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技術解説:オリエント急行殺人事件

65mm フィルムで撮影された、息を飲むほどに美しい壮大な景観。テクノクレーンを駆使したダイナミックな映像表現が目を惹く、映画『オリエント急行殺人事件』の撮影技術を解説していきます。



1. アガサ・クリスティ原作の名作ドラマ

本作は、オリエント急行の列車内で起きた殺人事件に巻き込まれる、名探偵エルキュール・ポワロの推理劇を描いた、ミステリー映画です。原作は、推理小説界のレジェンドである作家 アガサ・クリスティ の小説で、これまで世界中でくり返しそのリバイバル版が制作され続けています。

映画の公開は 2017 年ですが、2024 年に Netflix で公開され再び注目を集めています。撮影は 2016 年後半からのおよそ半年間で、マルタ島、イスタンブール、イタリア北部の山岳地帯、ニュージーランドなどのロケ地を巡ったようで、撮影スタジオは、ロンドン郊外にある軍事施設の跡地を利用した巨大なスタジオ施設、Longcross Studios が使用されています。

IMDb によると、製作費は約 66 億円($55M)、全世界の興行収入は約 423 億円($352M)とされています。

Haris Zamberloukos Discusses Murder on the Orient Express

本作は出演するキャスト陣も豪華で、ケネス・ブラナーが監督兼主演を務める他、ジョニー・デップペネロペ・クルス など、主役級の役者陣が助演をしています。また作品の大部分が、ロケではなく撮影スタジオで撮影されていますが、その背景にはメインキャスト 13 名のスケジュール調整が困難だった、という事情があるようです。

20th Century FOX

そうした豪華なキャスト陣、アガサ・クリスティ原作による緻密なストーリーもさることながら、本作は 65mm フィルム撮影による “映像美” も大きな注目を集めています。以降、この記事では Behind the Scenes 映像、関係各社の記事をもとに、その撮影技術を解説していきます。


2. 65mm フィルム撮影の基礎知識

Behind the Scenes 映像、IMDb の情報などを見る限り、本作では Panavision 社の MOS 型の 65mm フィルムカメラ Panaflex System 65 HR、同録型の 65mm フィルムカメラ Panaflex System 65 Studio が使用されています。また一部、背景素材の撮影では ARRI ALEXA XT、ALEXA 65 も使用されているようです。

Studio Daily

Panavision は、ドイツの ARRI と双璧をなす、映画撮影用のカメラやレンズを開発する米国の老舗ブランドですが、近年は RED Digital Cinema との共同開発で、RED の OEM 版となるデジタルシネマカメラ DXL シリーズを開発しています。Panavision のカメラは一般には販売されておらず、運用はレンタルのみという点にも特徴があります。

DXL2: New Features and Modules - Panavision

65mm フィルムといえば、映画『Interstellar』や『TENET』などで知られる、Christpher Nolan 監督の作品が思い浮かびますが、Christopher Nolan 作品では、カメラは MSM 9802 など、おもに IMAX 社の製品が使用されています。同じ 65mm フィルムを使用した撮影でも、IMAX は映像の記録方法がすこし異なります。

Kodak

本作で採用されている 65mm フィルムの規格は、65mm 5 Perf といわれるもので、フィルムを縦方向に流して、フィルムの両端にあるパーフォレーション(送り穴)5 個分 の範囲を 1 フレームとして記録する方式です。65mm 5 Perf の記録範囲は 52.63 × 23.01 mm、解像度は 12K 相当、アスペクト比は 2.2:1 となります。

それに対して、IMAX のカメラでは IMAX 15 Perf という規格が採用されています。IMAX 15 Perf は、フィルムを横方向に流して、パーフォレーション 15 個分 の範囲を 1 フレームとして記録します。記録範囲は 70.41 × 52.63 mm、解像度は 18K 相当、アスペクト比は 1.43:1 となります。

たとえば、35mm フィルムの規格には、35mm フルサイズと Super 35 という 2 種類の規格がありますが、IMAX 15 Perf と 65mm 5 Perf はそれと似たような関係である、と考えるとイメージがしやすくなります。

また IMAX の映画の上映で、70mm というフィルム規格をよく耳にしますが、これは 65mm フィルムで撮影された映像の両端に 音声トラック を記録するための余白を設けた、上映用のフィルムの規格で、画質的には IMAX 15 Perf と同じものとなります。

一方、レンズに関しては、本作では Panavision 社の 65mm 対応の球面レンズ Sphero 65 が使用されています。焦点距離はおもに 29mm40mm が使われたという話ですが、Panavision のレンズはそのやわらかな描写の評価が高く、Panavision のカメラが選ばれる上で、大きな要因となっています。

Sphero 65 - Panavision

デジタルカメラとは異なり、映画用のフィルムカメラの映像の品質は、使用する フィルム に依存します。そのため、どのメーカーのカメラを使っても得られる画質は変わらず、基本的には使用するレンズに合わせて、カメラを選択することになります。このあたりは、デジタルカメラでの撮影とは逆の関係性といえます。


3. 65mm フィルムのルックの特徴とは?

物語の前半で、列車がイスタンブールの街並みを走り抜け、ヨーロッパの山岳地帯を通過していく場面がありますが、その スペクタクルな景観 が息を飲むような美しさで描かれています。これらの場面は、列車など一部 CG 合成されている部分もあるようですが、景観に関しては、実際に 65mm フィルムで撮影されているという話です。

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こうした、デジタルでは表現が難しいフィルム特有のルックは、輪郭がやわらかく、色彩・明るさなどの微妙な変化が、なめらかなグラデーション として描かれる、という点に特徴があります。とりわけ、人物の肌の質感だったり、白飛びしそうな明るい光源、空の階調などを見ると、その上質なグラデーションが感じられます。

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撮影用のネガフィルムに関しては、本作では Kodak VISION3 50D、250D、500T の 3 種類が使用されています。最も高感度な 500T は室内撮影やナイトシーン、感度の低い 50D250D は屋外撮影という使い分けがされているようです。

Kodak VISION3 50D 5203
Kodak VISION3 250D 5207
Kodak VISION3 500T 5219

フィルムタイプの表記は、感度色温度フィルムコード の情報で構成されており、たとえば VISION3 500T の場合は、感度 EI 500 の 3200K° 基準のフィルムで、型番が 5219 であることを意味します。

Kodak VISION3 のフィルムの階調(Latitude)は公称 14 STOP と言われているので、数値的には Sony a7SⅢ などと同程度しかありませんが、ハイライトのなめらかさ(Highlight Roll-off)に関しては、デジタルよりもフィルムに大きな優位性が見られます。

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一方、シャドウの再現性 に関しては、フィルムよりもデジタルに優位性があり、フィルムの場合は、14 STOP の範囲を超えたシャドウは急激に階調がなくなるため、後処理で黒を締める分にはあまり問題ありませんが、ディテールを出そうと明るさを持ち上げると、ベタっとした墨っぽい質感になってしまいます。

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