています。

この映像表現、あなたならどう撮影しますか?

Fiona Apple - Across the Universe

3. オーバークランク撮影の可能性?

その撮影手法として、おそらくまず最初に思い浮かぶのが、MV の映像表現でよくある、オーバークランク(Overcranking)という手法です。

オーバークランク撮影は、カメラのコマ数を上げることで、スローモーション効果を得るというものですが、MV 撮影の中で、そのコマ数の設定に応じて、撮影現場で流す曲の再生スピードを速めることで、スローモーション映像の中で歌を口ずさむリップの動きを曲に同期させる という、特殊効果を演出することができます。

具体的には、たとえば、基準のコマ数(Base Frame Rate)が 24 FPS だとして、2 倍のスローモーション効果を演出したい場合は、カメラのコマ数を 48 FPS にした上で、再生スピードを 2 倍速 にした楽曲を流して、その早回しした楽曲のテンポに合わせて歌を口ずさむ、という感じで撮影をします。

Fiona Apple - Across the Universe

ただ、本作の場合は、群衆の動きの速度を分析してみると、背景が 4 倍のスローモーション映像 になっているので、その中でリップの動きを同期させるには、撮影現場で 4 倍速に早回しした楽曲を流して、Fiona Apple がその 4 倍速のテンポで、歌を口ずさむ必要があります。

実際、4 倍速で歌うことに関しては、頑張ればできなくもなさそうですが、その背景で暴れている役者全員の演技だったり、ガラスを割るなどの危険なアクションを同時に成立させるのは、かなり至難の業といえます。

Fiona Apple - Across the Universe

そこで、本作で使われているのが、モーションコントロール・リグ という装置です。


4. MILO が使われる理由

モーションコントロール・リグは、カメラ位置や動きを電動制御により、自由にコントロールするための撮影用のロボットで、本作では、MRMC(Marc Roberts Motion Control)の MILO という、巨大なリグが使用されています。

この MILO は、プログラム制御により、正確にくり返し同じ動きを再現できる という特徴があり、たとえば、同じカメラの動きの中で、役者の演技が異なるテイクをいくつか撮影して、その複数のテイクを合成することで、特殊な視覚効果を演出する、という使い方ができます。

MILO - MRMC

本作の VFX Superviser を務めた Chris Watts 氏によると、本作では、カメラの前で歌う Fiona Apple のテイクを 24 FPS で撮影して、その 4 倍速となる 96 FPS で撮影した背景(群衆)のテイクを合成することで、2 種類の “時間の流れ” が混在した、特殊な視覚効果を作り出している、という話です。

その他、ガラスを割るなど危険なアクションだったり、飛び散るガラスの破片の素材などは、アーティストの演技とは別のテイクで撮影されていますが、こうした、過激な撮影を安全に実現できる という点も、MILO ならではの特徴になります。

参考までに、本作では、ガラスが飛び散る場面がよく出てきますが、こうした撮影に用いられるガラスは、もちろん本物ではなく、飴ガラス(breakaway glass)といわれる、擬似的なガラスが使用されています。

Fiona Apple - Across the Universe

また、MV 冒頭の Fiona Apple が登場する場面で、彼女が寄りかかっている壁面にある、鏡の中のイメージ に関しても、別撮りしたものを編集時に合成しているようで、映像をよく見てみると、鏡面の中の人の動きが、実像と正確にシンクロしていないことがわかります。

この鏡面の中の “虚像” に関しては、鏡のかけられた壁を取りはずした上で、その奥のスペースに MILO を設置し、演技をし直しながら撮影をしているという話ですが、こうした “虚像” のイメージは、鏡面を基準として、カメラの位置や動きを 反転 させることで、撮影することができます。

Fiona Apple - Across the Universe

一方、本作の中で最も象徴的なカットとなる、Fiona Apple の 身体が360° 回転する カットは、その撮影手法に関する情報がほとんどなく、ネット上でさまざまな憶測が飛び交っています。

Fiona Apple - Across the Universe

このカットをよく見てみると、カメラとの距離感は一定のまま、カメラと Fiona Apple が、回転しながらだんだん奥に 移動(track)しており、動きの中で、彼女に当たる照明が変化していく、というかなりリアルな表現になっています。

Fiona Apple - Across the Universe

となると、Fiona Apple がカメラと一緒に、同じモーションコントロール・リグに載って、移動している?という想像もできますが、実際、MILO のリグの耐荷重は 35kg しかなく、人間は載せられない仕様になっています。

ということで、このカットに関しては、MILO とは別のリグが使用されていると考えられますが、それを裏付ける情報がなく、具体的な撮影手法は、わからない状態となっています。

以下の BLACKPINK の動画は、小規模ではありますが、カメラと人物を同軸で回転させる、手動のリグが使われた撮影現場の様子になります。

BLACKPINK

参考までに、本作のカメラに関しては、フィルム撮影全盛期だった 1998 年当時、MV 撮影の現場でよく使われていた、映画用の 35mm フィルムカメラ で撮影されていると考えられます。

映画用の 35mm フィルムカメラとしては、ドイツの ARRI、米国の Panavision の 2 社の製品がありますが、監督の Paul Thomas Anderson が手がけていた、当時の映画の使用機材から考えると、本作では、Panavison の Panastar II が使われていると推測されます。

Panastar II は、ハイスピード撮影ができる MOS 型の 35mm フィルムカメラで、最大 120 FPS の撮影が可能なモデルで、現在は廃盤となっています。

Millennium XL2 - Panavision

5. あとがき

実際、VFX Supervisor を担当した Chris Watts 氏によると、本作は、そのメロウで夢見心地なイメージからはかけ離れた、かなり過酷な環境で撮影をしていた、という話もあります。

MV 制作の裏側が公開された Cinematography.com の掲示板では、撮影が 3 日間ほぼ徹夜状態でおこなわれ、合成作業に関しては、ほとんど全てのカットで 手作業でのマスク処理(Rotoscoping)をしたという、その苦労話が語られており、モーションコントロール・リグなど、当時の最新技術を駆使しながらも、最終的には “気合い” で乗り切ったという、意外な一面も紹介されています。

そんなブラック労働ともいえる、過酷な作業を経て完成した本作は、1998 年の公開からすでに 25 年以上が経ちますが、その映像表現の美しさは色褪せることなく、いまだに多くの人の心に届き続ける、不思議な魅力のある作品となっています。

最後までご覧いただき、ありがとうございます。

※ 当記事は、必要に応じて加筆・修正を加えアップデートをおこないます。


---------- Reference ----------

🎬 Fiona Apple - Across the Universe
https://youtu.be/CmlnO1EwCT4

🎬 Fiona Apple - Across the Universe(4K Remastered)|Limonade Remastering
https://youtu.be/GqTEhujEoqo

🎬 BLACKPINK - 'How You Like That' M/V MAKING FILM
https://youtu.be/KVsRHth92Jw

🗒️ Fiona Apple "Across the Universe"|Cinemotograpgy .com
https://cinematography.com/index.php?/forums/topic/28168-fiona-apple-across-the-universe/

🗒️ Milo|MRMC
https://www.mrmoco.com/motion-control/milo/

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