「それ、ネタになるよ」の一言で人生の見方が変わった
ワーホリに来てから、自分を褒めることがほとんどなくなった。
英語ができない。
仕事もうまくいかない。
ワーホリの人たちはみんな「英語できない」と言うけれど、私から見たら普通に話せているように見えた。
だから私は、いつも「できないこと」ばかり見ていた。
でも今振り返ると、あの頃の私は思っていたよりずっとカナダ生活を楽しんでいたし、思っていたよりずっと頑張っていた。
それに気づかせてくれたのが、パーソナル編集者だった。
きっかけは姉の一言
2025年3月から約半年間、私はみずのさんが運営している「パーソナル編集者」というサービスを利用していた。
きっかけは姉だった。
「せっかくカナダにいるんだから、記録として残しておいたら?」
その一言だった。
しかも姉は紹介してくれただけではなく、費用面までサポートしてくれた。
当時の私は、自分のためにカナダ生活を記録できたらいいな......くらいにしか考えていなかった。
でも、せっかく書くなら誰か一人にでも役立つものを書きたい。
そんな少し欲張りな気持ちもあって始めることにした。
そもそも私は発信する人間じゃなかった
実は私は、もともと発信するタイプではない。
SNSで何かを発信する習慣もなかった。
文章を書くのも得意じゃない。
日記ですら続かない。
だから、自分がnoteを半年以上続けているなんて今でも少し不思議だ。
それでも、パーソナル編集者のサービスを受けた半年で、22本の記事を書いた。
一人だったら途中でやめていたと思う。
続けられたのは、毎月話を聞いてくれる人がいたからだった。
私の担当はみなみやんさんだった。
私はかなりの人見知りなので、最初はオンラインで話すことにも緊張していた。
でも、みなみやんさんは私のペースに合わせて話してくれた。
記事の相談だけではなく、世間話をしたり、猫ちゃんを見せてくれたり......。
気づけば、月に一度の面談が楽しみになっていた。
「そんなことが記事になるの?」
パーソナル編集者を始めて、一番驚いたのはネタの見つけ方だった。
私はずっと、
「記事になるのは特別な経験だけ」
だと思っていた。
でも、みなみやんさんは違った。
ホストマザーが食べかけのご飯をくれるようになった話。
カナダの物価の話。
公共交通機関の話。
南米に行ってみたいという雑談。
私にとってはただの日常だった。
でも、
「え、面白い!記事にして欲しい!」
と言ってくれた。
最初は本当に不思議だった。
だって私にとっては普通の出来事だったから。
でも実際に記事にしてみると読んでもらえたりする。
その時に初めて気づいた。
私にとって当たり前のことが、誰かにとっては知りたいことなんだと。
読者目線で考える。
私にとっては、その視点が一番大きな学びだった。
海外にいると、自分の頑張りが見えなくなる
でも、私にとって一番大きかったのは別のことだったと振り返って思う。
レストランで働いていて、注文が聞き取れなかった。
お客さんに聞き返してばかりだった。
電話注文もスムーズには取れない。
ワーホリの人たちはみんな、「私も全然英語できないんですよ」と言う。
でも私から見たら普通に話せているように見えた。
正直、私なんて本当に話せない。
冗談抜きで、1歳児くらいの英語力なんじゃないかと思うこともあった。笑
だから私は、
「なんでこんなこともできないんだろう」
と思っていた。
でも、その話をした時に、
「英語環境で働いているだけでも十分すごいことだよ。本当すごい。頑張ってるよ。」
と言ってくれた。
正直、その時はピンとこなかった。
だってカナダにいるんだから、それくらい当たり前だと思っていたから。
でも今振り返ると、それは当たり前じゃなかった。
私はずっと周りと比べていた。
・英語ができる人
・仕事ができる人
でも、みなみやんさんは周りではなく、私自身を見てくれていた。
私ができていないことではなく、できていることに目を向けてフィードバックしてくれていた。
日本にいた頃の私が、英語で働いている今の私を見たらどう思うだろう。
そう考えた時に、初めて少しだけ自分を認められた気がした。
私、意外とカナダ生活を楽しんでいたらしい
もう一つ印象に残っている言葉がある。
「Uniさん、メジャーリーグの話をしている時、本当にイキイキしてるよね。本当にメジャーリーグ好きなんだね。」
という言葉だ。
当時の私は、悩みばかり見ていた。
・英語
・仕事
・お金
・将来
不安なんていくらでもあった。
だから、自分はストレスばかり抱えていると思っていた。
でも、みなみやんさんから見た私は違ったらしい。
メジャーリーグの話をしている時。
ニューヨーク旅行の話をしている時。
スタジアムの話をしている時。
私はすごく楽しそうだったらしい。
言われて初めて気づいた。
「あれ、私って意外とカナダ生活楽しんでるじゃん」と。
自分では見えていなかった自分を教えてもらった瞬間だった。
「それ、ネタになるよ」
そして、もう一つ忘れられない言葉がある。
「それ、ネタになるよ」
ワーホリ生活は楽しいことばかりじゃない。
仕事で落ち込むこともある。
人間関係で悩むこともある。
将来が不安になることもある。
でも、そんな話をすると、
「よく頑張ってるね。でもそれ、ネタになるよ」
と言ってくれる。
最初は不思議だった。
でも気づけば私も、
「最悪な出来事が起きた」ではなく、
「また人生のネタが一つ増えた」と思えるようになっていた。
もちろん、辛い出来事が辛くなくなるわけではない。
それでも、
「この経験もいつか誰かの役に立つかもしれない」
と思えるだけで、少し心が軽くなった。
精神科看護師をしていたからかもしれないけれど、今振り返ると少し認知行動療法に近かったのかもしれない。笑
私が学んだのは、文章の書き方だけじゃなかった
私は最初、noteの書き方を学びたくてパーソナル編集者を始めた。
もちろん、タイトルの付け方や読者目線など、文章についてもたくさん学んだ。
でも、今振り返ると一番大きかったのはそこじゃない。
自分では価値がないと思っていた日常に価値を見つけること。
できないことではなく、できていることを見ること。
そして、自分では気づいていなかった自分を知ること。
私はnoteの書き方を学びたくて始めた。
でも実際に学んだのは、文章術だけじゃなかった。
自分自身の見方や出来事の捉え方。
そして、自分を少し認める方法だった。
卒業しても、言葉だけは残っていた
パーソナル編集者を卒業して、もう8〜9ヶ月が経つ。
卒業した後、しばらくnoteを書くことをお休みしていた時期があった。
当時は仕事が忙しくて、休みの日は疲れて寝て過ごすだけで精一杯だった。
記事を書く余裕なんて全くなかった。
でも、不思議と「書かなきゃ」と自分を責めることはなかった。
みなみやんさんが、
「書かない時期があってもいいんですよ」
と教えてくれていたからだと思う。
当時は、その言葉の意味をそこまで深く考えていなかった。
でも今振り返ると、その言葉に救われていた。
もしあの言葉がなかったら、
「せっかく続けていたのに」
「また三日坊主になってしまった」
と自分を責めていたかもしれないし、noteを書くことを続けなかったかもしれない。
そして今でも、辛い出来事があると時々考える。
この状況をみなみやんさんに話したら、何て言うだろう。
きっと、
「それ、ネタになりますよ」
って笑うんだろうな......って。
もちろん、今でも辛い出来事はたくさんある。
その出来事を素直に辛いと感じることもある。
でも、一歩引いて考えられるようになった。
「この経験から何を学べるだろう」
「誰かの役に立つ話になるかもしれない」
そう思えるようになった。
こうして今、またnoteを書こうと思えているのも、間違いなくあの半年間があったからだと思う。
パーソナル編集者というサービスを作ってくださったみずのさん。
半年間伴走してくださったみなみやんさん。
そして、この出会いをくれて、費用面までサポートしてくれた姉。
この一言では表せないくらいだけれど、本当にありがとうございました。
